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第26話 こもごも


 論功行賞で、マリーナ騎士団が要求したモノ。

 それは、捕虜になっていた諸侯側の帯剣貴族の引き渡し。


 先の戦いで受けた損害を補填するため、今後も戦っていくための受け入れ。


 領地持ちと違い積極的に処刑する理由もない帯剣貴族達はイスペリア側も扱いに困り、牢屋に放り込まれていた。


 その帯剣貴族を処分したがっていたイスペリア側との思惑とも合致した、どちらにとってもメリットが存在する取引だったといえよう。


 ベルタ・デ・ロペ以下、17名もの帯剣貴族がマリーナ騎士団に参画することとなった。






「そういう訳で、今日から仲間になったイスペリアの皆さんですわ。はい、拍手でお迎えしてあげてくださいまし!」


「わーい!!」


 イスペリア臨時王都バローラの聖堂(バローラに於ける、マリーナ騎士団の拠点)にて、盛大な令嬢達の拍手が新たな仲間達に降り注がれていた。


 俺も、それに倣ってパチパチと手を叩く。

 みんなより年上のお姉さんが多めだけど、怯むことなく令嬢達は絡みに行く。


 牢から出て、憂いと倦怠、それから決意や不安の表情を浮かべていたお姉様方は、突っ込んでくるガリティアの令嬢達に目を白黒させていた。


 身構えていたところに、邪気のない年下に囲まれて、戸惑っているのが伝わってくる。


 けど、決して嫌がってはいない。

 なんで、こんなに友好的なのだろうと不思議がってはいるが、じゃれられて悪い顔はしていなかった。


 直接戦場で対峙したわけでもないのが、この屈託なさに繋がっているのかもしれない。


 こういう時の令嬢方は、意思疎通できるゴールデンレトリバーくらいに思ってもらえれば良い。


 ともかく、お互いの第一印象は悪くないどころか、とても良さげであった。

 ホッと一息、安堵する。


 立場上、マリーナ騎士団に編入されたイスペリアの帯剣貴族たちは半ば強制されてのことだから、屈託なく接するのは難しいと思っていた。


 でも、それ以上にウチの令嬢方が人懐っこくて、人の懐に入るのを臆さなかった。


 時々、脳筋具合に不安になる時はあるけど、こういう時は本当に有難い。多分、この分だと蟠りもないだろう。


「……まあ、そういうことだ。これから三年ほど、よろしく頼む」


 苦笑まじりにそう告げたロペ将軍の周りを、ヤンヤヤンヤと令嬢達が取り囲んだのは、いうまでもないことだった。






 一先ず、何の問題もなくイスペリアの帯剣貴族の受け入れには成功した。


 令嬢方と一緒に訓練して、時折助言を求められている様子は、見ていて微笑ましいものがある。


 ただ、全員が令嬢中隊に編入されたかと言えば、そういうわけではなかった。


「ロペ将軍を、メイド隊の隊長に?」


「ええ、アンナからの推薦ですの。曰く、自分では荷が重かった。今後はクローデット様とジルベール様のお茶入れ妖精としての余生を過ごします、と」


「えぇ……」


 アンナさん、前の戦いで俺の代わりに実質的なメイド隊の指揮を取ってくれていた、クローデットさん付きのメイドさん。


 戦いが終わったあと、死にそうな顔で謝罪をしにきていた覚えがある。



『ジルベール様、今回の戦いについて、お詫びのしようもございません……。統制を取れず敵に踏み込まれた挙句、護衛の役割一つ満足にこなせないなど……メイド失格でございます』


『こっちこそ、上手にできなくて……ごめんなさい』


『あわわ、ジルベール様、頭をお上げください! 私などのために、その様なことをなさらないでください!! 斯くなる上は、ジラール家仕えの誇りを持って敵陣へと突入し、敵を一人でも多く道連れに──』


『アンナさんまで死ぬんだったら、俺も死んだ方が良いね……』


『何を仰っておいでですか!?』


『それが嫌なら、死なないでください……』



 うん、確かこんな感じの会話があった。


 思い返すと、色々と酷い。

 二人揃って、メンタルヘラヘラである。


 その後、何とか納得してもらって落ち着いたと思っていたが、現状を聞くにすっかり自信喪失している様であった。


「うーん、別にアンナさんのままでも問題は……」


 だから、気にしてないと留任を求めようとしたところで、クローデットさんから待ったが掛かった。


「いえ、素直にロペ将軍を用いた方が良いのですわ」


 キッパリと、こちらの言葉を断ち切る。

 明確な意思を込めて、そちらの方が良いと言う。


 でも、確かにそちらの方が良いのは確かだ。

 戦歴があり、幾度も部隊を率いてきた経験があるのだから。


 それは理解できる、が少し気になることもある。


「落ち込んでいるアンナさんについては、どうしましょうか?」


 そう、すっかり萎れてしまっているアンナさん。

 下手にいま解任してしまっては、今度こそ火薬を抱えて敵陣に突っ込み、自爆しかねない。


 だから、どうしようかと尋ねると、クローデットさんは自信あり気に胸を叩いた。


「ワタクシのメイドのことは、ワタクシが面倒を見ますわ。ちゃんと立ち直らせてきますので、どうかご安心くださいまし」


「クローデットさんがそう言うのなら……」


 ……言われてみれば、それが一番な気がした。

 俺が慰めるより、クローデットさんが頑張れと言ってくれた方が元気出るに違いない。


 俺だって、クローデットさんが元気付けてくれたし。


「お願いします、アンナさんを元気付けてあげてください!」


「ふふ、お任せあれ、なのですわ!」


 だから、全幅の信頼を持って任せられた。

 落ち込んだ人を励ますなら、クローデットさんに任せるのが一番って思えたから。




 そうして、アンナさんが俺のところにやってきたのは、一日後のことである(流石はクローデットさん、仕事が早い)。


 目の前のアンナさんは、溌剌な目をしていた。

 これなら安心かな、と思った瞬間のこと。


「ジルベール様、ご心配をおかけしました。今後は、クローデット様兼ジルベール様の茶汲み妖精及び、メイド隊に於けるジルベール様の伝令兼肉の盾を拝命いたしました。今後もどうか、よろしくお願いします」


「よろしくするには、あまりに重い役職が混じってなかったですか!?」


 茶汲み妖精はともかく、肉の盾って何!?


「肉の盾のことですね。……はい、重い責任を持って、自主的に務めさせていただくことになりました」


「志願制!?」


「ええ、ジルベール様がピンチの時には身を呈して庇い、ジルベール様が死にてーなぁ、と突如として希死念慮を拗らせた時には、代わりに死ぬ役職です」


「後半部分は本当に何なの!?」


 予想の斜め上をいく、トンデモ役職だった。

 身を挺して守ってくれようとしてくれているだけでも重たいのに、何で俺が死にたいと思った時に、代わりに死ぬのか。


 あまりに意味がなく、無駄死にが過ぎる。

 詳しく説明を求めたら、頭がおかしくなりそうだ。


「アンナさん、絶対にやめて……」


 だから詳しく問うことはせずに、頭の悪いことはやめよう? と提案した。

 が、ふるふると頭を振って拒絶された。


「ご安心ください、クローデット様が仰っておりました。ジルベール様が戦場で、無茶をするまでもなく占いの力で完勝すれば、何も気にすることはないのだと」


「む、無茶振りだよ!」


「ですが、クローデット様は出来ると思っております。その信頼には、出来るだけ応えてあげてくださいませ」


 こうして、妙に使命感に燃えた目をしているアンナさんは、嫌がる俺を無視して、お茶汲み係兼戦場での盾となってしまったのだった。


 ……これ、明らかにお目付け役だよね?

 俺がしっかりしないと、うっかりアンナさんが死にかねないぞって、クローデットさんなりの叱咤激励。


 俺が戦場で冷静でいるための、気つけの存在。

 次は上手くやれるようにという、クローデットさんなりの人事案であった。



「クローデットさ〜んっ!」



 慌ててその姿を探して、見つけた瞬間に情けない声をあげた俺に、クローデットさんは微笑んで。


「ジルベールさんなら、きっと大丈夫ですわ。信じておりますもの」


 それだけ告げて、去っていく。

 あまりに重い信頼と共に、しっかりしてねと釘を刺すことも忘れない。


 ……後年、振り返ってみれば、人を制御するという意味合いでは良い人事だったと思う。


 けど、当時は珍しくクローデットさんに意地悪みたいなことをされてしまって、目をグルグルさせていたことは鮮明に覚えている。


 これから続く何十年もの人生の中で、クローデットさんからされた数少ない意地悪だったから、余計に印象に残ったのかもしれなかった。






 まあ、そういう訳で、俺は名目上のメイド隊の隊長から、極々普通の一般軍中占い師に戻った訳である。


 と言っても、俺がクローデットさん達の機動についていけるわけもないので、基本的にはメイド隊付きの軍中占い師なのであるが。


 ロペ将軍がメイド隊の隊長になってから数日。

 ようやく落ち着いて、コミュニケーションが取れるようなった時分のこと。



「君の能力は分かった。最初はなぜ男がとも思ったが、君がいてくれると一から考えることが少なくて助かるし、部隊運営も非常にやり易い」


「ありがとうございます、ロペ将軍」


「ベルタで良い。将軍と名乗り憚るには、形だけ与えられた役職だった。やっていたことは、1000名以下の隊を率いることぐらいだしな」


「じゃあ、ベルタさんと呼ばせて頂きます」


「うん、それで良い。で、だな……」


 メイド隊の隊長に就任してから直ぐに、ベルタさんは徹底してメイド隊の動きに手を入れていた。

 休む暇もなく、調練に明け暮れていたのだ。


 マリーナ騎士団は令嬢達からメイドに至るまで、剛直さによる破壊力が一番の特徴であった。


 それは攻勢時には爆発的な威力を発揮するが、守勢においては脆さを露呈する欠点も有している。


 その部分を問題視し、ベルタさんはメイド達に戦場における柔軟さを仕込んでいたのだ。


 結果は重畳、ベルタさんの手によって隊は滑らかに動くようになった。正面からの衝撃戦術以外の用兵を、今更ながらに行える様になったのだ。


 あと、厳しい調練により、ベルタさんの命令は絶対厳守の様な刷り込みも行って。

 ここ数日の内に、メイド隊を完全に掌握していた。


 流石、歴戦の人だと本気で感心していた、そんな最中での問いかけだった。


「……君のそれは、占い師というよりも軍師のそれじゃないのか?」


 ある意味で今更で、直球な問い掛けに苦笑する。

 ベルタさんの言う通り、確かに軍師の仕事であったから。


「俺はクローデットさんの、それから今はベルタさんの軍中占い師ですよ?」


 でも、敢えてすっとぼけたことを言う。

 この建前は、何だかんだで重要だから。


「呼び名に、意味があると言うことなのか?」


「俺の立場的に、そっちの方が正しいって感じです」


 前にクローデットさんに話した通り、この世界で男が軍隊に帯同するには相応の理由が必要とされる。


 そもそも、男が知ったふうに口を出すこと自体、あまり褒められない。


 俺がやっていることも、割とギリギリ。

 こんな状況じゃなければ、直ぐに認められることもなかったと思う。


 クローデットさんなら、それでもいつかは俺を使ってくれたかも知れないけど。


「なるほど、軍略に口を出す男は常識のない小うるさいやつだが、占いで天啓を告げる形を取れば、男であろうと女を平伏させる神性やカリスマが生まれる、と。……色々と面倒なものなのだな」


 納得した様にベルタさんはウンウン頷いているが、普通にそれは言い過ぎである。


 まあ、確かにマリーナ騎士団のみんなは、占いの結果と言えば全部納得してくれるけど。


 ……やり易くていいけど、少し心配になるレベルの素直さだった。


「ならば、わざわざ軍師にする必要もない、か。よし、今後も占い師として帯同してほしい、ジルベール殿」


「はい、どうかお好きにお使いください」


「……フードを下げている時に、その様な物言いはしない方が良い」


「?」


 何だかんだで、メイド隊の新指揮官であるベルタさんとの仲は良好だった。


 真面目な軍人さんで、良い意味で事務的。

 自分の仕事を、きっちりこなすタイプ。


 メイド隊への調練だけでもお釣りが出るくらいだけど、それでいて指揮官としても歴戦の人だって聞いている。


 多分、マリーナ騎士団では、クローデットさん以来のまともな指揮官だった。


「頼りにしています。ですから、ベルタさんも頼ってくれれば幸いです」


「……君は賢いのかそうでないのか、本当に悩ませてくれる存在だな」


「??」


 でも、時々謎かけみたいなことを言ってくる。

 多分、お茶目なお姉さんなのかもしれなかった。






 一旦は落ち着いた情勢の中、諸侯側の帯剣貴族もマリーナ騎士団にすっかり馴染んだ頃合いの話。


 マリーダ騎士団を支援してくれている商会の組合から、依頼があったのだ。



「取り戻した北西部で、山賊が急増している、ですの?」


「ええ、諸侯側の敗残兵が、行き場に迷って山賊になったのだと思われますが……」


 商会の人は、深々と溜息を吐きながら、現状の北西部について語った。


 曰く、敵の敗残兵が幾つかの集団に分かれて、行商人を襲っている。


 命を取られたものはいないが、徴発と称して積荷を奪う被害が多発している。


 北部の交易路を再編し、商業活動を活発化させようとしているところに水を差されて、非常に困っているとのことだった。


「イスペリア軍も動いてくれているのですが、先の戦いで疲弊している様でして……」


 治安維持をすべきイスペリア軍も、動きが鈍くて頼りにならないらしい。

 だから、マリーナ騎士団に話を持ってきたんだとか。


「ジルベールさん、占いではどう出ておりますの?」


 クローデットさんからの問い掛けに、俺は少し何かをするそぶりを見せてから返事をした。


 商会の人達は俺たちの生命線で、いてくれないと資金繰りに困った挙句にマリーナ騎士団自体が自壊しかねないので、出来るだけ話を聞く方向性で進める。


 因みにだが、客人の前だとこうすることで男が口を挟んでいる、ではなく占いの結果を伝えているという体裁が取れて便利なのだ。


「……討伐、するべきでしょう。ですが、恐らくは武力を用いるのは最低限で済むと思います」


「というと?」


「敵は徴発という体裁に拘っている。つまりは、気位が高い。山賊になったつもりなど、向こう側には毛頭ないのでしょう。多分、貴族が率いている軍隊です」


 そう、恐らく山賊は諸侯側の貴族が率いている。

 帰る場所がなくなって、やむを得ず山賊ごっこをしている。


 死人を未だに出していないのが、格好だけにしても最後の矜持とも言うべきか。


「……それは、余計に投降しないのではなくて?」


 クローデットさんの疑問は当然で、未だにこんなことをしていると言うことは、帯剣貴族ではなく領地持ちの貴族……の一族だろう(領主自身は、既に討死しているか外国へ亡命してしまっている)。


 多分、領地の領有権の問題で、イスペリアに投降した瞬間に処されると思っているから、こんなことをしている。


 事実であるし、だからこそ余計に頑固になっている。

 投降はあり得ないし、最後まで抵抗するはず。


 その憶測は間違っていないし、正しい。

 多分、向こう側は気位に殉じるだろう。


 だからこそ、その点を逆手に取れる。

 貴族に付き合わされている兵士たちは、好きで山賊なんかになったとも思えない。


 つまりは、貴族さえ除ければ山賊は自動的に解体されるのだ。

 では、貴族を取り除くのは、どうすれば良いか?


「クローデットさん──決闘しましょう!」


 答えは簡単。気位に見合った、ロマンスを提供すれば良いのだ。


 きっと、相手は乗ってくる。

 そうじゃなかったら、形式ばった事はしないはずだから。


 乗ってこない時は、殲滅戦をするしかないけど。


「……ジルベールさんも、随分ワタクシ達に染まってきましたわね?」


 そんな俺の提案を聞いて、クローデットさんは嬉しそうな、それでいてなんとも言えない顔をしていた。

 多分、脳筋に染まってきたと思われている。


 ……まあ、部分的にはそうかも知れない。

 物事を解決するのに、こんな提案をしてしまうくらいには。


 でも、令嬢方の強さを頼りにした提案だ。

 呂布が仲間にいたら、誰だって作戦は呂布になるだろう、うん。


「あっ、一応なんですが、商会側に占いでもお願いした方が良いと出たことがありまして……」


 それはさておき、念のために商会側に必要なことを伝える。このお願いは、特に意義を唱えられることなく受け入れられた。


 あと、勘違いかも知れないけど、俺、商会の人達から呪術師か何かだと思われている節があった。

 

 別に呪いなんてかけたりしないから、妙に引け腰にならなくて良いんですからね……。






 そうして始まった、山賊討伐。

 おおよそは読み通りで、順調に進んでいた。


 山賊は諸侯貴族の次女か三女で、一騎討ちを挑んだら全員が乗ってきてくれている。


 そして、ガリティア側の令嬢方の方が、イスペリアの貴族よりも強かった。


 血統の調整の点で、ガリティア側に一日の長があり、魔力量が多いからだと思われる。


「くっ、殺せ!」


 そして、一騎討ちに敗れた諸侯貴族がいうテンプレートじみたセリフが、それであった。


 本人達は至って真面目なのだろうが、あまりにノイズすぎる。



「ま、待ってください!」


 そして、こっちは一応懸念に入れていたけれども、あまり計算に入れていなかった点。


「お嬢様のお命だけは、どうか、どうか……」


 それは、諸侯貴族に従っていた兵達のこと。


 てっきり、無理やり従わされているのかと思っていたが、普通に慕ってついて来ていた兵士が一定数いたのだ。


 必死に自らの主人を背に、哀願しにくる。

 どうかお許しください、命だけは、と。


 こうされると、本当にやりづらくて仕方ない。

 殺すに殺せなくなってしまう、こう、心情的に。


 因みに、マリーナ騎士団は1週間で12回討伐を行い、これを含めて8回従者や兵士側から命乞いが行われていた。


「っ、やめぬか! 決闘の結果を前にして、その様な……」


「……バール市の漁港から、ロマーナ方面へ向かう商船が幾つかありますの。異教徒が跋扈する海を渡るために、護衛を求めている船が数多あると聞きましたわ」


「何を、言っている……?」


 そして、他の命乞いされた貴族達に言ったような内容を、クローデットさんは今回も繰り返して伝えていた。


「良い家臣の忠言を聞くことも、貴族の度量ではなくて?」


「それは……」


 ここで無理に殺そうとすれば、兵士達も対抗する姿勢を見せるだろう。


 無体な事はできない、穏便に済ませなくては。

 そういうこともあると思って、商会側に前もって依頼していたのだ。


 外国に人を運ぶ用意をして欲しいんです、と。


「お嬢様……」


「…………これも、導きというのならば」


「運命が、あなたに生きろと言っているのですわ」


 頼んでいてよかったと、安堵の息を吐く。

 予想よりも、ちょっと人が多くなってしまったけど……。


 とにかく、山賊は次々と武装解除をしていった。


 率いていた貴族達は、わずかな従者たちと共に、ひっそりと商会側が用意した船に乗って、ロマーナ方面へと旅立っていったのであった。


 後年、船に乗って旅立った8人の諸侯貴族たちが、ロマーナ半島を席巻しているガルマン系民族相手に大立ち回りをし、教皇倪下の騎士になるのはまた別の話である。






 そういう訳で、山賊退治も迅速に終わり、一連のゴタゴタもようやく落ち着く……と、言いたいところだったのだが、そうもいかない事情があった。


「あの、我々は山賊として活動しておりましたので、とてもではないのですが故郷に帰れなくて……」


 その理由は、聞いての通りセルフ国外追放した貴族達に従っていた兵士の処理について。


 一応人は殺してなかったが、だからと言って商人達に損害を与えたのも事実。


 このまま、無罪放免というわけにもいかない。

 というか、普通に悪名が響いてそうなので、ここで解放しても村八分にされる可能性が大だ。


 かといって、憲兵に引き渡せば、数が多すぎて間引かれかねない。

 とても、扱いに困る一団であった。


「……どうしましょうか?」


 困り顔で尋ねる俺に、クローデットさんは平常に、極々普通に言ったのだ。


「元より、ワタクシたちも行き場のないところをイスペリアに落ち延びて来た身。戻る場所を失っているという事ならば、この方達も同志なのですわ」


「なら、そういうことになります?」


「ええ、そういうことですわ。なのでジルベールさん、もうちょっと手伝ってくださいまし」


 その決断は、クローデットさんらしかった。

 思えば、俺もそんなクローデットさんに救われた身の上である。



 そういう訳で、俺達は兵士達およそ1000名(各山賊をしていた人数の総計)を抱えて、バローラではなく村の方へと帰還することになったのだった。


 後に、投降した兵士の多くは屯田兵となり、数多くの戦いに参画することとなる。マリーナ騎士団にとって、欠かせない兵力と化したのだ。


 尤も、その兵を維持するための当座の資金繰りのために、大量に収穫できる不味い芋ばかりを食べ続ける羽目になるのだが。


 当座の味覚を犠牲にして、マリーナ騎士団は拡張していくこととなる。


 ただ、それに伴って、大幅に手を入れなくてはならない案件も出てくる。村の規模を、相応の収容人数にする必要が出て来たのだ。


 これにより、村は急速に慌しくなっていった。

 借金までして(連帯保証人は宰相)物資の確保に勤しんだ。


 村は急速に拡張していくことになる。

 農村と街を結ぶ、中継地点になるくらいに。


 その結果が何を齎すのか、この時点ではあまり予測がついていなかった。


 如実に理解できるようになったのは……クルアン教徒側に、動きがあってからのこと。


 ようやく落ち着けたと思ってから、2週間も経たないうちのことであった。




「各地の農村が、クルアン教徒の大規模な略奪にあっている、ですの?」


「はい、略奪の手から逃れた人達が、この村にも難民が来てるみたいなんです」


 それは、新たな戦いの兆し。

 或いは、既に広まりつつある戦禍の足跡だった。


 休む間もなく、事態が動こうとしている。

 ここ数年、微睡の中にあった戦線が、先の戦いを切っ掛けに活発化していた。


 もしかすると、事態の変化が、危うい均衡の上にあった天秤を傾けてしまったのかもしれない。


「見捨てるわけにはいきませんわね」


「不幸中の幸いと言えばいいのか、村を拡張するための資材を流用すれば、難民キャンプくらいは建てられますしね」


 どちらにしろ、難民は村にまで来ている。

 知らんフリを決め込もうにも、マリーナ騎士団は巻き込まれる距離に存在してしまっていた。


 戦いの気配は、確かに近くまで迫っていた。






「アマル、しっかりしな」


「……婆、年甲斐もなく、はしゃが、ないで」


「そのババアに、模擬戦とはいえ一本取られるなんて。全く、腑抜けてるよ、あんた」


 クルアン教占領地域マルドルの調練場にて、膝を付いていたアマルに、呆れ気味にファイカは話しかけていた。


 一対一でなら、疾うにファイカを圧倒する武技を手にしているアマルが相手だからこそ、この有様に怪訝にならざるを得なかった。


 動きが鈍いし、ふわふわしている。

 まるで集中力がない、それでもある程度動けるのだから大したものだが。


「……全く、世話の焼ける。ほら、悩みがあるならこのババアに話してみな」


 だが、いつまで経ってもこの調子では、ファイカとしてはやりにくくて仕方がない。


 だから、とっととアマルの内に抱えているものを、吐き出させようとしたのだが……。


「…………別に、なんでも、ない」


 明らかに、何かあるだろうといった口振りで、アマルは悩みがあることを否認した。


 思わず、"このガキ!" と舌打ちしそうになったファイカであったが……その前に、ふと一つのことを思い出した。


 かつて、ファイカの娘(アマルの母)が、似た様な状態になったこと。

 そして、その時に悩んでいたのは……。


「──なるほど、男かい」


「っ」


 愉快げな音律を持って、その言葉が吐き出された時、アマルは己が内側を言い当てられたことへの羞恥と共に、強い否定の感情を抱いた。


「違う。しね、クソババア」


「死ねって言ったかい、このバカ孫!?」


 あまりに激烈な反応に目を剥いたファイカであったが、それ故に図星を突けたと確信した。


 一方のアマルは、そんなふしだらな気持ちなんかじゃ無い。もっと哲学的深淵な何かが、あの男の子の涙を通して自身の心を絡め取っているのだと、無表情ながらにブチギレていたのであるが。


「ま、そういうことなら、話は早いかもしれないね」


 しかし、そんな孫の反応を見て、ファイカは童話の魔女が如き笑みを浮かべた。アマルの言うところの、クソババアの笑みである。


「……どういう、意味?」


 繋がらない話に、無表情ながら困惑するアマルに、ファイカは実に楽しげに告げた。


「──動くんだよ、山岳民が足場を固め終わる前にね」


 また無茶なことを言っている。

 アマルが感じた第一印象は、それであった。


「……山に篭られて、手詰まりに、なる」


 なので、敢えて常識論を唱えて、どうするのかを聞き出すことにした。


 クソババアモードのファイカなら、アマルが思いつかない様な発想を披露するのだろうと、嫌々ながらに確信していたから。


「そうさせないために、奴らを平野に引き摺り出すのさ」


「どうする、つもり?」


 嫌な予感に苛まれたアマルは、すごく嫌そうに尋ねた。


「幾ら山岳民とはいえ、全員が山に住んでいるわけじゃない。農村は平地に置かざるを得ないし、そいつら全員を山岳都市に収容できるキャパシティも持っていない」


「……つまり?」


「──徹底的に平野部を略奪して、農民を山へ追い立てる。すれば、奴らは食わせるに困る民に耐えかねて、平野部へと打って出てくるという寸法さ」


 問い掛けの答えは、案の定アマルの美意識に反する解答であった。


「……勝っても、統治に支障、でる」


「そりゃ、勝った後に考えればいいのさ」


「……最悪」


 とても、方面軍の指揮官が考える発想ではない。

 思わず、嫌悪を滲ませた無表情を祖母に向ける。


 だが、ファイカは微塵も堪えた様子がない。

 逆に、柔らかな表情で孫を諭し始めた。


「アンタも分かってるんだろう? やるなら今しかない、手をこまねいては状況は悪くなる一方だって」


「増援は、期待できない?」


「本国は、イスペリア方面を諦めている。ここは、前線じゃなく辺境扱いさ。身近に、もっと面倒な敵(東ロマーナ帝国)を抱えているからね」


 だから、動かねばならない。

 時間の経過と共に、敵は強くなるがこちらは腐っていくしかないから。


 今は大丈夫でも、5年、10年先は状況が悪くなっている。

 それが、目に見えて明らかなのだから、と。


「……敵を困らせて動かすなら、全域で略奪、しなきゃダメ。部隊、バラけさせて行動、させなきゃダメ。各個撃破の対象になる」


 ファイカの言い分を、アマルは理解した。

 理解した上で、尚も理屈に縋って嫌がった。

 感情面でもだが、純粋に危険だから。


 もとより、博打気味の策である。

 略奪部隊を餌に敵を釣り出して、決戦を挑む。


 決戦に際しては、敵を逃さないために速戦即決で行かねばならないから、略奪部隊を急行している暇がない。


 なので、彼我の兵力差は僅かになるだろうし、何よりも敵の士気を煽り過ぎる。


 祖国を荒らす盗賊に対して、弱兵と名高いイスペリア兵でも懸命に戦うことだろう。


 さらに言えば、もし負けてしまった後のこと。

 多分、立て直しが利かないとアマルは見た。


 イスペリア方面のクルアン教徒の軍は、南方大陸民のガルガン人が主兵力で、彼女らはファイカが負けないから付き従っている。


 今でさえ反抗的なのに、負けた後は……。


 考えただけで、アマルは二の足を踏む。

 最大限のリスクを抱えての戦いになってしまうと、予想できるから。


「……婆、焦ってる?」


 だから、思わずアマルは尋ねた。


 時間の経過がイスペリア側に有利なのは理解したが、だからと言って悪条件が過ぎる戦場に、ファイカが身を投じようとしている様に感じて。


「……アマル、覚えておきな」


 急に気遣わしげな言葉を掛けてきた孫に、ファイカは苦笑しながら一つの事実を伝えた。


「戦うべきと感じた時に戦えなけりゃ、機会なんて一生巡ってこない。勝ち負け以前の話さ」


 達観した、答えになっていない解答をするファイカに、アマルはほんのりと違和感を感じた。


「ま、戦いのことだけじゃなくて、男のこともだよ。悩んでいるってことは、異教徒の男なんだろう? そんなの、この機会に略奪して犯せばいいのさ」


「死ね、クソババア」


「短期間で二度も死ねって言ったね、クソガキ!? アンタの母さんにだって、一日1回しか言われたことなかったのに!!」


 けれども、そんな違和感は思春期を刺激されたことにより、アマルの中から消し飛んだ。


 アマルは未だ、お年頃の女の子。

 思春期的イジリは、絶対に許さない時期であった。

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