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第9話 逡巡

 冬が来た、北風が吹き荒び、雪がしんしんと積もる冬が。


 本来、イスペリアは雪が降らない風土ではある。

 だが、今年に限っては異常気象で太陽が雲に隠れている。


 そのせいか気温が低下して、浅くではあるが雪が積もったのだ。


 だからなのか、村は少し静かだった。



『我々マジつえーのでは? 王家に叛逆した大公を、宙吊りにさせられるのでは!?』


『ドグサレチ◯ポ大公に死を!』



 クルアン教徒を撃退後、テンションがぶち上がった一部の令嬢方がそう息巻いている時期もあったが、寒さを前に一人ずつ口を閉ざしていった。


 そうして、"やった、一人部屋!"と喜んでいた令嬢達は、皆が例外なく大部屋での雑魚寝に戻った。


 部屋で一人で過ごすには、あまりに寒い冬だから。


 ただ、"一緒の部屋で寝たいです、仲間に入れてください"などとは、口が裂けても言えない俺に関しては……。


「ご機嫌ようですわ、ジルベールさん! ……着込みすぎて、雪だるまみたいな格好になっておりますわね?」


「お陰様で、ギリギリ耐えられてます」


 一目で、着膨れしている有様を晒していた。

 格好良くないどころかダサいが、そんなこと言ってられないくらいに寒いのだから仕方ない。


 暖炉の数は限られていて、薪だって無限ではないのだから。


 クローデットさんも令嬢方も羊毛のセーターを羽織り、まるで羊の群れみたいになっている。


 寒さのお陰で敵は来ないけど、この寒さ自体が実質的な敵みたいなものだった。


 どうやっても倒せない、最悪な類の敵。

 冬将軍を相手に震える事しかできない、そんな時勢でのこと。


 北風と共に、一つの転機が訪れた。

 ──イスペリア王国から、一通の手紙が届いたのだ。




「イスペリア王国から同盟の提案、ですか?」


 どんぐりを炙っている最中に、クローデットさんに呼び出しを受けた。そうして伝えられたのは、割ととんでもない話であったのだ。


「ですわ、これを」


 差し出された書簡を読むと、そこには確かに文字通りにそう書いてある。


 冬前にあった敵との戦い、その勇戦を褒め称えると共にイスペリア王国の窮状を訴え、共に手を携えて行きたい旨が認められている。


 ついては、イスペリア王国の遷都先であるカルロス地方で、同盟締結の儀を行いたいとの提案であった。


 手紙に添えられている押印は、間違いなくイスペリア王家のもの。

 思わず、クローデットさんと顔を見合わせた。


 イスペリア側は、亡命ガリティア貴族に興味を示している。無関心ではなかったことは、喜ばしいことなのだが……。


「……監視、されてたんですね」


「援軍、出していただけませんでしたわね」


 素直に喜ぶには、不安要素が多すぎて。

 監視されていたこと、増援を送ってもらえなかったこと、村に支援もしてもらえていないこと。


 諸々を考えると、素直に飛びつくのに躊躇してしまったのだ。


 故に、慎重にならざるを得ない。

 かと言って、無視できないから困っているとも言えるのだが。


「どう、しましょうか?」


 クローデットさんは、困り眉になっていた。

 軍事や治世に関する知識は深いけれど、外交に関して経験が無いからだろう。


 そして俺も、そう言った経験には乏しい。

 ばぁやから一応は手解きを受けたけど、殆どは軍中占い師のことばかりで、この類のことは主に置いてなかった。


「まあ、土地を貸してもらっている以上、無視はできませんよね……」


「それは……そう、ですね」


 二人揃って、ため息を吐いた。

 俺たち、イスペリアの首輪付きですと自覚して。


 逆らうなら出て行ってくれ、そう言われればみんな揃って凍死するしかなくなるから。


「……クローデットさん、ちょっと良いですか?」


「何でしょう、ジルベールさん」


 どうにも、俺たちだけでは思考が行き詰る。このまま二人でウンウン唸っても、多分良案が出そうにない。必要な発想や考え方が揃ってないから。


 その発想を俺たちが持つためには、経験を積んでいくしかない。目の前の問題を解決するには、今の俺とクローデットさんは足りてないものが多すぎた。


 だから、解決のための糸口を提案することにした。


 どことなく、クローデットさんが話題にすることを避けているのには気がついてるけど、このままではどうしようだってないのだから、と。


「法服貴族の人たちを頼りませんか?」


 なので、外交に経験を持っている人達を頼ろうと提案した。数少ない、この村で文を司れる人たちを。


 けど、提案を聞いた途端、クローデットさんは眉を困らせた。


 渋い柿を丸齧りしてしまった時のような、それを我慢しているような絶妙な表情加減であった。




 さて、貴族にも様々な種類がある。


 一番に思い浮かべるのは、領地持ちの諸侯だろう。

 王に代わり土地を守護する役割を背負った、封建制度の申し子たち。


 だが、その他にも貴族は存在するのだ。


 例えば、俺の家であるネイ家。

 様々な武功を立てた曽お婆様が、特別に王家から爵位を賜った家。


 所謂、帯剣貴族と呼ばれる、領地を持たない貴族。

 ただ、領地が無い代わりに、近衛だの要衝の司令官などの役職に任ぜられる。


 武力の面で、王家の手足となって動く存在。

 質の良い兵を囲っておきたかった、そんな王家の思惑もあったのだろう制度から生まれた貴族だ。


 数が足りず、方々に司令官として派遣されているから、この村みたいに一箇所集中で運用するとかは出来なかったみたいだが。


 因みに、この村の貴族子女の六割くらいは、この帯剣貴族だったりする。


 女王と一心同体の身の上だったため、彼女たちの母親の多くは大公と戦い、亡くなったのである。

 俺のお母様と、同じように……。


 そして、王家が手足として欲しているのは、武力だけではなかった。政治、外交面でも、国を治めるための手足を欲していたのだ。


 そうして生まれたのが、帯剣貴族と対となる存在──法服貴族。

 帯剣貴族同様、領地は持たない貴族である。


 ただ、この法服貴族……領地持ちの貴族とは相性が悪い。


 何故かといえば……法服貴族は、国を動かせる宰相や大臣に付けられることが比較的多かったためだ。


 簡単に言えば、領主視点から見ると、法服貴族は拒否し難い類の内政干渉してくる奴ら、と見えて仕方ないらしい。


 まあ、流石にこれは、一面だけを見た穿った物の見方ではあるけど。


 何にしろ法服貴族は、居なければ困るが居られると鬱陶しいという、口うるさい教育ママみたいな存在として認識されていることは確かであった。


 けど、会わないという選択肢を選べる程の見識も、幼さも俺たちは持ち合わせていなかったのだ。






 その部屋の中には、紅茶色の髪をした女の子が立っていた。


 彼女が振り返ると、綺麗に揃えられているショートボブが揺れて、小柄な体躯はどこか中性的。彼女も例によって、羊毛でモコモコだった。

 

 そしてその顔は──驚いてるような、それでいて息を呑んでいるかのような表情を浮かべて。


「クローデットさん、こっちに来るなんて珍しいね。それにそっちは……」


「えと、初めまして。ジルベール・ネイです」


「うん、知ってるよ。この村で君のことを知らない人は居ない。クローデットさんの軍中占い師さんとしてね」


 苦笑まじりに言われて、そんなことを言った。

 少し赤面する、改めて言われると気恥ずかしい。


 俺が唯一の男だということを除いても、この前の戦いの時にみんなの前で、その……恥ずかしい演説未満の妄言を口走ってたことを思い出すから。


「そ、そっか、何か恥ずかしいな……」


「恥じいることは何もないよ。あの時の君は立派だったし、己の責務もちゃんと果たしていた。……少なくとも、何もしなかったボクよりね」


 半ば自嘲まじりの言葉に、思わず反応する……前に、あっ、と思った。


「……ボク?」


「ん? あー、幼い頃からの癖でね」


 一人称が珍しかったので、つい惹きつけられてしまったのだ。ボクっ子をこの世界に来て初めて見た、というのもあったりする。


 ……別にやましい気持ちとかじゃなくて、純粋に気になっただけなんだけどね?


「最初に気にするところ、そこなんだね」


「なんかごめんなさい」


「ううん、良い感じに力が抜けたし気にしないで」


 けど、何の怪我の功名だろうか。

 謎の気まずさみたいなのが霧消して、代わりに隔たっていた奇妙な距離感が少し縮まった気がした。


「ボクはよく見かけていたけど、キミにとっては初めましてだよね。──エレーヌ・リオン、よろしくね」


 彼女、エレーヌさんは手を差し出してくれた。

 応えるように握ると、ほんのりと互いに笑顔が浮かんだ。



 クローデットさんが、嫌がってる? というか、気まずさを感じている相手には、とても見えない。


 もしかしなくても、何か事情がある二人なのかもしれなかった。

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