:歯と酒と、夜食の虫 〜あっちゅ寝太郎の、のんびり三句〜
気がつけば、またこうして言葉を紡いでいる。
続けるということは、大層な目標を掲げるよりも、ただ日々の可笑しみや愛おしさを、そっと手のひらに掬い上げるようなものかもしれない。
そんな私の、最近の三句。
「 福の神 昔は噛めた 梅の種 」
昔は、梅干しの種など奥歯でパチンと簡単に噛み砕けたものだ。
中にある「天神様」をありがたく突ついては、己の頑健さを疑いもしなかった。あの頃は、若さという名の福の神が、いつでも背中に居てくれたのだろう。
今や硬い殻に歯は立たぬが、噛めなくなったからこそ、昔の自分への愛おしさと、今ある「福」のありがたみが、より深く心に染み渡る。
「 碧の瓶 呑めや呑めやと 竹の露 」
そんな感傷を吹き飛ばすように、涼しげな碧のボトルを開ける。
青竹から滴る瑞々しい露が、まるで「まあ、一杯呑みなされ」と急かしてくるようだ。自然の清々しさに包まれながら、美味い酒に心を委ねていく。
日頃の理屈や雑音など、この一献で綺麗さっぱり洗い流してしまえばいい。
「 腹鳴りて 夜食は何を 頬張りぬ 」
そして夜更け。
いい心持ちで机に向かっていると、お腹の虫がグウと元気に鳴き声をあげる。
何を食べるか迷う暇もなく、気がつけば台所で何かを頬張ってしまっているのだから、我ながら愛らしい。夜中のつまみ食いというものは、どうしてこうも特別に美味いのだろう。
歯の衰えを笑い、美味い酒に溺れ、夜食の誘惑に負ける。
これだから、人間というやつは、生きるということは、やめられない。
継続は力なり、と言う。
私の歩みはのんびりしたものだが、この筆の先にある小さな幸せを、これからも一つずつ、大切に噛み締めていきたい。




