峠に消えた風の音をつむいで
私にとって、新潟の「五泉」は特別な縁がある地である。その優しく美しい郷土の風景に触れるたび、私の心はいつしか、歴史の激流に抗い、散っていった一人の男の足跡へと引き寄せられていく。
長岡藩牧野家に仕えた不世出の奇才、河井継之助。
映画を観て、長岡の図書館で古き書物に触れ、その熱に突き動かされるようにして、私は彼の最期の足跡を辿る旅に出た。戊辰戦争の硝煙が染みついた地を歩き、彼が越えたであろう険しい峠の風を、この肌で感じるために。
旅の始まりは、どこか温かく、そして切ない。
「五の泉 のっぺのかおり 母の手や」
名産の里芋「帛乙女」のまろやかなトロみと、立ち上る出汁の香り。五泉ののっぺを口に含むとき、ふと、遠い日の母のぬくもりが胸に蘇る。それは、これから過酷な運命へと赴く者が、最期に焦がれた故郷の味のようでもあった。
しかし、旅路はすぐに険しさを増していく。
「村松や いくさ場峠 なみだ汗」
「血噴く山 七折り越える 八十里」
村松から、かつての戦場峠へ。一歩進むごとに、体からは汗が吹き出し、心には歴史の哀愁が涙となって滲む。長岡を追われ、傷ついた体を揺らしながら会津へと向かう継之助の、血の滲むような執念が、あの「八十里越え」の曲がりくねった険路の向こうから、生々しい息遣いとなって迫ってくるようだった。
万策尽きた男が、最期に見上げた空はどんな色だったのだろうか。
「刀折れ 三策尽きて やすむ尾根」
「長岡を 想いを馳せし 散る恋鐘」
刀は折れ、智謀の限りを尽くした三策もすべて潰えた。極限の果てに辿り着いた尾根の上で、静かに風に吹かれる継之助の姿が目に浮かぶ。遠い長岡に残してきたもの、守りたかった未来への想い。それらが、夕闇に響いては消えていくお寺の鐘の音のように、儚く散っていく。
彼が最期に遺した都々逸がある。
『八十里 こしぬけ武士の 越す峠』
己を「腰抜け」と笑い飛ばしてみせるその覚悟のなかに、男の凄まじい意地と、やり遂げた者だけの静かな諦念が満ちていた。
五泉の美しい自然と、歴史の闇に消えていった男の情熱。
峠を渡る風のなかに、私は今も、彼らの確かな生を聴いている。




