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第2話  成長と油断

 

 俺は転生したことをすっかり忘れたかのように、アルクディウスとして生活していた。

 毎日が幸せで、時間がゆっくり流れていて、前世のことなんてどうでも良くなっていた。

 あんな日々は過去のものだ。

 今の俺には関係あるまい。



 春には狩りをして、得た獲物の皮や肉をバルギエラで売る。

 夏でも狩りをして、得た獲物の角や牙をバルギエラで売る。

 秋にも。

 冬にも。

 

 メトセラは一年中狩りをしている。

 午前中に狩り、午後は麓のバルギエラへ。これはルーティーンらしい。


 この世界に、曜日とか月みたいな暦のシステムがあるのかは定かでない。

 ほぼ一日も休まずこのルーティーンを遂行している。


 この世界には休日とかの概念はないのだろうか。

 一応一年周期、ぴったし365日でメトセラは豪勢な食事を用意し、「アル、お前は~歳になったのだよ」とかは言ってくれるのだが。


 いや、そう考えるのは早計だろう。メトセラの中だけの話かもしれない。

 

 あれから、そう拾われてから四季を4周した。

 毎日大体小屋にいて、変わることのない日常を送っていたのだが、不思議と退屈しなかった。


 神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)はいつでも寒く、気候にほぼ変動がない。

 それでもメトセラは、4つの季節があるんだよ、と俺に優しく言い聞かせた。

 春に始まり冬に終わる。ここらへんは前世と変わらない。


 俺は拾われた日を誕生日とするなら、満4歳になった。


 そして本を読むようになった。本……つまりは文字である。

 大体今から3週間ほど前に、メトセラがいきなり神妙な顔をしつつ「アル、文字を教えてやろう」なんて言いながら奥の戸棚から古びた本を取り出してきた。


 その戸棚は無闇に触らないようにしていた。

 毎朝メトセラが家を掃除する際に、真剣な顔で慎重に扱っていたのを見ていたので何か大切なものでも入っているのかと思っていたのだ。

 なので本がこの小屋にあるなんて思ってもみなかった。


 今生で初めて見る本だ。

 食卓の上で手渡された。

 まじまじと見つめる。表紙は動物の皮か何かだろうか。年季が入っている。

 表題は何やらくるくるうねっている形の文字がでかでかと載っていた。

 アルファベットの筆記体に雰囲気が似ているが細部は異なっている。


「『英雄エピドラスコと仲間達』だ」


 英雄ねえ……お伽話とか伝説類のやつか。

 メトセラは何故か自慢気に鼻を鳴らしている。


「これ何語で書かれてるの?」

「何語? ロイド語だ。アルや母さんが話している言葉だよ」


 そういう名前だったのか、この言語。


「最近は文字が読めないと困るからな。母さんはアルくらいの年の時、文字が読めなくて苦労した。だから今のうちに教えておく。いいな?」

 

 メトセラの小さい頃か……。

 というか今何歳なんだろう。

 彼女は自分の名以外は自身を詳細に語らないので分からない。

 聞くべきか……。

 なんだか腰が引ける。

 容姿は20代くらいなのだが、こんな土地で生活しているのだ、それでは逞し過ぎる気がする。


「うん。分かりました」


 こうして寝る前の1時間位はメトセラ先生によるロイド文字(ベゼスダ)の授業となった。


 

 そして今現在も本を読んでいる。メトセラのいない時はずっとだ。

 例の戸棚にはぎっしり本が詰め込まれていた。戸棚自体は小さいのだが、それでも50冊くらいあった。

 とりあえず手をつけたものをピックアップしておこうと思う。


 

 『英雄エピドラスコと仲間達』

 青年エピドラスコと仲間たちが冒険する話。インクによる手書きに見える。

 メトセラ曰く昔に本当にあったことだという。

 実際読み進めると神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)が出てきたのでそうなんだろう。

 生前に親しんでいたファンタジー小説に似ていて面白い。

 授業以外では読むなよ!と釘を刺されたので、まだ読みきってない。

 なんでもメトセラにとって思い入れのある話であるらしくて、部分部分で熱く語るのだ。

 まるで自身が本当に経験したかのような語りの迫力に毎回気圧されてしまう。

 そこがまた面白いんだけどね。



 『エルドリア王国地誌』

 エルドリア王国という国の地誌。

 インクで書かれているのだが、フォントによる字形の統一が見られる。

 この世界には印刷技術があるらしい。

 読んでみると、この国は神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)を有していることが分かった。

 つまり今俺のいる国だ。

 他に文化や祝日のことなどが豊富に載っている分厚い本。比較的新しい。

 読むのに一週間もかかった。

 気になったのは神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)が国の極南に位置すること。

 この国は南北に長く北に行くほど暑いのだという。

 もしかして俺は南半球にいるのだろうか。

 まあこの世界が前世の地球と同じ球体であると仮定した話だが。



 『霊峰(エレンヘナ)に住まう伝説の獣達(ホルト・クリスト)

 動物図鑑。それも神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)限定の。

 イラスト付きで見ていて楽しい。

 文字もイラストも全部手書き。かなり古い。

 この山脈は色々な野獣達が跳梁跋扈していて行くのは危険だからやめとけ、みたいな注意書きが1ページ目にドン。残念だったな。既にいます。

 一本角の狼やら氷で覆われている猪みたいなやつがこのへんには生息しているらしい。

 さらには山頂近くに龍みたいなのもいるとか。

 ますますこの世界と前世との違いが浮き彫りになる。

 まだ読み途中。だいぶ分厚い。



 三週間でこれくらいだ。俺は本を読むスピードが結構遅い。漫画なんかだと早いんだけどな。

 しかし文字の習得が思ったより早い。スラスラと頭に入ってくる。

 

 まあ発音だけなら知っているものが多かったし、分からない箇所は即座にメトセラに聞くようにしていたからだろう。日常的に口頭で使っているというのも大きい。

 年齢が若いというのもあるだろう。

 前世の日本語までとはいかないが、長文を読めないわけではない。


 書きに関しても授業で習う。

 メトセラ手ずからのレクチャーだ。

 羽ペンを握った俺の手を優しく包み込んで書き順をガイドしてくれる。

 ちょっとドキドキする。

 いや……義理とは言え親にそんな気持ちを抱くのはまずいですよ!



 いやーしかし面白いな。

 今手にとっているのは『霊峰(エレンヘナ)に住まう伝説の獣達(ホルト・クリスト)』だ。

 イラスト付きは眺めていて本当に飽きない。

 何時間でも読んでいられる。

 

 ふと食卓の足から伸びる影を見遣る。

 この4年間小屋の中にいることが多かった俺は、この影の長さと向きで大体の時間が分かるようになっていた。

 ここには時計がない。

 麓のバルギエラには大時計塔という建物があるらしいので、時計が存在しないということはないだろう。

 

 今は大体11時位か。昼ごろにはメトセラが帰ってきてしまう。


 よし。


 俺は本を閉じ、スリッパから外用の靴に履き替える。

 この小屋では基本的に土足ではなくスリッパを履いて生活している。


 俺がハイハイを卒業し直立二足歩行を開始したのは満1歳ぐらいの時だろうか。

 目線の位置が上がったことにより色んな物が目に入るようになった。

 椅子に乗らなくても窓の外を眺める事ができるようになった。


 初めて小屋の外を探検してみたいと思うようになった。

 しかし当時は外用の靴を持っていなかったので断念せざるを得なかった。


 だが満3歳になった時である。メトセラは豪勢な食事を前に俺にある物を手渡した。

 外用の靴と外套だった。

 前世でいう運動靴とブーツの中間みたいな代物に子供用の黒コート。

 俺はこの贈り物に内心小躍りしながらあることを考えていた。

 

 これはメトセラからの外出許可証なのではないかと。


 そうして今日に至るまで小屋の外を散歩するようになった。

 メトセラには秘密なのだが。

 メトセラといる時は何故か小屋から出たくなくなってしまうのだ。

 こう一緒にいたいというかなんというかそういう類の心情を抱いてしまう。


 メトセラがいない時限定の冒険というわけだ。


 最近は徐々に足を伸ばす範囲も広がってきて大変楽しい。

 こういうのワクワクが止まらないって言うのかしら。


 扉を開けて外に出る。

 春先とはいえここは霊峰。

 ひんやりした空気が体中を吹き抜けていく。涼しい。

 外套を着込む。

 さて今日も散歩に繰り出すとしますか。


 地面を踏みしめるたび霜の崩れる音がする。

 昼近くなっても薄く霧が出ているのはいつものことだ。

 遠くに真っ白な山々も臨める。

 流石高地といったところか。


 なだらかな平地が暫く続く。


 相変わらず草木は生えていないが、小川のようなものはあったりする。

 地面の30cmほどの溝に水が流れているのだ。

 秋から冬にかけては凍ってしまう。

 しかし川底にはほぼ何も生えていない。岸もそうだ。

 水草くらいあってもいいのに。 

 苔だけが寂しそうに群がっている。

 ちょっと不気味だ。


 軽く走ったりもしてみる。

 4歳になり身長もだいぶ伸びた。食卓よりも背が高いくらいだ。

 1年前まで小屋に引きこもっていたが、今では外を出歩くのに体が完全に慣れた。

 若いっていいね。適応力が違う。

 

 今日はいつもより遠くに行って見るかな。




><><>< 




 ……少し困った事になった。 

 

 暫く歩いていたら森にたどり着いたのだ。

 木には薄っすら雪が積もっていた。

 草も生えている。

 今生で初めて見る自然の森に些か興奮しながら中に分け入ってみた。


 入ってみたのだが……。


 

 普通に迷った。

 あーあやっちまったよ。まじかよ。どうすんのこれ?

 

 森のなかは鬱蒼としているわけでもなく、一本一本の木の間隔も離れている。

 しかし実際入ってみると景色が全く変化しない。

 四方すべて同様の景色なので、見回している内に方角が分からなくなってしまった。

 

 生憎天気は一面の曇り模様を呈してきた。

 太陽の位置が分かれば方角も分かろうものだが……。


 しかしかれこれ2時間は経ったぞ。


 メトセラ、どうしたかな。


 ある日狩りから帰ると忽然と姿を消した息子! 

 前世でこんな事が起こったら誘拐等が疑われるだろう。

 

 しかしこの世界ではどうなんだろう。



 というかメトセラはこういう事態を想定したことはあるのかな?


 よーく考えてみたらこの靴も外套も儀礼用だ、なんて言ってたような気が……。

 ウッソだろお前! ちゃんと話聞いとけよ!


 外出許可証だなんて俺の都合の良い解釈だった可能性が高いな。

 メトセラにしてみればいつもは外に出たがらない子が、忽然と姿を消したように見えることだろう。

 お、怒られるじゃ済まなそう。


 でもこの4年間メトセラが俺を怒鳴りつけたりしたことはなかった。 

 食べ物をこぼしても寝ションベンをかましても服を汚しても。

 彼女は笑って、もうやるなよ? なんて言いてくれてたっけ。

 馬鹿にするとかそういうものではなく、もっとこう「仕方ないやつだなあ」みたいな雰囲気の笑い。

 俺はその笑顔が好きだ。


 ああ。母が恋しいとはこういうことなのかね。

 なんだか泣きたくなってきた。

 中身は25歳の大人なのに。


 

 その時だった。

 背後からの物音。

 草をかき分けるような音。


 振り返ろうとして、衝撃が体を走る。

 そのまま体が宙に浮くような感覚。

 次の瞬間地面に叩きつけられた。


 なんだ。こりゃ。視界がぐらぐら揺れている。

 息ができない。背中を強く打ったみたいだ。

 腹の方を手で押さえて、違和感に気づく。

 ベットリとした感触。鉄の匂い。

 俺の腹は真っ赤な血で染まっていた。


「う……ゲボヴぁ……」


 口から血を吐き出す。猛烈に痛い。

 

 一体、何が……。


 前方を見遣る。


 メトセラの髪のように白い毛並み。

 厚い毛皮の上からでも分かる筋骨隆々とした体躯。

 こちらを睨みつける野生の獰猛な目。

 白銀に輝く一角(ルイホーン)


 間違いない。『霊峰(エレンヘナ)に住まう伝説の獣達(ホルト・クリスト)』に載っていた。


 一角狼(エイダル・ルイホーン)

 それも絵と比べてこう、なんというかデカい。

 記述では人間2人分くらいの大きさと聞いていたのだが。

 こいつは違う。

 

 丸太のような四肢。

 体長5、6mはある。


 一角狼(エイダル・ルイホーン)は縄張りを持つ生き物だという。

 俺はもしかすると奴のそれに不用意に足を踏み入れてしまったのか。


 俺の腹に空いた穴。

 あまりの痛さに体のいたる所の感覚が麻痺していく。


 奴の角で貫かれた。

 普通4歳児の子供なんて上半身と下半身がフレ○ダしているところだ。

 穴が開いただけというのは奇跡としか言いようが無い。

 だが……。


 一角はなおもこちらを睨んでいる。

 俺の出方を見極めようとしているのか。

 大丈夫だよ。もうほぼ動けない。


 外套を着ているのになんだか寒い。寒気が止まらない。

 なんだか眠くもなってきた。


 死ぬのか、俺は。

 

 一角が動いたような気がした。

 と思ったらもう目の前。

 

 フレームレートの低い動画のようにカクカクとした挙動で奴が俺の方へすっ飛んでくるのが見える。

 そのまま俺に食いかかろうとしている。


 俺は咄嗟に自分の身を守ろうと右手でガードを試みた。


 そのまま右手に噛みつかれる。

 鈍い痛み。

 ゴリゴリという何かが折れる音。多分俺の……。


 そして、右手を食いちぎられた。


「ーーーーーーッ!」


 声すら上げられなかった。


 そのまま押し倒される。


 グチグチ、という気持ちの悪い音。

 

 抵抗すら出来なかった。


 


 


 ………意識が………



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