栄螺のダンスと海の波の花火 〜子豚の私がゆく、柏崎の五・七・五〜
【本文】
人間、誰しも褒められれば嬉しいもので。
「豚も煽てりゃ地球を半周する」なんて申しますが、かく言う私も、お調子者の風に煽られてどこまでも飛んでいってしまいそうな、一匹の、いや一人の「子豚」でございます。
今回は、そんな私が柏崎の風に吹かれ、海の匂いに誘われながら紡いだ、六つの「えにし」の物語をお届けします。
まずは、少し季節を遡るような、静かな約束の席から。
盃を 傾け契り 香る梅
静かに酒を酌み交わし、大切な契りを交わす。その傍らでふわりと漂う梅の香り。ただの宴席ではない、どこか張り詰めた、しかし温かい心の通い合いが、そこにはあります。
そんな風情に浸っていると、季節はいっきに初夏の熱気へと移り変わります。柏崎名物「閻魔市」の賑わいです。
めかぶ食む 栄螺の舞や 閻魔市
海の底で大好物のめかぶを食べて、のんきに踊っていたはずの栄螺。それが気がつけば、現世の、あの世の閻魔様も驚くような大混雑の中に引っ張り出されてしまいました。店先で、あるいは網の上で「熱い、熱い」と踊らされているのか。日常ののんきさと、お祭りの非日常の落差が、なんともユーモラスで、どこか妖しくも愛おしい景色です。
その閻魔市から少し足を延ばせば、日本海の潮風が吹きつける番神堂が見えてきます。
番神の 扇の守り 汐の風
波除けの伝承や厄除けの扇。目に見えない日本海の激しい潮風を、神仏の「扇」が一枚で凛と受け止めている。その引き締まった、格調高い風景に背筋が伸びる心地がいたします。
そして、柏崎の海といえば、やはり夏の大花火を忘れるわけにはいきません。打ち上げ場所からは少し遠い、荒浜の静かな砂浜から遠くを眺めてみれば、こんな奇妙で壮大な景色に出会いました。
荒浜や スターマインは 海の底
名物の海中スターマイン。夜空に大輪を咲かせるのではなく、水平線の彼方、まさに「海の底」が真っ赤に、真っ青に、妖しく燃え上がっている。少し離れた場所だからこそ、波の音の向こうで、海の底がひっくり返るようなダイナミズムが、よりいっそう切なく、深く胸に響くのです。
祭りの喧騒が去れば、そこにはまた、すべてを包み込むような大きな海が残ります。
春の海 えにし眠れる 柏崎
どこか霞みがかったうららかな波の底に、この土地が重ねてきた長い歴史や、人々の想い、そして私自身の記憶という名の「えにし(縁)」が、静かに安らいでいる。寄せては返す波の音は、まるで子守唄のようです。
そんな深い感傷に浸っていると、不意にグイグイと現実へ引き戻されます。
海の路 ポチに急かされ 日の沈む
私の感傷などどこ吹く風、愛犬のポチは「早く帰ろう、ご飯にしよう」とばかりに、リードを引っ張って私を急かします。燃えるような美しい夕日と、それを目にも留めないポチの無邪気さ。壮大な自然と、私の小さくも愛しい日常が、一本の紐で繋がっている。
地球を半周するような大それた旅をせずとも、この柏崎の海の路には、すべてが詰まっているようでございます。




