「新潟の酒つう、灘の白鶴に唸る――越後杜氏と歩んだ男の、独り言。」
近頃の白鶴が、旨い。
かつて学生時代、灘と伏見が横綱だった頃の、あの圧倒的な風格とはまた違う。
今のそれは、安くて旨い。だが、それだけではない。
私が唸らされたのは、その**「比重」**だ。
舌に乗せた瞬間の心地よい密度、そして喉を過ぎる時の鮮やかなキレ。
これは、俄仕込みのソムリエには語れぬ、現場の技だ。
私はかつて、越後杜氏、それも寺泊の衆と酒造りの心臓部で語り合ってきた。
醸造試験場や先代たちの言葉を、その肌で聴いてきた。
だからこそ、わかる。
酒造りは技術だが、その先にあるのは、その声を「聴く」者がいるかどうかだ。
…白鶴や 香りかぐわし 灘の水…
…白鶴や 庶民唄う 宵の時 …
新潟という酒どころに住まい、地酒の矜持を知るからこそ、私は思う。
伝統に胡座をかいてはいないか、と。
新潟や 胡座かくとは 奢りかな
今、世は「カクヨム」や「なろう」といった、新しい物語の醸し場で溢れている。
かつての酒造りが変わったように、物語の届け方も変わった。ならば、私も。
… されどまた 世の流行りかな カクヨムや…
なれば我 その荒海を 覚悟せり
白鶴の比重を愉しむ余裕と、荒海へ漕ぎ出す若き覚悟。イタチの最後。 …白鶴や かきん種との コラボかな…
今宵、新潟の夜は、少しばかり熱い。
【あとがき】
三月から見よう見まねで詠み始めた句でございますが、酒の味と同じく、言葉もまた「比重」が大切だと感じる今日この頃です。
古きを知り、新しきを恐れず。
そんな「おっさん」の独り言にお付き合いいただき、感謝いたします。短編時代小説は小説家になろう。オンリーで投稿しています。新作は。よろしくお願いします。




