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間話2 お馬さん


 戦いは無事、クローデットさん達貴族令嬢方の切り込みやメイド隊の必死の防戦もあって勝利することができた。


 というか、令嬢方が想像の100倍強かった。

 不意をついたとはいえ、あそこまで一方的になるのは予想外も良いところだ(正直、結構ビビってた)。


 ばぁやから、貴族の令嬢方は卓越した戦闘能力を持っていると聞いていたけど、百聞は一見にしかずとは正にこのことだ。


 ……けど、みんなの強さへの困惑より、無事に帰ってきてくれた。その事実こそが重要で、心底から安堵できた。


 俺の立てた作戦で、誰かがいなくなるかもしれない。そう思うと、震えが止まらなかったから。


 戦場に関わり、誰かの命を背負い責任を負うということ。

 その重みを実感して、改めて思った。


 ──クローデットさん一人にだけ、こんな重圧を背負わせ続けるのは酷だって。


 あの人は優しい、それでいて強い。

 きっと、一人で全てを背負い切れるほどに。


 責任が何だとか言い出しても、全ては決定者である自分の責任だからと言い切るだろう。


 けど、耐えられるのだとしても、辛いものは辛い。

 クローデットさんは、他人を想える人だから。


 彼女の優しさが、思い遣りのある心が、見えないところで心を切り裂く。

 それは……きっと、孤独だ。


 自分の内で抱え込むしかできない、上に立つ者はそうしなければ示しがつかない。だから頑張るだろうし、頑張りきれてしまう。


 そんな人だから、助けたいって思った。全部背負うと俺が潰れてしまうけど、その荷の幾つかは肩代わりできたらと思う。


 ある意味で、俺はクローデットさんの共犯者になりたいのかもしれなかった。




 そんな自覚を得た戦いの後、俺は戦闘の後処理に追われていた。


 当然である、戦闘に勝ったからといって自動的に全てが元に戻るわけがない。料理と一緒で、調理後には後片付けが必須なのである。


 泥まみれにした建物の清掃、所々で延焼した柵の建て替え、その他にも諸々やることはいっぱいあった。


 だが、それは大した問題じゃない。

 どれも、冬が訪れる前にはどうにかなる。


 目下、俺が悩んでる問題は──馬であった。



 それは、先の戦闘でのことだ。


 クローデットさんは機転を利かせ、敵に武器を捨てるならば追撃はしないと布告した。敵の恐慌状態に付け入り、村に足りていない物資を鹵獲しようとしたのだ。


 この目論見は成功し、敵は戦意と共に武器を投げ捨て、遁走するに至った。クローデットさん、流石である。


 ただ、投げ捨てられたのは武器だけではなかった。一部の敵は、馬すら見捨てて四方に散らばりながら逃走したのだ。


 結果、俺たちは武器と共に馬も引っ捕まえることに成功した、何と200頭近くである。

 まさかの大戦果に、村は湧き上がった。


 令嬢方は目を輝かせながら、我先にと馬に殺到した。どの馬を自分の愛馬にするのか、なんてちょっとしたいざこざも起きるくらいの勢いで。



「おどきなさい、私のお馬さんでしてよ!」


「何言ってるの、この子はうちの子だよ!」


「私の体格と比較してモノを言ってくださる? 背の高い方が、大柄の馬を選ぶ所有権がありますでしょ!」


「……じゃあ、小柄なジルくんは、私とお似合いってこと?」


「それとこれとは話が別でしょう。大きな女性の包容力で、護ってあげるべきですわ」


「詭弁じゃんっ!」


「ふふ、大きくて申し訳ありませんわね?」


「っ、背の高さくらいで威張り散らかして! そんなに大きいのが良いなら、ジルくんのじゃなくてお馬さんので破瓜すれば良いじゃん! お似合いだよ!!」


「ぬぅわんですってーーっ!!」



 あまりにくだらない理由で、決闘が始まりかねない雰囲気が発生すらしていた。


 ……あと、誰だよ俺を引き合いに出したやつ。お似合いも何も、好きにならないとお付き合いなんて出来るわけないだろ。



「一時中断、全てはワタクシが預かりますわーーっ!!!」



 ということで、一時クローデットさんが全ての馬を預かることになったのだ。


 幾らかブーイングが飛んでいたが、クローデットさんは笑顔で中指を立てて応戦していた。無敵か?



 そういう訳で、この馬の配分をどうするか。

 それが俺の目下の課題……という訳ではない。


 そっちはクローデットさんが、諸々を勘案してやってくれるだろうから。


 俺が直面しているのは、この馬をどう管理するのかという問題に他ならなかった。


 馬の管理なんて、やったことないし分からない。

 ……まあつまりは、馬の専門家を探すというタスクが発生したのだった。




 けど、探し始めてすぐのこと。

 問題は思っていたよりもあっさり解決した。


 居たのだ、馬を扱える人が村の中に。



「お話聞いたよ、ジルお兄さん! お馬さんのことなら、サラに任せて! お馬さんのご飯から子作りまで、全部サラがやったげるね!」



 ただ、想定してた人物像よりも小さかった。

 背の低めな俺よりも小柄で年下の女の子が、目の前に立っていた。


 にぱーっ、と笑みを浮かべている、セミロングのクリーム色の髪をサイドポニーに結んでいる少女。


 他の令嬢と違い、動き易い麻の服に短パンを着用している。一目、快活な子だと印象を受けたが、様子を見るに間違ってはなさそうだ。


「えっと、サラ・ノルマンさんだよね。ガリティア最大の馬産地出身の」


「そだよ、気軽にサラって呼んでね!」


 彼女が動く度、フリフリと揺れるサイドポニーが馬の尻尾みたいで、つい視線が引きつけられそうになる。


 服装は地味なのに、存在感がある子だった。


「知ってるみたいだけど、ジルベール・ネイだよ。よろしくね」


「うん、よろしくお願いしますなんだよ!」


 手を差し出すと、直ぐに握り返してくれる。


 ただ、どうしてかサラさん……年下だし、サラでいっか。サラは握手を終えてから、マジマジと自分の手を見つめていた。

 まるで、そこに何かあったかのように。


 な、何だろう……手、ちゃんと毎日洗ってるんだけど。


「ごめん、何かあった?」


 もし汚かったとか言われたら、ショックで卒倒するだろうな。そんなことを考えながら、恐る恐るどうしたのか尋ねてみた。


 するとサラは、不思議そうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべて。


「ううん、違うの。……おとーさんの手、みたいだね、って思っちゃっただけだよ?」


 そんなことを、漏らしたのだった。


「お父さん?」


「……いつもね、一緒にお馬さんの世話をしてたの、おかーさんが無事に帰って来れる様にって。それでね、お世話が終わったらサラの頭をね、よく出来たねって撫でてくれたんだ」


 懐かしむ様に語りながら、暗い顔で先ほど握手した手をさするサラ。


 その様子は、どこか迷子を連想させて。

 放っておけないと、そう思ってしまったのだ。


「そっか、だからサラは馬の世話が出来るんだね」


「うん、全部おとーさんが教えてくれたの。だからね、それでお役に立ちたいなって。……そしたら、おとーさんも褒めてくれるって思ったんだよ」


 そして、境遇が何処か俺自身にも重なった。


 ばぁやの教えで俺が役立とうとした様に、サラは自分のお父さんから受けた教えで自立しようとしている。


 自分が役立てるものを見つけられて、半ば使命感にも似た気持ちを抱いたことだろう。大切な人に教えてもらったことでなら、特に。


「サラね、ちっちゃいから戦うこともできなくてね。だから、ジルお兄さんが戦いの前に言ってたこと、聞いたら胸がギュッてなったんだ」


 サラは胸に手を添えた、そこから何かを探り出すみたいにして。


「自分には出来ることはすくないけど、それでも役に立ちたいんだって。……サラも何かしたいって、ずっと悲しんでばっかりじゃいられないって、あの時思っちゃったのです」


 そうして取り出したのは、俺の言葉。

 俺がクローデットさんの一言に救われた様に、この子も俺の言葉で何かを感じてくれていたのだ。


 それを理解して、胸が熱くなった。

 ……いや、温かくなったと言うのが正しいか。


 俺でも誰かの支えになれてたという事実が、胸の何処かに染み渡って。


「だからね、どうかサラを役立ててください、お願いします!」


 健気に頭を下げる姿を見て、俺の中の何かが決壊した。


 何かとは何か?

 ──ずばり、父性である。


「なあサラ……頭、撫でて良いか?」


「ふぇ、何で?」


「サラが良い子すぎて、褒めてあげたくなったんだ」


 急なことすぎて、何を言ってるんだ案件だったかもしれない。


 ただ、サラは目を潤ませながら、おずおずと頭を差し出してくれた。多分、お父さんがいない寂しさ自体は拭えてなかったのだろう。


 その頭を、俺は丁寧に撫でた。


 ここまで逃げて来れたことに対する労いと、これからの前途に、期待という願いを込めて。


「……ジルおにーさん、おにーちゃんみたいだね」


 ボソリとサラが呟いた一言は、俺の脳の奥まで届いた。


 おにーちゃん!

 何と甘美な響きだろう!


「お兄ちゃんって呼んで良いよ」


 半ば反射的におかしなことを口走ると、大人しく頭を撫でられていたサラはキョトンとして。


「……おにーちゃん?」


 コテンと首を傾げて、魔法の言葉"おにーちゃん"を詠唱したサラ。


 この子が馬達の管理責任者兼、俺の妹になった瞬間であった。




「そういう訳でサラ、ご挨拶して」


「うん! こんにちはです、クローデットおねーさん! お馬さん達のお世話係兼おにーちゃんの妹になったサラ・ノルマンです、よろしくお願いします!!」


「ですわ!?」


「早速だけど、お馬さんのお家を建てたいです! あとね、みんなに当番制でお馬さんのお世話係をしてもらいたいの! 私一人だと人手が足りないから! クローデットおねーさん、どうかよろしくお願いします!!」


 簡潔に要件を伝え、深々と頭を下げるサラ。

 "うん、完璧"と後方お兄ちゃん面をしながら、成り行きを見守る。


 すると、どうしてかクローデットさんが、俯いてワナワナと震え始めた。

 サラの完璧具合に感動してるのだろうか?


 そんなことを考えた瞬間、クローデットさんはクワっと顔を上げて。



「い、一体全体、どーいうことですの!!!」



 魂からの困惑を、そのまま口に出していた。

 俺たちは思わず顔を見合わせてから、これが正解なんだとクローデットさんへと伝えた。


「え、えとね、冬って寒くてお馬さんも凍えちゃうから──」


「それに150頭以上の馬の世話は、やっぱり一人じゃできないので、当番制は妥当だと思いま──」


「そっちではありません! サラさん、あなたはジルベールさんの妹御なのですの!?」


 俺たちの言葉を途中で遮り、クローデットさんは机に手をつきながら立ち上がった。その勢いに飲まれそうになるも、いやいやいやと被りを振る。


 確かにクローデットさんからしたら意味が分からないだろうが、サラが俺の妹(精神的な意味で)なのは天地が逆転しても変わらない事実だから。


「──魂の兄妹です」


「そーゆーことらしいです!」


 ハッキリとさせるための宣言に、クローデットさんは目をグルグルと回し始めて。


「本っ当ーに、どういうことですのーーーっ!!!」


 もう一度、困惑の悲鳴を上げたのであった。



 因みにだけど、厩舎の設立と馬当番の導入はすぐに認めてもらえた。


 流石はクローデットさん、認めるべきところは認めてくれる。間違いなく、賢主の器がある人だった。




 ただ、やっぱり面白い人でもあって。




「おはようございます、クローデットさん」


「お、おは、おははようございますですわ──お、お兄様っ!」


 なぜか翌日、唐突に俺のことをお兄様って呼んできたのだ。


「……お兄、様?」


 一体どうしてしまったのだろう、心配である。

 やはり責任が重すぎて、どうかしてしまったのだろうか?


「わ、ワタクシ達も魂で繋がっている同志ですもの! ならば、ワタクシもジルベールさんをお兄様とお呼びして然るべきなのですわ!!」


 顔を真っ赤にし、羞恥を覚えている様が伝わってくる。

 どうやら、至って正気ではあるみたいだ。


 ただ、どこかむくれている雰囲気があって……。


「クローデットさん……?」


「な、なんですの、お、お兄、様!」


 言い慣れない様子で俺のことをお兄様と呼ぶ彼女に、もしかして、と思ったのだ。


 もしかしてクローデットさん……妬いてくれてるのかな、と。


 俺にも覚えがあった、あれは前世のことだ。


 自分が一番仲が良いと思っていた友人が、実は相手にとってはそうでも無かったと分かった時に、似た様な状況になったことがある。


 何とか友人の気を引こうとして、いつもと違ったことや変わったことなどを口にしたりしていた。


 あの時の俺に、今のクローデットさんは似ていて……。


「クローデットさん、大丈夫ですよ」


「……ですわ?」


 それに気がついた途端、とても微笑ましさが胸に溢れた。


 みんなの柱石であるクローデットさんでも、そんなことになってしまうんだってこと。それから……俺相手に、そんな気持ちを抱いてくれたことに。


 どうやら、共犯者だなんだと恥ずかしいことを考えていたのは俺だけじゃなくて、ホッとしたというのもある。


 だから、安心して欲しくて。


「──俺、クローデットさんが一番ですから!」


 俺もクローデットさんを相方だって思ってるし、あなたの杖でありたいんだという気持ちを込めて、一番ですと口にした。臭い台詞ではあるし、照れも混じるけど本音でもあるから。


 全身がむず痒くなりそうなのを我慢しながら、クローデットさんの反応を伺うと……。


 ──顔を熱らせたまま、泡を吹き白目を剥いている淑女の姿がそこにあった。


「で、ですわ〜……」


「クローデットさん!?」


 慌てて駆け寄り揺さぶると、"ですわ〜"と呻きながら虚ろに宙を眺めている。意識が戻ったのは、10分後のことであった。




 ……うん、クローデットさんは強いし凄い人だけど、やっぱり完璧ではない。


 最初に感じた綺麗って印象と、後に感じた面白いって感触が入り混ざって、俺の中のクローデットさん像を形作っている。


 そんな人だから、助けたいって心から思えるんだ。目を回しているクローデットさんを揺さぶりながら、そう感じたのであった。


明日から、1日1話の投稿となります。

投稿予定時刻は、12時10分です。

これからも、どうかよろしくお願いします。

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