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第25話 勧誘


 クローデットさんに気つけをされてから、直ぐのこと。


「ご心配をお掛けしました」


「次からは、真っ先にワタクシを頼ってくださいましね」


「はい」


 優しいこの人のお陰で、何とか前向きになれた。

 頑張りたいなって、そう思えたから。


 すると、ぼんやりとしていた頭が回り始めた。

 具体的に思い浮かんだのは、いま行われている論功行賞のこと。


「あの、さっきベラ、イザベラ陛下から聞いたことなんですけど」


「……相変わらず、イザベラ陛下と仲良しですわね?」


「なんか、すみません……」


「いえ、構いませんわ。それで、論功行賞の事となると……メンドース将軍の主張のことですの?」


 問い掛けに頷き、気になっていたことを尋ねた。


「メンドース将軍はクローデットさんに叙爵して、イスペリアの領地を授けるべきだと主張しているらしいですけど……賛同者って、どれくらい居ますか?」


 結果は分かりきっていて、わざわざ聞くことでもない気もするが、一応尋ねておく。

 返って来た答えは、予想通りのものであった。


「あり得ない、とイスペリア貴族達が激憤して拒絶してますわ。オクタヴィア宰相も、"それは流石に"と難色を示しておりますの」


「まあ、そうですよね」


 当たり前の答えが、当たり前に返って来た。


 自分たちの席が少なくなるだけでなく、そもそもが外国人に自国の領土を与えるのは不安でしかないだろう。特に、武力を伴っている集団には。


 宰相については、俺たちがメンドース将軍に取り込まれるのを嫌がった形か。

 まあ、らしいといえばらしい。


「俺達へのアピール、ってことなのでしょう」


「ええ、エレーヌさんもそう言っておりましたわ。周りが否決するのを前提に、"自らは諸君達の味方である"、と主張しているのだと」


 自分だけは味方である、という心象を刷り込むのにも一躍買ってそうな立ち居振る舞いだ。


 流石にこちらがそこまで単純とも思っていないだろうけれど、裏ではなく表の政治でそうすることに意味はある。


 要するに、決意表明のようなもの。

 自分はマリーナ騎士団の味方であるから、あまり無体なことをしてくれるなよ、と。


 イスペリア貴族達を牽制し、庇護役を買ってくれているのだ。

 どこまで本気なのか、悩ましいけれども。


 論功行賞で爵位領地はあげられないけど、多少の我儘なら通すために協力するよ、という宣言でもある。


「何を要求するか、俺たちのことを試している意味合いもありそうです」


「森に餌をばら撒いて、何に食い付くかを観察している。……熟練の狩人のようなやり方ですわね」


 そして次からは、その餌でマリーナ騎士団を釣るつもりなのかもしれない。


 本当に、油断がならない。

 宰相が可愛くみえるレベルなのが、本当に怖い。


 ……でも、だからこそ、多少の無茶は通してくれるだろう。

 少なくとも、今回の論功行賞の舞台においては。


 でなければ、メンドース将軍は恥を掻く。

 己の言に責任を持とうとしない、言葉を軽く扱う人物であると見られるがために。


 逆に言えば、是が非でもお礼をさせようとしてくるのだが。


「あの、クローデットさん。提案があるんですけど」


 だったら、と発想を転換する。

 どうせ避けられないものならば、こちらも利用するくらいの気概で行けば良いのだ。



「──反乱諸侯麾下に居た帯剣貴族、結構な数が捕虜になってましたよね?」



 恩を押し売りに来ているのなら、それを口実に──非売品に手を出してみては。

 ふと、そんなことを思ったのだ。


「……まさか、そういうことですの?」


「はい、そういうことです」


 俺の言いたいことを理解したクローデットさんは、マジで? と言わんばかりに目を丸くしていた。


 理由は分かる。俺の言うことに従えば、マリーナ騎士団に異物を混ぜようとしているのだから。


 団結にヒビが入り、将来的には団内で新たな派閥が形成され、志しを共にできなくなるかもしれないと、懸念したのだろう。


 その心配は尤もだし、十分にあり得ることだと思う。

 ……でも、このままではジリ貧なのだ。


 戦争をすれば、人は死ぬ。

 それを避けるには、剣を執らなければよい。


 しかし、現実はそうもいかない。


 居場所を維持し続けるためにも、これからもマリーナ騎士団は戦い続けなければならない。

 どう足掻いても、鉄と血に塗れる必要がある。


 どちらにしろ、いずれは変わる必要があるのだ。

 なら、より多くのガリティア人が生き残っている、早い段階で変わった方がいい。



「捕虜になっている諸侯側の帯剣貴族──イスペリア人を、マリーナ騎士団に迎え入れませんか?」



 もう、失敗などしない。

 そのための戦力を得るために、こんな提案をした。


 ハッキリと言葉にしたそれに、クローデットさんは直ぐには頷かなかった。

 けれど、否定もまた、しなかったのだった。






 ベルタ・デ・ロペは、イスペリアの帯剣貴族だ。

 諸侯側の大貴族の傘下にいて、数多くの戦場を転戦してきた。


 現在は、捕虜となって地下牢に繋がれている身の上である。


 初陣は14歳の時、現在は24歳。

 年若くても、ずっと戦争状態だったイスペリアで重ねてきた軍歴は長く、戦場では勇敢な戦いぶりと判断力が高く評価されていた。


 エーラ川の戦いでは諸侯側の騎馬隊を統括し、真っ先にイスペリア軍へ鋒を突き付けたのも彼女であった。


 敗走に際しても、他の諸侯軍が統制を失いバラバラに退却するのに対して、彼女の部隊は最も敵陣に切り込んでいたにも関わらず、統制を失わずに秩序を持って退却することに成功している。


 尤も、部下を逃した後は、自身は大人しく投降したのだが。


 クルアン教徒のイスペリア侵入からずっと、彼女は敗走を続けてきた。


 防衛戦で負け、反撃戦で負け。

 村で、街で、山で、川で、あらゆる所で負け続けた。

 彼女だけではなく、イスペリア軍全体が。


 その中でも、彼女の部下達は多く生き残った。

 激戦の最中でも、退く呼吸をベルタはよく弁えていたから。


 けど、だからこそ直に感じてしまったのだ。

 イスペリア半島全域に漂っていた、絶望と厭戦を。


 だから、抵抗を諦めた。

 主人に従い、クルアン教徒達に和を求めることを良しとした。


 戦い続けると強情を張るには、見てきた死体の山が多すぎて。とてもじゃないが、それでもとは言い続けられなかったから。


 この戦争の最初からこれまでを第一線で戦い続けている人物で、尚もそれが言えているのはメンドース他に、ほんのわずかな人物くらいなもの。


 ……疲れていたのだ、彼女も、皆も。


 だから、倦怠感に流されるままに、イスペリアという国を見限った。イスペリアは弱くて、いずれは滅ぶと確信してしまったが故に。


 僅かに残った山岳部を中心に、オクタヴィア・カルロスという能吏を従え、僅かながらに延命していたイスペリア王国。


 そのか細い命脈を、諸侯達は冷ややかに、又は痛ましく眺めていた。

 新しい才が芽生えても、手遅れだと確信して。




 ……だから、信じられなかった。


 未だに諦めないメンドースが、必死にボロ屋を補修し続けるオクタヴィアが。


 その執念が、僅かながらでも挽回する切っ掛けを産んだことが。


 燃え尽きた灰だと思っていたのに、その中から新たな息吹を感じられたことが。


 まさに奇跡だと、ベルタは感じた。

 負け続けて、諦めた自分を恥いりながら。



 ……ベルタは知らないことではあるが、本当のところは奇跡などではない。


 メンドースはイスペリア全土に情報網を巡らせ、勝てる時期を見計らった。


 オクタヴィアはなりふり構わず、商人を恫喝し、借金を抱えてでも多くの兵力を維持し続けた。


 そして今、イスペリア王国は、閉塞した現在を打ち破るための槌を偶然手にした。


 オクタヴィアも、メンドースも、女王たるイザベラも、イスペリアを動かす彼女達皆がその可能性を感じ取り、時が来たと確信できたのだ。


 勝つべくして勝った、奇跡などではない。

 それを知るべき時が、ベルタにも訪れた。


 石の階段を降る足跡がする。

 彼女の牢へ、複数人の誰かが近付いて来ているのだ。


 そうして訪れたのは、華のある令嬢と隠者の様にフードを被った二人組。


 彼女達は薄暗い牢を、ランタンを片手に徘徊し……丁度、ベルタの牢の前で足を止めた。


「お初にお目に掛かりますわ、ロペ将軍。ワタクシはクローデット・ジラール、マリーナ騎士団団長を務めている者ですの」


 そうして令嬢、クローデットは場違いに思える程に流麗な礼を取り、ベルタに敬意を表した。


「……あぁ、例の傭兵団の」


「ふふ、騎士団でしてよ?」


 その勇名は、ベルタも聞き及んでいた。

 丸太を片手で振り翳し、城門共々兵の頭を粉砕する化け物みたいな奴らがいる、と。


 実際に戦場でまみえることは無かったが、その力の一片は垣間見た。

 アマルが敗走する姿は確認したから。


 あの戦才がある無機質な異教徒相手に、それを成し得るのは並の人物ではない。

 恐らく、噂のガリティア人達だろう。

 

 それを理解して、ベルタは成程と納得した。

 目の前の令嬢は、その所作からして華がある。

 只者ではないと、素直に信じることができた。


「その団長殿が、しがない捕虜にどの様な用向きかな?」


 話を促すと、クローデットは一つ頷いて。


「──あなたを筆頭に、捕虜になった諸侯側の帯剣貴族をスカウトしに参りましたの」


 ほぅ、と一つベルタから声が漏れた。

 てっきり、叛逆者の身の上として、公開処刑に処され、民の溜飲を下げる道具にでもされると思っていたから。


 予想外の展開で、些かの面白さが込み上げて。


「一応聞いておくが、断ったらどうなる?」


 無駄口を叩いたベルタに、クローデットはニッコリと微笑んで。


「困りますわ」


「……困る?」


 またしても予想外の答えを前にして、ベルタは不可思議さを覚えた。


 普通、こういう時は"殺す"とか"そんな自由はない"と返ってくるのが相場であるから。


「とーっても、困りますわ!」


 なのに、クローデットはゴリ押しの如く、困るとしか言わない。


 何だこいつは、という困惑がベルタの中で沸々と湧いてくる。

 そこで、隣に居た隠者が、ようやく口を開いた。


「マリーナ騎士団は、今回の論功行賞であなた方の存在を貰い受けました」


 その言葉を聞いた時、普段のベルタなら"成程、戦奴ということか"と了解したであろう。


 しかし、今回に限っては、一瞬脳が停止した。

 目の前の隠者が、女性ではなく男性であると気がついたから。


 意識が、そちらの方へと傾いてしまったのだ。


「あなた方の自由は、マリーナ騎士団のものです。拒否する自由だって、認められません。……ですが」


 ランタンの炎が揺らめいて、フード越しの顔が少しだけ垣間見える。


 年若い、少年の相貌。

 その口元が、一方的な言い分を、誠実さを伴って告げた。


「三年、です。三年間マリーナ騎士団に所属し命令に服従すれば、どんなことがあってもあなた方を解放します」


 彼、ジルベールが、困りますを連呼するクローデットに代わり提示したのは、三年という期間であった。


 数年だけ戦奴として働けば、戦果に関係なく自由を回復させてくれる。

 その言い分に、ベルタは首を傾げた。


「……なぜ、三年なんだ」


 期限を設ける意味が分からない。

 奴隷の耐用年数を考えても、三年はあまりに短いと思えた。


 ベルタの疑問に、ジルベールは隠すこともなく答えた。


「マリーナ騎士団が、イスペリアで大過なく過ごせる様になるまでの時間です」


 明瞭な回答を前にして、ベルタも得心がいった。

 ガリティア人達も、自分の居場所を確保するために必死なのだと。


「虜囚の我々と、余所者の貴殿達。生き残るために、手を組もうということか?」


 その言葉に、ジルベールはハッキリと頷いた。


「互いに利用し合いましょう、今のイスペリアを生きるために」


 率直すぎる、オブラートに包まない生々しい言葉。

 だからこそ、非常にわかりやすくてやりやすい。


 それくらいの素直さが、今のベルタには有り難かった。


 それに、ふと思ったのだ。

 これは、諦観していた自身に与えられた、最後のチャンスなのかもしれない、と。


 祖国を見捨てた自分が行える、贖罪の機会。

 ずっと、胸の奥底で蠢いていた、罪悪感とやるせなさ。


 それらを払えるかもしれないと、己の都合ながら思えた瞬間──ベルタの胸中に、僅かながらの炎が灯った。


「そういうことならば、服従しよう。この通り、髪は白髪に塗れておいぼれの様相を呈してはいるが、それなりに役には立つつもりだ。どうかよろしく頼む」


 もしくは、死に場所を探す旅路になるかもしれない。

 そう思いながら、ベルタは笑みを浮かべた。


 心地良く笑えたのはいつぶりだろうと、そんなことを思いながら。






 現在クルアン教支配下にある、イスペリア王都マルドルの大聖堂にて。


 先のエーラ川の戦いの報告を、クルアン教徒側の総司令官であるファイカ・ビント・ハミダは受けていた。

 目の前の、いつも以上に無表情な己の孫から。


「それにしても、ド派手に負けた様だね。メンドースは、手強かったかい?」


 ファイカの容赦ない言葉に、孫の方……アマルは少しだけ宙を見て。


「……メンドースは、強い、と思う。婆が仕留め損なったから、経験が豊富」


「あっはっは、言うじゃないかい、クソガキ」


 軽口を叩きながら、コミュニケーションを取る二人。

 いつものことである、遠慮がないと言える。


 けど、アマルの言葉は断言では無かった。

 自らが直接メンドースと対峙する機会がなかったが故の、結果を見ての言葉であったからだ。


「……メンドースについては、婆の方が、詳しい。それより、報告したいこと、ある」


「いの一番に報告してきた、カリフの親衛隊みたいな連中がいたとかいうやつかい?」


「……そう」


 アマルがメンドースと直接対峙できなかった理由。

 それは横槍を入れられ、イスペリア軍本隊への切り込みが失敗したから。


 その阻止攻撃を仕掛けてきたのが、カリフの親衛隊に似ている、と形容された部隊……マリーナ騎士団であった。


「今回の失敗は、そいつらを計算に入れていなかったから、と?」


「……負け惜しみ、だけど」


 奇襲に備えられても、並の相手なら悠々突破できる自信がアマルにはあった。


 だが、よりにもよって敵にあんなのがいるとは予想がつかない、まさに蒼天の霹靂と言えよう。


「まあ、敵の切り札を覗き見れただけでも、十分な戦果さね。お前は生きているんだ、次勝ちゃ良いのさ」


「…………ん」


 いつもよりも重鈍な返事、切れ味のない声音に、こりゃ大負けしてヘコんでるかね、とファイカは当たりをつけて、それ以上は絡むことなく、アマルに休めと伝えた。


 三日経っても元に戻らなかったら、適当にしばいて元気付けようと、初老の知恵にしてはあまりに荒っぽいことを考えながら。




 そんなファイカの適当な心配を他所に、当てがわれた部屋へ戻ったアマルは、ベッドに寝転んで目を閉じた。


 すると、瞼の裏に浮かんでくる。

 あの戦いで、尤も印象深く感じてしまった場面が。


 ……泣いていた、男の子が。

 ポツポツ、ポツポツと、場違いにも程がある涙を流していた。


 恐怖からでも、悔しさからでもない。

 あの時、男の子の顔に浮かんでいたものは……申し訳なさ。


 まるで、出征する妻が心配で、間違って戦場にでも着いてきてしまった夫みたいな、そんな風情。


 ……馬鹿げている、馬鹿にしている。

 言葉にできない憤懣が、アマルの胸内で渦巻く。


 あの男の子に憤っているのか、男の子を戦場まで連れてきた奴に憤っているのか。


 ──それとも、男の子を前にして躊躇した自分に激怒しているのか。


 何に怒っているのか分からないままに、アマルはベッドで蠢いた。

 身を捩りながら、全部を頭の中から消そうとする。


 でも、出来ない。

 瞼の裏にこびりついた男の子が、剥がれてくれない。


 戦場であったはずなのに、あの瞬間だけは意識が宙に剥離した。

 戦士でない自分を、垣間見せてしまった。


「……あの子とは、もう、出会わない」


 だから、おまじないの様に呟く。


 もう出てくるなと、ハッキリ告げた。

 戦場を思い知ったはずのあの子は、もう出てくる筈がない。


 その筈、そうでなければならない。

 だから、自分は二度とあの子と会うこともない、はず。



 でも、もしそうならなかったら?

 また、出会ってしまった時は、どうする?



「……バカ、みたい」


 そんな過程を浮かべた自分に呆れて、アマルはゴロンゴロンとベッドで悶えた。脳裏に棲みついている男の子を、必死に追い出すために。



 けど、結局考えてしまい、溜息混じりに結論を出した。


 もし、また出会ってしまったのなら……。

 ──その時は、言ってしまった通りに、酷いこと、するの?


 酷いこととは何か、アマル自身がよく分かっていない。ただ、ふわりとそんな疑問が過っただけであった。

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