土と風と、大河津の緑
ふと、鍬を置く。額を伝う汗が、掘り起こしたばかりの黒い土に吸い込まれて消えた。この土の匂いこそが、命の源流なのだと改めて思う。
土起こし 汗が滴る 願いかな
一鍬ごとに込めるのは、豊かな実りへの祈りだ。それは単に空腹を満たすためだけではなく、この平穏な営みが明日も続くようにという、ささやかな、しかし切実な「願い」でもある。
かつて、この国を形作ってきた先人たちも、同じ風を感じていたのだろうか。海を越え、大陸から届く文化や思想の風が、この「倭の国」を揺らした時代に思いを馳せる。
海ゆかば 大陸の風 倭の国か
水平線の向こうにある見知らぬ世界に希望を抱き、あるいは荒波を越えてくる脅威に備え、人々は常に「風」を読みながら生きてきた。歴史の荒波に揉まれながらも、私たちはこの島国で独自の感性を磨き上げてきたのだ。
その感性のひとつの極致が、あの絢爛豪華な文化かもしれない。
越後、大河津。かつての名残を留める分水のほとりで、風に揺れる新緑を見上げれば、そのしなやかさは、重厚な衣を纏い悠然と歩む花魁の姿を彷彿とさせる。
みどり揺る 花魁すがた 大河津
自然の生命力と、人が紡いできた文化の美。それは対立するものではなく、この風土の中で共に呼吸している。
土を耕し、歴史を仰ぎ、美を愛でる。
私のなかを吹き抜けていく三つの風は、今、静かに一編の記憶となって心に積もっていくのである。
ふと鍬を置き、黒土の匂いに命の源流を感じる。
一鍬ごとに込める実りへの祈りは、かつて「倭の国」を揺らした大陸からの風、そして歴史の荒波を越えてきた先人たちの想いへと繋がっていく。
越後・大河津の分水に吹く風を受け、新緑に花魁の姿を重ねる時、自然と文化、そして歴史が私の中で静かに一編の記憶となって積もっていく。
筆者の近況と即興句を交えて綴る、静謐なる随想録。




