にわか物書きの、越える川――鳥屋野潟、散歩の余白に――
小説を書くということは、果てのない旅に出るのに似ている。キーボードを叩く指が止まるたび、私は逃げるように家を出て、いつもの散歩道を歩き始める。 ……ゆめ遠し にわか物書き 越える川……理想とする物語の結末は、いつも霧の向こうにある。自分を「小説家」と呼ぶにはまだ気恥ずかしく、「にわか」という言葉が逃げ道のように付き纏う。けれど、目の前の川を物理的に越えていくとき、私の心には小さな、けれど確かな覚悟が宿る。 …………青の空 川辺に浮かぶ 橙や……見上げれば、吸い込まれそうな青。視線を落とせば、水面に反射する夕陽の「橙」が、ゆらゆらと境界線を溶かしていく。この色彩の対比が、煮詰まった脳を解きほぐしてくれる。日本語の「だいだい」という響きには、どこか温かみがある。…千歳橋 顔触れる風 水あふる…信濃川に架かる千歳橋を渡る。頬を撫でる風は少しだけ冷たく、けれど心地よい。橋の下では、溢れんばかりの水が滔々と流れている。この豊かな水量のように、私の内側からも言葉が溢れてくればいいのに、と切に願う。…とやの潟 思い思いの 影映す…やがて辿り着いた鳥屋野潟の水面には、夕暮れを楽しむ人々の影が映っていた。犬を連れた人、ランニングに励む人、立ち止まって空を眺める人。それぞれが異なる人生の「影」を持ち、この場所で一瞬だけ交差する。私が書きたいのは、そんな「思い思いの影」が織りなす、ささやかで、けれど唯一無二の物語なのだと思う。……光る汗 晩には酒に 変わりけり……気づけば、額には薄っすらと汗が浮かんでいた。心地よい疲労感は、今夜のご褒美へのプロローグだ。書き上げた数行と、この歩いた距離を肴にして、冷えた一杯を喉に流し込もう。書けない時間は、決して無駄ではない。歩いた距離の分だけ、物語はきっと深まっているはずだから。また明日から、私は「にわか」の皮を一枚ずつ脱ぎ捨てるように、一文字ずつ紡いでいく。




