:歳を重ねて、風の香、日々の味
早いもので、暦はもう六月。
窓の外では、しっとりと静かな雨が庭の緑を濡らしています。
こんな日は、少し上等なお茶でも淹れて、あるいは夕刻を待たずに少しばかり杯を傾けながら、これまでの道のりに思いを馳せるのも悪くないものです。
若い頃の私は、前ばかりを見て、ずいぶんと急ぎ足で生きていたように思います。
けれど、ふと立ち止まれるようになった今、昔は見過ごしていた些細なものたちが、にわかに愛おしく感じられるようになりました。
「 春の風 歳を重ねて 香り知る 」
かつてはただの「温かい風」だったものが、今では花の記憶や土の匂いを運ぶ、確かな「香り」として胸に届きます。歳を重ねるということは、世界がそれだけ豊かになるということなのかもしれません。
日々の食卓も、ずいぶんと様変わりいたしました。
かつては大皿の肉や魚ばかりを追いかけていたものですが、近頃は小鉢の渋い役者たちに、どうにも箸が伸びるのです。
「 婆想い 鰯のぬたと ネギの靑 」
ふと出された鰯のぬた。その酢味噌の酸っぱさと、鮮やかなネギの青さに、昔懐かしい台所の風景や、大切な人の面影が鮮明に蘇ります。モノクロだった記憶が、ひと皿の料理によって色鮮やかに塗り替えられる。そんな瞬間の愛おしさ。
「 浅漬や 菜の葉残り香 箸休め 」
そして、傍らに添えられた浅漬。ポリポリと噛めば、口の中に抜けていく青菜の瑞々しい残り香。若い頃には気づかなかった、この一呼吸置くための「箸休め」の時間こそが、今の私にとっては何よりの贅沢なのかもしれません。
時には、ほんの少しの遊び心と、静寂を求めて旅情に浸ることもあります。
「 紫野 染みたる豆腐 白い鶴 」
古都の静けさに身を置き、出汁の染みた豆腐を突きながら、すっきりとした白い酒をクッと煽る。白と白が重なるその潔い景色に、浮世の雑事を忘れて深く深く、心が落ち着いていくのを感じます。
かと思えば、食卓の上で、こんな賑やかな出逢いがあっても楽しい。
「 里芋と 山菜づくしの ハーモニー 」
ねっとりとした里芋の甘みと、野趣あふれる山菜のほろ苦さ。口の中でそれらが一体となって奏でる美味の音楽には、思わず心が弾みます。大自然の恵みをこうして美味しくいただけることに、ただただ感謝するばかりです。
六月の雨音を聴きながら、五つの句と共に振り返る我が人生。
派手なご馳走や劇的な出来事はなくとも、風を感じ、味を尊び、大切な人を想う。そんな何気ない日常のなかに、本当の豊かさが隠されているような気がしてならないのです。




