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第1話  育て親

 目が覚めた。


 

 なんだここ。

 天井がいやに高い。それになんだかボコボコしていて平らでない。

 天井というより……なんというか岩。

 質感が岩だ。青みががった灰色をしている。


 ……洞窟の天井?


 それに寝る前より体が軽い気がする。

 俺今一体どこに横たわっているんだ。ベッドで寝てたはずなんだが。


 ん?

 視界に違和感を感じた。

 いやにすっきりしている。こんなに視界広かったっけか。


 いや……違う。そうだ。

 あの忌々しい人工呼吸器やらのチューブがない。どこにもない。口に何もつけていない。


 どういうことだ。俺の病状を見て遂に医者も見限ったのか。

 いかんでしょ。


 さらにはなんだか空気がひんやりしている。

 陰鬱とした病室の重い空気とは違って寒いくらいだ。

 というか普通に寒い。それに寝ているところが明らかにベッドじゃない気がする。

 硬い。石の上にでも寝ていたのか。

 いつから俺は夢遊病に……。



 ふと音が聞こえる。足音が近づいてくる。

 頭上に影が差した。人だ。こちらを覗き込んでいる。


 褐色の肌に雪のように白い髪。そして金色の燃えるような瞳。

 女だ。

 20代くらいのお姉さんに見える。滅茶苦茶美人。


 お姉さんは俺を見つめると急に悲しそうな表情を浮かべた。

 俺が入院した時に友人が浮かべた哀れみとは異なる、悲痛の情を湛えている。


 そしていきなり俺を持ち上げた。

 持ち上げた? はい?


 入院時の俺は身長が170cm超に体重も70kg近くあったんだが。

 しかもお姉さんが俺に比べて随分とでかく見える。もしかして巨人だったりしちゃうのか。

 まるでファンタジーだな。

 

 そうだ。褐色で白髪なんて同人誌くらいでしか見たことがないぞ。

 どういうことだ。明らかにここは病院ではない。気温も低いし一体どこなんだ。


 お姉さんは俺を左手一本で抱きかかえたまま歩き出した。どうやら白い毛皮の厚手の衣服を着ている。右手には……棒? とても長い。そして血のように赤く、ルビーのような宝石みたいな輝きを放っている。


 俺をどこに連れて行くつもりだ。綺麗なお姉さんに拉致られるのはやぶさかではないが、一応声を上げねば。


「うえあ……あ……うあー…‥・」


 なんということだ。

 人工呼吸器をつけた時以来言葉を発してないとはいえ、ここまでとは。まるで赤子じゃあないか。

 するとお姉さんはニッコリと笑って俺の頭を撫でてきた。ああ気持ちいい……。

  

 ……じゃなくて。大の大人が何やってんだ。

 そう思っていつもの癖で頭を抱えようとして……出来なかった。手が短すぎて脳天まで持ってこれない。短すぎて? 

 不思議に思って自分の手を見て仰天する。

 なんだかふっくらしていて、手のひらの面積が狭い。まるで赤子じゃあ……、いやどうみても赤ん坊の手です。本当にありがとうございました。


 嘘だろ……これってもしかしてアレアレですかーッ!? 最近流行りのアレですか? 小説でよく見るアレ? まさかな……。


 次の瞬間目の前が急に明るくなった。白い。さっきまでの所は洞窟か何かで、外に出たのか?

 そしてさっきよりも数段寒い。それに耳をつんざくような風切り音。

 これ……吹雪じゃないですかね。

 するとお姉さんは懐から黒色のゴーグルのようなものを取り出して装着した後、吹雪を物ともせず歩き出した。




><><><><><




 結論から言うと、俺は生後間もない赤ん坊になっていた。


 あの後お姉さんはかなり長時間吹雪の中を歩き続け、俺は何度も寝て起きて寝てを繰り返した。彼女の腕の中は妙に居心地が良かったのだ。

 そうしてたどり着いたのは木でできた山小屋のような建物だった。

 

 お姉さんはその中に入ると雪を落とし俺を奥の方へと運んだ。

 途中に縦長の鏡のようなものが置いてあったので一瞥すると、綺麗なお姉さんが赤ん坊を大事そうに運んでいるのが映っていた。


 やっぱり赤ちゃんになってるじゃないか。なんてこった。

 

 つまりは赤ちゃんに転生した、ということだろうか。

 未だに難病にかかるまでの記憶はあるからな。

 前世の記憶を持ったまま第二の人生ということなのか。


 お姉さんはそんな俺の世話を始めた。

 

 それが大体1週間ほど前。

 お姉さんの名前はまだわかっていないが、彼女の話す言語は日本語でも、英語でもない。今までに全く耳にしたことのない言語。それでもって俺に話しかけ続けていた。


 この一週間彼女は俺に甲斐甲斐しくお世話してもらった。

 ミルクのようなものを飲ませ、衣服をくれた。俺はどうやら赤子のようなので排泄の方も我慢が出来なかったのだが、おしめの交換もやってくれた。

 

 まるで母親だ。

 孤児院にいた時の記憶は今ではほぼ薄れているが、そこで世話してもらった時より明らかに愛をもって接しているような……そんな気がする。

 

 そして気づいたことだが。俺はおそらく捨て子。有り体に言えばそんな存在だろう。

 洞窟に赤ん坊が一人ぼっち。これが捨て子でなくてなんだ。


 生前、と言うと入院していた時の俺が死んでしまったみたいだが(多分そうだろうけど)、俺は孤児院の前にダンボール箱に入れられて置き去りにされていた、と孤児院の所長が言っていた。

 今生も同じようなことになっている。


 おかしいな……俺が仕事のない日に買って読んでいた異世界転生物の小説では温かい家庭や貴族の許に転生してたんだけどな……。


 でもお姉さんは綺麗だし、いいか。いいのか?

 

 しかしなんで前世の記憶を持っているんだろう。不思議だ。



「……、…………」


 お姉さんが俺になにか話しかけている。なんて言っているんだろう。声音は優しい。


 俺は抱きかかえられ、何かを口にあてがわれた。哺乳瓶だろう。木製のものだ。

 これまでの一週間、俺は三食この哺乳瓶を吸っている。本当はお姉さんの自前のものを……おおおイカンイカン。


 飲んでいるものはいまいちよく分からん。牛乳とかではない。それに毎日味付けが違うような気がする。

 しかしこうして抱き上げられているとお姉さんの顔が近い。間近で見るお姉さんの顔は意外と幼く、初見は20代くらいに見えたが今はもっと若く見える。また何を言っているか分からなくても声の方もそれくらいの年代に聞こえる。

 聞いていて心地の良い声だった。


 俺は一日中この建物で過ごしている。とても居心地が良い。




><><><><><




 大体半年ほど経過しただろうか。


 お姉さんの話す言葉が朧気ながらも分かってきた。彼女は毎日俺によく話しかけたり物を指差しておそらくその名であろう単語を言ってくれた。

 そしてお姉さんの名前も。


 彼女がよく自分を指差して言ってきた単語だったので試しに彼女に向かって言ってみた。


「……めとせら?」


 すると彼女の顔がパッと明るくなり俺を抱きしめてきた。ええかほりや……。


 メトセラ。それがお姉さんの名だ。


 メトセラはとにかく綺麗で、そして腹筋がシックスパックだった。


 うん。びっくりした。たまげたぜ。

 メトセラは総じて細身なのだが筋肉もしっかりとついておりその体躯はしなやかで流麗の一言。

 肩にかかるくらいの雪のような白髪。慎ましやかだが体のフォルムに即した胸。

 身長は、60cmくらいの赤ん坊(俺)を基準として2.5倍強、160cm後半位に見える。

 美人だ。日本ではこんな女性にお目にかかったことはない。

 マンガやアニメの世界くらいにしかいなさそうな美貌だ。


 

 彼女の一日は夜明けとともに始まる。何故か俺もその時起こされ、頭を撫でられ、朝食をくれる。 

 最近の俺の食事は離乳食でお粥のようなものだ。


「アル。いってくるぞ。」


 メトセラはそう言うと俺を小屋に残し外出する。

 肩まである雪の如き白髪を一本に結って、俺が拾われた時に真紅の棒だと思っていた鋭い刃先の長槍にマチェットのような剣、そして白い毛皮の厚手コートという出で立ちだ。

 彼女曰く「狩り」だという。

 

 アル、とは俺の名。正確にはアルクディウス。メトセラの命名だ。


「いってらっしゃいおかあさん」

「ああ。昼ごろには戻ってくるからな」


 メトセラはそう言い残すと外に出ていった。後3、4時間もすれば獲物を獲って帰ってくるだろう。

 時計がないので正確ではないが、大体それくらいの時間である。

 

 おかあさん、か。初めてこの言葉を使った。前世においてはついぞ使ってやれなかった言葉だ。


 この小屋は、ほぼ10メートル四方くらいの木床張りで仕切りがなく天井もない。屋根裏がむき出しだ。

 メトセラに連れてこられてから1回も外に出ていないので外見はよく分からない。


 しかしまだ1歳にも満たない子供を外に出す訳にはいかないだろう。どうやらこの小屋は山間の高地にあるらしく、つい最近まで一日中吹雪が絶えなかったほど厳しい環境だ。


 山間、と言うより山脈のど真ん中にあるらしい。メトセラ曰く「神々の霊峰(アルキ・エレンヘナ)」という名の。

 


 もうハイハイが出来るようになった俺は窓の近くの椅子まで移動できる。ここの四角窓はよく見ると二重になっており、防寒設備が調っていることが分かる。

 窓からは朝もやがかった大地が見えた。

 もう冬も終わり春も中頃らしいが、ここらには草木はあまり生えないみたいで苔の群生ぐらいしか拝めない。おそらくとんでもなく標高が高かったり不毛の地だったりするのだろう。


 メトセラはこんなところに一人ぼっちで暮らしているのか。

 というのも俺はこの半年、メトセラ以外の人間を見ていない。それどころか彼女の取ってくるヤギのような生物等の死体以外、動物すらも見ていない。


 メトセラ……一体何者なんだ。


 少なくとも俺とは人種が違う(・・・・・)のは明らかだ。


 この小屋にきてから一日一回は壁に備え付けてある縦長鏡で自分の姿形を確認している。俺は灰色の髪に肌色の肌。そして紅の瞳……。

 とってもカラフルですな。うん。


 ていうか紅って……明らかに人間じゃないでしょ。ホムン○ルスの目だよこれ。

 前世の黄色人種とは異なっている。


 メトセラは早朝から昼にかけて狩りに。昼ごろに帰って俺と一緒に昼飯をとった後また外出する。時折「狩り」で手に入れたであろう毛皮を持っていく時もあった。


 なんでも麓に降りるらしい。バルギエラ、という街があってそこの市場に用があるという。

 メトセラはここら一帯で獲れるものを麓の市場で売り、日用品や食材等消耗品を購入して暮らしているのだろう。

 俺の離乳食は粥のようなものと言ったが、米なんてここらじゃ取れなさそうだしな。

 しかし本当になんでこんなところに住んでいるだろうな……。


 メトセラは本当によく俺に話しかけていた。この半年ずっとだ。

 普通離乳食を食べているような時期の赤ん坊の理解力なんて高が知れているというのに。

 出来て親の発する言葉を復唱するくらいだろう。

 まあ中身は大人なんですけどね。


 それでも話しかけてくれたおかげで色々分かった。山の名前とかな。

 分からないことももちろんある。

 「国」の存在とかだ。町があると言うのは聞いているから必然的にあると思っていたのだが。

 

 だがメトセラからはその手の話を聞かない。

 あくまで生きるのに必要なことだけしか教えない、という意図なのかな。



 少し整理しよう。

 

 育て親はどういう人か。

 今いる場所はどういうところか。

 自分は一体何者なのか。


 今のところ分かっているのはそれくらい。


 だがそれよりももっと重要なことがある。


 何故転生したのか。これである。


 原因不明の不治の病。俺はそれで死亡したことは間違いないだろう。

 ではなんでセカンドライフなんだ?


 やっぱりあの流れ星の大群にお願い事なんてしちゃったのが不味かったか。

 しかしそれなら病気を治せば済む話なのに。

 わざわざ二度目の生を与えるなんてそれに比べれば大事でしょう。

 

 お星様は何がしたかったんですかね?



 まあいいか。


 正直、この生活に何処か満足している自分がいる。


 こんなにも尽くしてもらったのが初めてだったからだろうか。

 孤児院では共同生活だったし、まして義 母は俺のことなんて眼中になかったみたいだしな。じゃあなんで養子をとったんだって話だが。


 このままメトセラに育ててもらって、新しい人生を始める。いいな。

 すごくいい。すごく恵まれているな、俺。


 当たり前に食事をもらって、当たり前に頭を撫でてもらう。

 当たり前に話しかけてもらって、当たり前に笑い合う。


 前世の時みたいに己の境遇を呪うこともない。


 俺は今、すごく幸せだ。





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