第3話:レストランの作法と、凍りついた時間
第3話 初夏の陽気ともなれば、街を行く人々もすっかり軽装になる。
Tシャツにサンダルといった気楽な格好も悪くはないが、やはり大人の男たるもの、季節の節目にこそ「装いの矜持」を持っていたいものだ。
たとえば、少し汗ばむ昼下がりであっても、半ズボンを穿くときにはちょっとしたこだわりがある。
「半ズボン 脛を隠すは 身だしなみ」
涼しさを求めつつも、だらしなく生足をさらけ出すのは無粋というもの。
長めのソックスを合わせるなどして、スッと「脛」を隠す。このほんの少しの工夫と崩しすぎない節度こそが、大人の男に許された夏の「身だしなみ」なのだ。
そんなこだわりを胸に、その日は少し格調高いレストランへと足を運んだ。
いくら外が暑いとはいえ、格式ある店のドアをくぐるとなれば、それなりの礼儀が必要になる。
「レストラン 上着携行 作法知る」
たとえ袖を通さずとも、上着をサッと小脇に抱えて席に着く。
それはルールに縛られているのではなく、その空間の格式と、もてなしてくれるお店への敬意をサラリと表現する「作法」を知っているからだ。
席に案内され、スマートに上着を預ける。ここまでは実に完璧、ダンディズムの極みであった。
やがて、恭しくボトルを掲げたボーイさんがやってきた。
注文した上質なワインが、静かにグラスへと注がれようとする、その至福の瞬間――。
「ワイン注ぐ 片手にグラス 時凍る」
トトト……と心地よい音が響き、芳醇な香りが立ち上る。
その瞬間、私は何を思ったか、ついスッと「片手でグラス」を持ち上げてしまったのだ。
――あ。
本来、ワインのサービスを受ける際、グラスはテーブルに置いたままにしておくのが正式なマナー。
持ち上げられたグラスと、ボトルの絶妙な距離感。
「あっ、お客様……!」と言いたいけれど、場所は静寂に包まれた高級レストラン、大声など出せるはずもない。
注ぐべきか、引くべきか。はたまた、このまま旦那の手から優しくグラスを奪い取るべきか……!
ボトルを傾けた姿勢のまま、お目目を丸くしてカチコチに固まってしまったボーイさん。
ロマンチックな意味ではなく、物理的に「時が凍りついた」瞬間であった。
あのときのボーイさんの唖然とした顔を思い出すたび、私は今でも極上のワインの味とともに、ちょっぴり苦い苦笑いを浮かべてしまうのである。




