長岡の風に聴く、河井継之助の「策」と男たちの執念
ふと、あの静かな長岡図書館の空気と、むさぼるようにめくった資料の感触がよみがえる。
越後長岡の歴史。それは、激動の幕末において、文字通り「知略の限り」を尽くして巨大な運命に立ち向かった男たちのドラマだ。
河井継之助。
彼が描いた北越の青写真は、単なる玉砕の覚悟ではない。藩の、そして民の誇りを守り抜くための、壮絶な「策」の連続だった。
「長岡や 策を尽くして 山越えん」
三国峠の向こうから迫り来る時代の荒波を前に、若き日の、あるいは国を背負った彼の胸中には、どんな険しい山が見えていたのだろうか。
しかし、歴史は残酷だ。
慶応四年五月、小千谷の慈眼寺で行われた談判は虚しく決裂する。平和への、中立への一縷の望みは、初夏の霧のように消え去った。
戦火の幕が切って落とされ、信濃川沿いの要衝、榎峠と朝日山は血に染まる激戦地へと変わっていく。
「榎越え 小千谷談判 露と消え」
もはや語る言葉はなく、あるのは轟く砲音のみ。
新政府軍の圧倒的な物量を前に、長岡城は一度、敵の手へと渡ることとなる。誰もが万事休すと思った。しかし、継之助の執念は死んでいなかった。
泥深い八丁沖を、文字通り這うようにして渡る奇策。
不意を突かれた官軍の隙を突き、長岡藩兵は奇跡の城奪還を成し遂げる。
「返す城 再び建てる 旗の竿」
一度はひっくり返された城の門へ、泥まみれになりながら、再び誇り高き旗の竿をドスンと突き立てた男たちの咆哮が、十七音の行間から今も聞こえてくるようだ。
今年もまた、長岡にあの季節がやってくる。
夜空を震わせる大花火は、白菊の輝きは、あの激戦に散った男たちの魂を慰め、復興の歩みを讃える祈りの光だ。
図書館の片隅で出逢った彼らの息遣いは、今もこの街の風の中に、そしてまもなく夜空に咲き誇る大輪の火花の中に、確かに生き続けている。




