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:【前編】親鸞聖人の足跡と、佐渡へ渡る風
越後の地を歩いていると、ふと歴史の澱に足がとられることがありやす。古人が歩んだ道は、今も変わらず春の風を孕んでいる。
「平島や 聖人巡る 旅の河」
川面を渡る風に、聖人の読経の声を聞くような心地がしやしてね。この地には数多の伝説が眠っているが、中でも親鸞聖人の足跡は鮮烈でございます。
「春薫る 親鸞手植え 逆さ竹」
逆さに植えてもなお根付くという不思議な竹。春の香りに包まれて、伝説は色褪せるどころか、年々青みを増しているように見えやす。土地の怪異もまた、信心の深さゆえか。
「昼どきの 焼鮒游ぎ 鐘が鳴る」
焼いたはずの鮒が水中で泳ぎ出す。そんな馬鹿な、と笑う者もいようが、この不思議に満ちた越後の風土にあっては、それもまた「あるかもしれない日常」でございます。
越後を離れ、旅路はさらに険しくなる。金山の声か、海鳴りの誘いか。
「坑道に 響き渡るや 春嵐」
「越後路を ゆすり揺られて 佐渡が島」
佐渡へ渡る波濤は、春嵐が騒ぎ立てておりやした。揺れる船の中で、あっしは確信したんでございます。この旅の先には、まだ見ぬ物語が待っている、とな。




