後編/騎士
『表面のトゲは魔力伝導を阻害するための防御膜です。中身はアミノ酸と核酸が黄金比で構成された超高密度タンパク質……地球の言葉で言えば、最高級のフォアグラとウニを混ぜて煮詰めたような味ですよ』
(フォアグラ!?……買う。十ルクね、はい!)
悪魔の卵を抱え、リンリーカが見つけ出した秘密の広場の誰もいない廃屋へと駆け込んだ。
『調理を開始します。マスター、鈍重な指先を預けなさい……コンロの火を最小に。遠赤外線効果を利用し、トゲの根元にある一点だけに熱を集中させます』
(一点……ここ?)
『右です節穴!……よし、そこです。内部の魔力が飽和しました……今!』
パカッ!トゲだらけの殻が花が開くように綺麗に割れた。中から現れたのは淡いピンク色の、宝石のように輝くトロトロの身。
『そのままでは雑菌に反応して酸化します。隣の露店で買ったシトラスの葉の露を垂らしなさい……タンパク質を凝固させず旨味を閉じ込めます』
指示通り、指先で身をすくって口に入れた。
(——っ!?!?)
声が出ない。舌に乗せた瞬間、体温でシュン、と溶けた。暴力的なまでの濃厚な旨味が脳を直撃するのに、後味は驚くほど爽やか。社畜時代に接待で行った、銀座の高級寿司店でも味わったことのないような口どけ。
(なにこれ、幸せすぎて意識が飛ぶ!)
『マスター、口角からよだれが垂れていますよ……全く、完璧な演算結果をマヌケな顔で享受しないでいただけますか……まあ、その……幸福度が最大値に達したことはデータとして受理しておきます』
(実はいい奴でしょ)
『黙って食べなさい。追跡の騎士がここへ到達します。それまでに完食すること……あ、左側の身の方が脂が乗っていますよ。そちらから食べなさい欲張り』
*
「マスター警告します。これより先は汚染区域。現地の言葉で死の森です。脆弱な筋力ではスライムに突進されただけで骨折する可能性がありますよ」
脳内に響くリンリーカの警告を鼻歌で聞き流す。現在の格好は王宮からくすねた動きやすい革鎧に、腰には大きな鍋と調味料の小瓶がぎっしり詰まったポーチ。
(大丈夫よ。演算があれば、敵の攻撃なんて当たらない)
『ドッジボールの支援AIか何かと勘違いしていませんか?統合演算ユニットであって無謀な自殺志願に付き合うボディーガードでは』
(木の実、美味しそう!)
リンリーカの言葉を遮り、私は茂みの奥に光る真っ赤な果実に駆け寄ると燃えているように赤く、表面がテカテカと輝く不思議な形の果実だった。
『停止しなさい直情径行マスター!イフリートの涙。辛さが測定不能なほど高い、現地の冒険者が焼夷弾として使う危険物です。口にした瞬間、食道は焼き尽くされます』
(えっ、辛いの?最高じゃない。リンリーカ、あの肉を合わせたらどうなる?)
少し離れた水辺で昼寝をしている、巨大なカエルのような魔物ビッグ・ガマを指差した。
『なるほど、魔物の脂身は融点が低くしつこいのが欠点。超高濃度のカプサイシンを加え、中和……いえ、マリアージュを起こさせるつもりなのですね?』
(正解!最短でガマのモモ肉をゲットする手順を計算して)
『……ハァ。主人の知能レベルが野生動物並みだと演算のしがいがありますね……了解。ターゲットの右足腱を狙いなさい。魔力による命中補正を実行します。外したらあなたが今日のメインディッシュです』
戦闘は一瞬だった。精密なナビゲーションにより、一切の無駄なく食材を仕留めることに成功したここからが本番。森の開けた場所にキャンプを張り、イフリートの涙を細かく刻む。
(……くしゅん!鼻にくるね、これ)
『粘膜を保護しなさいと言ったでしょう?ガマの肉を薄くスライスし、高温の石板で一気に焼き上げます。脂が溶け出した瞬間に涙を投入……余熱で香りを移すのです』
ジュワアアァァァッ!!
石板の上で、肉の脂と激辛果実が混ざり合い、真っ赤な煙が立ち上る。むせるような辛味、追いかけるように肉が焼ける強烈な肉食獣の誘惑が漂い始めた。
(うわ、絶対ヤバいやつだ)
『論理的帰結です。仕上げにヒーリングハーブの粉末を。辛味による痛覚を強制的に快楽へと変換する中和剤です』
真っ赤に染まった肉の一切れを恐る恐る口に運んだ。
「っ!!……あ、あつっ!辛っ……あう!!」
舌の上で火薬が爆発したような衝撃。脳が危険だ!と信号を送る……一瞬遅れてガマ肉のクリーミーな脂が火を消し止め、ハーブの清涼感が鼻を抜ける。
「くぅうう……お……っ、美味しい!!止まらない!」
辛い熱いでも旨い。社畜時代、金曜日の夜に一人で食べた激辛麻婆豆腐の百倍は刺激的で、千倍は奥深い味がした。
(汗が止まらないけど体の奥から力が湧いてくる感じ!)
『当然です。組み合わせは細胞の代謝を一時的に活性化させます……明日の朝、あなたのお尻が悲鳴を上げる確率はあるのですが。それもまたあなたの望んだ刺激でしょう?』
(ちょっと、不吉な予測しない)
真っ赤な顔をしてハフハフと息を吐きながら、異世界の禁断のグルメを完食した。気づけばリンリーカとの会話が一番楽しい時間。
「は……おい、貴様。そこで何をしている。赤黒い毒の塊のようなものは何だ」
最後の一切れを口に放り込もうとしたその時、背後から低く威厳のある声が響いた。
振り返ると目も眩むような銀の鎧を纏った、絵に描いたような美形騎士が立っている。が、顔は驚愕に引きつっている。
(大事な激辛ガマ肉を毒呼ばわりした?)
『アガト・ブラント。王都聖騎士団の副団長ですね。正義感が強く融通が利かない、いわゆる脳筋です。マスター、今のあなたの顔はソースでベタベタの食欲の化身ですから聖女だとバレる心配はありません。安心なさい』
(いやいや、安心できるか!)
「聞こえないのか?禍々しい匂いを発するものを口にするなど、正気の沙汰ではない。森の魔力に当てられたかあるいは」
アガトとかいう騎士は手に持っていたイフリートの涙、激辛果実の残骸を見てさらに顔を青くした。
「焼夷弾の原料だぞ!人間が食えば内臓が焼き切れるはず。すぐに吐き出せ、私が浄化魔法を!」
「……あ、これ、美味しいですよ?一口食べます?」
私が無造作に、真っ赤な肉の一切れを差し出すと、彼は狂気を見る目で凝視した。
『マスター無駄ですよ。論理回路には刺激物イコール毒という短絡的なデータしか入っていません……少し黙らせます。マスター、肉を彼口に放り込みなさい。ガードが下がる瞬間を秒単位で予測します』
(えっ、無理やり食べさせるの!)
『今です!右足を一歩前へ!顎が動く瞬間に投擲』
精密なタイミング指示に体は勝手に動き、フォークに刺さった激辛肉がアガトの端正な顔立ちの、驚きで開いた口の中へと吸い込まれていった。
「なっ……がふっ!?む、ぐ……っ、ごふぉぉぉぉぉ!!」
アガトが喉を押さえて悶絶する顔は一瞬でリンゴのように赤くなり、目からは大粒の涙が溢れ出した。
「お、おのれ、毒を!喉が、喉が焼ける!聖なる光よ、我を」
『やれやれ……そろそろ第二段階が来ますよ』
カウントダウンを終えた瞬間アガトの動きが止まった。
「?……な、何だ。暴力的なまでの旨味は」
涙を流しながら咀嚼を始めた。ガマ肉の濃厚な脂が辛味のコーティングを突き破って彼の舌に絡みつく。
「辛い……死ぬほど辛い。肉の甘みが荒野に咲く一輪の花のようにっ。く、くるおしいほどに美味い!」
(落ちた)
『チョロいですね。ドーパミン値が急上昇しています……マスター追い打ちです。冷えた水を差し出しなさい。一口百ルクで』
(商売上手すぎない!?)
結局、アガトは作った激辛ガマ肉を完食し、料理の弟子という名のパシリとしての第一歩を踏み出す。聖女とAIの旅に荷物持ちの騎士が加わった瞬間である。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。固い肉、あれはもうなにか違いますよね




