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聖女として召喚されましたがお腹が空いたので無駄遣いを始めます  作者: リーシャ


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中編/料理が不味い

 彼らが持っていた最高級の魔銀ミスリル製ナイフを奪い取ると、まな板の上の新しい肉に向き合う。


『マスター、左手首の角度を下げなさい。筋線維に対して垂直に……ミリ刻みで切れ目を……遅い!もっとシャープに動けませんかのろま』


(いや、言い方〜!)


 脳内での罵倒。リンリーカの指示通りにナイフを動かすと、あんなに硬かった肉がバターのようにスルスルと切れていく。


『次は火加減です。魔石コンロ、出力が不安定ですね……魔力回路をハッキングして調整します……いいですか、表面温度を固定。反転させなさい』


 指示に従い、フライパンに肉を滑り込ませた。


 ジューーーーーッ!!


 瞬間、厨房中に暴力とも言えるほどの芳醇な香りが爆発した。これまでの生臭い煙とは違う。肉の脂が熱を帯び香ばしく、甘く鼻腔をくすぐる何か。


「な、なんだ!?この香りは……な!?聖女様は一体何を……な、にを!?」


 料理長が腰を抜かさんばかりに驚いている。彼らを無視して、リンリーカの指示に全神経を集中させた。


『右の棚からルナハーブを……それは入れすぎですバカ!ミリグラムだけ。あぁ、もう!計算を台無しにする気ですか?そこにある赤ワイン、果実酒を垂らしてアルコール揮発……今です!』


 ボォォォッ!!


 フライパンから炎が上がる。フランベだ。

 果実の甘い香りが肉に閉じ込められ、完璧なソースへと変わっていく。最後に皿の上に丁寧に盛り付け、付け合わせの野菜を黄金比の配置で並べる。


「ふー……できた」


『やれやれ。リソースの三十パーセントを消費して、ようやくマシな物体が完成しましたね……ほさっさと食べなさい。見ていてイライラします』


 震える手で自分で焼いたステーキを口に運んだ。


「…………っ!!」


 衝撃が走った。前歯が肉の表面に触れた瞬間、心地よい弾力。次の瞬間、ナイフを使わずとも解けるほど柔らかい肉から、宝石のような旨味のスープが溢れ出した。

 塩気が肉の甘みをこれでもかと引き立て、ハーブの爽やかな香りが脂っこさを一瞬で消し去る。飲み込むのがもったいないけれど、喉が勝手にその極上の快楽を求めて動き出す。


(美味しい!生きててよかった!)


『ドーパミンの異常分泌を確認。マスター、あまりの幸福感に脳が溶けていませんか?締まりのない顔ですよ……まあ、計算通りですけどね』


 リンリーカの声は相変わらず冷たかったけれど満足げだった。気づけば厨房には教皇も、騎士団長も料理人たちも全員が集まっていた。彼らは焼いた肉を一口食べると、その場に崩れ落ち涙を流して天を仰いだ。


「これが聖女の奇跡!」


「今まで我々が食べていたのは、石ころだったのか!」


 阿鼻叫喚の感動の渦。最後の一切れを惜しみそうに咀嚼しながら、心の中でリンリーカに話しかけた。


(リンリーカ。これから大変なことがいっぱいあるだろうけど……私、確信した)


『何をです。また低俗なことでしょうが』


(この世界のどこにいたって、最高のご飯にありつける……世界を救うついでに異世界の美味しいもの、全部食べ尽くしたい)


『私のマスターは勇者でも聖女でもなく、食いしん坊でしたか……いいでしょう。あなたの胃袋が限界を迎えるまで計算に付き合ってあげます』


 王宮のキッチンを占拠し、伝説のステーキを焼き上げてから三日。ユズキは豪華なふかふかのベッドの上で天井を仰いでいた。


(あー……リンリーカ、お腹空いた)


『マスター。前回の食事からわずか四時間十二分です。あなたの胃袋はブラックホールか何かに直結しているのですか?燃費が悪すぎて演算ユニットとして恥ずかしいです』


 脳内に響くリンリーカの冷ややかな声にも少しだけ慣れという名の諦めが混じっている気がする。


(だって王宮のご飯、また元に戻っちゃったし。料理長は教えた火加減を聖女様の魔法だって拝むだけで、自分じゃ再現できないんだから)


『……無能な教育者を持つと苦労しますね。いいでしょう。より複雑な栄養素、具体的には野生の活力が必要です。王宮の門番の魔力パターンをハッキングしました。今なら死角を抜けて市場へ行けます』


(さすがリンリーカ!頼りになるー!)


 聖女のドレスを脱ぎ捨て、厨房から拝借したボロ布を羽織って王宮を抜け出すと王都の市場は活気に溢れていた。

 見たこともない極彩色の果物、巨大な魚のような魔物。リンリーカの視覚アシストを頼りに、食材の海を歩く。


『マスター、右前方……ゴミ溜めに近い露店に高エネルギー反応があります。現地の知能レベルでは廃棄物と定義されているようですが……演算によれば宝です』


(お宝?どこ?)


 指し示されたのは薄汚れた露店の隅に置かれた、トゲトゲだらけの真っ黒な球体。


「お嬢ちゃん、そいつに手を出すな。そいつは悪魔の卵だ。触ると呪われるし、煮ても焼いてもゴムみたいで食えたもんじゃねえ……まあ、魔除けに買うなら十ルクでいいがな」


 店主の親父が鼻を鳴らす。汚い。


(本当に食べられるの?見た目完全にウニの化け物だけど)

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