:廃線跡のオレンジロードと信濃川河川敷の遊園地を歩く
かつて新潟の街を走り、人々から「電鉄」の愛称で親しまれた新潟交通電車線。
その線路跡は今、緑豊かな遊歩道「オレンジロード」へと生まれ変わっています。
ガタゴトと音を立てて走っていた緑と黄色の「かぼちゃ電車」の姿はもうありませんが、初夏の風に吹かれながらこの道を歩いていると、ふと、かつてこの沿線にあった懐かしい風景が心に浮かんでくるのです。
たとえば、かつて子どもたちの歓声が響いていた、あの小さな遊園地。
「竹林に ブランコ揺れる 遊園地」
青々とまっすぐに伸びた竹林の静寂の中に、ぽつんと置かれたブランコ。
サラサラと葉を鳴らす風だけが、主を失った座席を優しく揺らしているような、和と洋が織りなす少しノスタルジックな初夏の情景です。
その遊園地の入り口では、かつてこんなユニークな出迎えが私たちを笑顔にしてくれました。
「遊園地 お手する獅子が お出迎え」
百獣の王、あるいは伝統芸能の獅子舞のような威厳を放ちながらも、まるで人懐っこい犬のように「お手」をして歓迎してくれるお茶目な獅子。
一歩足を踏み入れた瞬間に始まるワクワクとした物語の幕開けが、心地よい音の響きとともに蘇ります。
しかし、時は流れ、レールは取り払われました。
2週間ほど前、この静かな遊歩道を歩いていたときのことです。
道端に、ひと株の風変わりな植物が花を咲かせていました。
一見、数十年に一度しか咲かないという「リュウゼツラン」のようにも見えましたが、どうやら違う種類のようです。
けれど、どこか痛々しく、それでいて凛と天に向かって一本の茎を伸ばし、一生に一度の命を燃やすように咲くその姿は、まるでこの場所から消え去った「廃線」の歴史を、ひとり静かに惜しんでいるかのように見えました。
「廃線を 惜しむひと株 竜舌蘭咲く」
姿を変えても、土地が持つ記憶や、かつてそこに確かにあった人々の営みは消え去ることはありません。
初夏の光の中で静かに佇むその花は、私に忘れ去られようとする「歴史」の愛おしさを教えてくれたような気がします。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、地元・新潟市の廃線跡を歩いた際に出会った風景から、毛色の違う3句を詠ませていただきました。あの痛々しくも美しかった花は、ユッカの仲間だったのでしょうか。知っている方がいればぜひ教えてください。
普段は、こうした「通り過ぎていく激動の歴史」や「過去に生きた人々の息遣い」をテーマに、様々な時代の【歴史短編小説】を執筆・投稿しております。
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