散歩道の、小さな風と大きな空
五月の終わりの風は、どこか急ぎ足だ。
よく晴れた日の散歩道、大きな川の土手に立つと、季節が次の引き出しを開けようとしているのがよく分かる。
見上げた空には、悠々と泳ぐ大きな影があった。
「鯨雲 急げ急げや 波走る」
空の巨鯨に急かされるように、川面にはさざ波が白く走っていく。自然の大きな営みが、そこにはあった。
少し歩を進めると、今度は水面が激しく波打ち、まるで生き物のように形を変えていく。春の名残の、強い風の仕業だ。
「水面にて 匠の筆か 春嵐」
目に見えない風という名の職人が、水というキャンバスに一瞬の芸術を描いては消していく。その贅沢な筆遣いに、しばし足を止めて見入ってしまった。
ふと、頭上を鋭い影が横切る。
川の雄大な流れを遮るように、つばめが一直線に空を割った。吹き抜ける風は、どこか青い匂いがする。
「信濃川 燕空切る 木の芽風」
ただ歩いているだけの道。けれど、目を凝らせば世界はこんなにも躍動している。
季節が巡る一瞬のきらめきを、ポケットにそっと仕舞い込んで、私はまた歩き出した。
あとがき
あっちゅ寝太郎です。
この三句は、少し前の五月二十二日、いつもの散歩道でふっと浮かんできた即興の句でございます。
これを皆様が読まれているのは六月三日。暦の上でも、そろそろ「入梅」の足音が聞こえてくる頃でしょうか。しっとりとした雨の季節が始まる前に、あの新緑を吹き抜ける爽やかな風の記憶を、どうしても言葉にして残しておきたくて、エッセイに仕立ててみました。
季節の変わり目、皆様もどうぞ健やかにお過ごしください。




