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第10話 推測

 握手を終えてから、エレーヌさんがポツリと呟いた。


「誠実な人の手だね」


 サワサワと、握手した手を摩りながら呟いた彼女の一言に、今度は俺が苦笑する。


 手を繋いだだけでそんな事は分かるはずもないし、多分のリップサービスが含まれているのは明らかだったから。


 でも、どうしてかクローデットさんが、エレーヌさんの言葉にしたり顔で頷いていた。


「流石は、次期ガリティア外交部の未来を担うと俊英で鳴らしていたエレーヌさん。その通り、ジルベールさんの手は誠実で真心があり、何より温かいのですわ!」


 急に様子がおかしくなったクローデットさんにきょとんとするが、エレーヌさんはクスリと笑いながら、大丈夫だよと告げた。


「うん、ボクよりもキミの方が、ジルベールくんの良さを分かってる。それは彼も承知しているよ」


 そう告げられた途端、クローデットさんの顔は急速に真っ赤になって。


「なっ、ちちち、違いますわ! エレーヌさん、ワタクシはその様なさもしい主張をしたのではないですわよ!?」


「ふふ、分かってるよ」


「絶対に分かっておられませんわ〜っ!」


 目をグルグルさせているクローデットさんに、エレーヌさんはやっぱり楽しそうに微笑して。


「やっぱり、クローデットさんは楽しい人だね」


 その呟きに、今度は俺の方が大きく頷いたのだった。






 期せずしもアイスブレイクに成功した後、俺たちは早速議題を話し始めた。


「成程、少し面倒な招待状だね」


 届いた手紙を読んでもらい、第一感での感想がそれであった。


「やはり、土地を借りている関連上、素直に招集に応じるべきなのでしょうか?」


 クローデットさんの問い掛けに、エレーヌさんは難しい顔をしながらちょっと待ってと言って。


 もう一度、何も書かれていない手紙の裏側まで確認し、匂いまで確かめていた。そうして、一通り手紙を検分した後に、もう一度内容を読み返してから。


「……行く行かないじゃなくて、行ってどうするかを論点にするべき手紙だと思う」


 俺たちも薄ら感じていた事実を、端的に口にしたのだった。


「やっぱり、そうなんですね……」


「うん、行っても面倒くさいけど、行かないと処される類の手紙だね」


「そこまでのレベルなのですの!?」


 目を剥くクローデットさんに、エレーヌさんは言を撤回せずに頷いて。


「幾つかポイントがあるんだけど、聞きたい?」


 その言葉に、俺たちは一も二もなく頷いたのだった。




「まず一つ目、二人とも分かっているとは思うけど、この村は監視されている。手紙に堂々と書かれているし、むしろ弁えておきなさいとイスペリア側が通達してきている事案でもあるね」


 提示された一つ目の事柄から、ため息が出そうになった。分かっていることではあるけど、住処を奪われたら俺達は干上がる。


 生殺与奪は、向こうが握っていると自覚して。


「第二に、今が冬場であること。冬は敵が来ない、つまりは村を空けやすい時期を指定してきている。これは配慮でもあり、同時に圧力でもあるってこと」


 成程、言われて納得する。

 そして、今度は我慢できずに溜息が出た。


 つまりは、絶対に来れる状況を指定したから、来ないことは即ち儀礼に悖る無礼そのものに当たるのだ。


 これを無視すると、今度は招待状ではなく立ち退き要求書が届くのだろう。"そんなにイスペリアと関わりたくないのなら、出ていってくれても構わないんだよ"って類いの。


 ……既に、この時点で行かないという選択肢は無くなった。


 けど、エレーヌさんは最後にもう一つ、と手紙の一部──イスペリア王家の押印、朱色の鷹を指差して付け加えたのだ。


「もしかしたら、これが何より無視できない要素になりうるんだけどね……この押印は、本来ならば別の印が押されていて然るべき部分なんだよ」


「無いはずの押印? 一体どういうことですの?」


 イスペリア王家は滅びていない、だから押印はあっても不思議ではない。なのに、それがおかしいってどういうことなのだろうか。


 困惑している俺たちに、エレーヌさんは一つずつ説明を始めてくれた。


「まず前提として、イスペリア王国先代女王のマグダレナ様は一年前に逝去されて、現在は11歳のイザベラ様が王座に座られていること。これは良いかな?」


「確か、領内を慰撫しに巡行している最中に、でしたよね?」


「その通り、ここ十年で溜まりに溜まった心労が重なった結果、とも言われている」


 確認を取るとエレーヌさんは肯定し、そのまま話を続けた。


「ここでポイントなのは、現在のイスペリアの国政は、宰相のオクタヴィア・カルロス氏が摂政として代行しているってこと」


「つまりは、どういうことですの?」


「オクタヴィア氏は普段の外交文書は王家のものではなく、自分の押印を使用している。けど、この手紙の押印は間違いなくイスペリア王家の紋章である鷹なんだ。──この意味、分かる?」


 言われて、背筋が騒ついた。

 観測気球だと思っていた手紙が、一分の冗談も混じっていない本気のものだと気がついて。


 もし、仮に無視していたら……。


 想像して、ゾッとした。

 予想よりも、危うい分岐の上に立っていたことを自覚して。


 心臓のバクつきが、無言の中でハッキリと感じられた。クローデットさんの占い師……軍師として、まだまだ自分は未熟だったと思い知る。


 恥じいる気持ちが、自責の念に変わろうとして。



「──つ、つまりは女王であるイザベラ様からの密書ということですの!?」



 けど、それが心を覆う前に、あまりにもトンチキな発言が飛び出して、意識が内から外へと向いた。


 発言者は勿論クローデットさん、エレーヌさんが持っている手紙をプルプルする手で指差していて。


「ワタクシ達に救国の騎士となるべく、嘆願の手紙を手配してくださった訳なのですわね!」


「クローデットさん、急にどうしちゃった──」


 困惑していたのは俺だけじゃなくて、エレーヌさんも同じだったらしい。目を丸くして、何事かと声を掛けようとした。


 だが、全部を言い切る前に、はたと俺のところに視線を留めて。


「……そういう話だったら、ロマンチックかもしれないね」


 何かを納得したように、ポツリとそんなことを言ったのだ。


 そして、一旦エレーヌさんは口を噤む。

 クローデットさんへと、露骨にアイコンタクトを向けながら。


 ……これ、もしかして俺が落ち込んでたから、わざと変なこと言ってくれたのかな?


 俺もクローデットさんを見やると、ハッキリと目が合う。

 そして、モジモジと何か言いたげにして。


「わ、ワタクシのこの見解、ジルベールさんはどう思われますか?」


 上目遣いで、照れくさそうにそんなことを聞いてくれたのだ。


 間違いなく、俺が落ち込んでいると感じての言動。

 その心遣いが、クローデットさんらしくて。


「きっと、イザベラ様までその言葉が届いたら、お喜びに──」


 なります、と言いかけて、ふと言葉が止まった。

 何かに気が付きそうになったというか、何かが脳裏に過ぎって。


「──イザベラ様にまで、届く?」


「ジルベールさん、どうかいたしましたの?」


「いえ、ちょっと……」


 色々と繋がりそうになるが、先走りそうな気持ちを抑えて要点を整理し始める。


「今回、俺たちがエレーヌさんに相談したのは、イスペリアからの呼び出しに応じるか否か。行かなければ、相応の対処が待ち受けていると考えて間違いはない」


「そうだけど……ジルベールくん?」


 戸惑ったようなエレーヌさんの声に返事をする前に、思考が巡り脳内に描かれていくものがあった。

 それは、応じたらどうなるかという絵図だ。


「間違いなく狙いがあっての呼び出し。恐らくは、宰相オクタヴィアが企みを持ってのこと。何を企んでいるか……十中八九、俺たち亡命貴族達の力を借りて何かをしたいと考えているからだ」


 口に出しながら、考えを纏めていく。

 憶測混じりだけれど、相手の考えをある程度は予測するために。


「じゃあ、何をさせるつもりなんだ? 春先に攻撃計画があり、こちら側の突破力に期待したとか? ……いや、それならこんな手紙の送り方をしないはず。わざわざイザベラ様から押印を借り受けてまで、圧力を全面に押し出しながら俺たちを欲した理由があるはず」


 それはなんだと考え、気がつく。

 イスペリア宰相オクタヴィアに権力が集中しているが、それを許容できるだけの支持──つまりは味方はどれ程いるのだろう、と。


「エレーヌさん、宰相オクタヴィアにはどれくらい味方がいるかって分かりますか!」


「……就任経緯に問題があって、周りは敵ばかりだと思うよ」


 何かを探るような目をしながらも、エレーヌさんは答えをくれた。それで、やっと点と点が繋がった。……断定できるものじゃなくて、ただの可能性の一つに過ぎないけど。


「──焦ってるんだ、だからこんな手紙を送ってきた」


 恐らく、宰相オクタヴィアは味方が少ないどころか、敵だらけなのだろう。それでも、自立した意思を持っていた先王が生きていた頃までは、権力の分散もあり許容されていた。


 だが、先王の逝去とイザベラ様就任の際に摂政となったことで、宮廷や貴族間でのパワーバランスが崩れた。


 権力を分散せず、自身に一本化し過ぎたことで不和が生じている。自らの地位と命に、危機感を覚えるほどに。


 だから、欲しているんだ──自分の身を守るためのカードを。それも、出来れば何処の息も掛かっていない手札を。


 考えが纏まって、顔を上げた。

 すると、目の前には戸惑っているエレーヌさんと──真剣な瞳で、見守ってくれているクローデットさんの姿。


 それに勇気を分けてもらえて、思い切って口を開くことができた。


「あの、すみません。少し聞いて欲しいことがあるんです」


「……それは、さっき呟いていた事柄のことかな?」


「はい、そうです。ただ、これはあくまで憶測ですし、辻褄合わせも多分に行ってます。でも、狂言にも一分の真理があると思って聞いてもらえませんか?」


 エレーヌさんに問い掛けると、彼女はクローデットさんへ、おもわずと言った感じに視線を向けて。


「──ワタクシは聞きたいですわ」


 クローデットさんは、その一言だけを告げた。

 それを聞いたエレーヌさんは、一つ頷いて。


「聞かせて欲しいかな、ボクも」


 戸惑いを隠し、そう促してくれた。

 頭を下げて感謝を示してから、一連の可能性について語り始めた。



 このままバローラへと赴けば、俺たちは宰相に囲われて走狗にされてしまう、かもしれない。あくまでかもしれないだけど、無視できない可能性だ。



 そんな頭の中の考えを一通り話し合えると、僅かな静けさが訪れる。聞いた内容を咀嚼して、思考してくれている静けさだ。


 そうして、最初に口を開いたのはエレーヌさんだった。

 

「確かに、理論や展開の飛躍が多々あるし、可能性の域を出ない話だけど……ある程度、納得できる部分もあるのが厄介な意見だね」


 深々と溜息を吐きながら、エレーヌさんが一理あると認めてくれた。全く見当はずれでなかったことに安堵……はしない方がいいんだろうな。


 どっちにしろ、碌でも無い話でしかないんだから。


「ですが、行かないという選択肢もありません。ジルベールさん──どうしましょうか?」


 続くようにクローデットさんが、言葉尻だけだと困っているみたいに聞いてくる。けど、その口振りはどうしてか楽しげで、まるで知ってるんでしょうと言わんばかりだ。


 まあ、案はあるにはあるんだけど。


「クローデットさん、急にそんなことを問われても、彼も困る──」


「いえ、策はあるにはあるんです。要は、宰相オクタヴィア個人と結び付きにくい環境を作り出せばいいんです」


「……え?」


 無茶振りを止めようとしてくれたエレーヌさん相手に、梯子を外すみたいなことを言ってしまって申し訳ないが、一応対策自体はあるにはある。


 尤も、俺一人では何もできない。

 何かするためには……。


「エレーヌさん、あなたの力と、それからツテを貸してくれませんか?」


 エレーヌさんの力、もとい人脈が必要不可欠であった。


 助けを乞うた俺に、エレーヌさんは目を白黒させていた。


 どうやら、困らせてしまったみたいだ。

 素直に申し訳ない、が撤回はしない。


「エレーヌさん、立場が複雑なのは理解しています。ですが、もうバローラへは行くしかないのです。まずはジルベールさんの話を聞いてからでも良いので、ワタクシからも協力をお願いいたしますわ」


「クローデットさんまで……」


 そして、エレーヌさんと距離を測りかねていたクローデットさんも、申し訳なさそうな顔をしつつ協力を依頼してくれた。


 本当に心強い、さっきの問い掛けで色々と思考が巡るきっかけになってくれたし、何処までも頼りになる人だった。


「……まず、その策とやらを聞かせてくれるかい?」


「はい、勿論です!」


 その人徳を前に、エレーヌさんは困り眉のままだけど、歩み寄りを見せてくれた。それが嬉しくて、期待してもらえたらと思いながら、策を開示したのだった。




 思いのままに全てを語り、聞き終わったエレーヌさんは、なるほど、と呟いた。そして、おもむろに俺の顔をまじまじと見つめて。


「クローデットさんが高く評価して側に置く訳だ。……こんな男の子、初めてだよ」


 そんな、恥ずかしくなるような独白をしたのだ。


「自慢の軍中占い師さんですわ!」


 クローデットさんは、それを否定するどころか、面白がるように肯定して。


「そ、それで……どうですか?」


 半ば、むず痒い流れを断ち切るように尋ねると、エレーヌさんは真剣な瞳を浮かべて。


「同胞を見捨てるのも後味が悪いからね──こちらのやり方でよければ、手伝わせてもらうとするよ」


「あ、ありがとうございます!」


 心強い一言で、俺の依頼を受けてくれた。

 安心してイスペリア臨時首都バローラへと向かうため、工作活動を開始した瞬間であった。




 そして、その二週間後。その準備が完了したという報告を受け、バローラへと旅立つことになったのだ。


 それは、冬が一段と厳しくなる中での出立。

 浅く雪で舗装された道を行く行軍でもあった。

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