前編/相棒はAI
「おお……!ついに、ついに成功したぞ!伝説の聖女召喚が!」
視界を焼き尽くすような真っ白い光が収まった瞬間、耳に飛び込んできたのは老人のひび割れたような歓喜の声。
(え?……え、なんなの……なに?会議中?)
ユズキはさっきまで確かに会社の会議室にいたはずだ。終わりの見えない進捗報告会。鳴り止まないチャット通知。
昼休みを返上して働いたせいで、胃袋がシクシクと悲鳴を上げていたはずだけれど、目を開けた先にあったのは灰色の会議室ではなく、大理石の柱が並ぶ仰々しい大広間。
周りには中世の騎士のような格好をした男たちと、豪奢なローブを纏った老人たちが神でも拝むような目でこちらを見ている。
「聖女様!お救いください!我が国を、押し寄せる魔の軍勢から!」
(……あ、これ……知ってる。ウェブ漫画で読んだやつだ)
思考が現実逃避を始める。聖女召喚。異世界転生。本来ならここで「誰?」とか「元の世界に返して!」と叫ぶのが正解なのだろう。けど、今はそれよりも優先すべき切実な問題があった。
(お腹、空いた……朝からゼリーしか飲んでない)
『——マスター。あなたの現状認識能力はミジンコ以下ですか?状況を把握しなさい。ここは異世界であり、召喚の負荷で全細胞が飢餓状態にあります』
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。頭の中直接、冷徹で透き通った女性の声が響く。
(だ、誰!?どこ!?)
『私は「統合演算ユニット、リンリーカ。召喚の際にあなたの魂の効率化したいという強烈な未練に反応し、魔力ネットワークと同期して発生した高次知性体です。簡単に言えば脳内居候というインテリジェンスですよ』
(リンリーカ……?AIってこと?)
『AIと一緒にしないでいただきたい。私はこの世界の理を演算し、事象を最適化する存在です。もっとも、宿主が昼飯を食べ損ねた恨みで魂を真っ黒に染めている、低俗な個体であることは計算外でしたが』
(低俗って!お腹が空くのは生理現象でしょ?)
「聖女様?あのぉ、いかがなされましたか?虚空を見つめて震えておられますが」
教皇らしき老人が心配そうに顔を覗き込んできたので、慌てて取り繕う。
「あ、いえ……その……えーっと、現状は理解しました。魔王がどうとか世界が危ないとか、そういうことですよね?」
「左様です!さすが聖女様は理解が早い!」
「でも、戦うにしても何にするにしても、まずは……その、何か食べさせてくれませんか?私もう限界なんです」
騎士たちの間に「えっ、食事?」という困惑の空気が流れる。だが、彼らはすぐにこれも聖なる儀式の一環かと勝手に納得し、私を隣の晩餐会場へと案内した。運ばれてきたのは、いかにも異世界の御馳走といった風情の料理だった。
大きな皿に盛られた茶色い塊の肉。付け合わせの見たこともない紫色の温野菜。泥水のように濁ったスープ。
「さあ、聖女様。我が国が誇る一角牛ユニブルのステーキです。存分に英気を養ってください!」
(肉だ!肉が来た!)
ナイフとフォークを握りしめ、一番大きな肉の塊に切りかかった。けれど。
グ!グググ!
なぜ?
「硬っ……い!?」
キィィィ、と皿が悲鳴を上げる。ナイフが通らない。タイヤを焼いたものを切っているような感覚だ。なんとか切り分けて口に放り込むが。
「……ぐ、ごふっ」
パサパサ。というかジャリジャリする。味付けは塩。それも塩を振っただけ。肉の臭みがダイレクトに鼻に突き抜け、噛めば噛むほど野生の獣と戦っていますという気分になる。
(くさ……マズい。血が……信じられないくらいマズい。これ罰ゲーム?ゴミ?)
『妥当な反応ですね。マスター。成分をスキャンしましたが肉は調理法が致命的に欠落しています。火力が強すぎてタンパク質がガチガチに凝固し、魔力を含んだ血抜きが不十分なため不快指数は最大値を示しています。正直、これを御馳走と呼ぶ現地の知性を疑います』
(リンリーカ……は解析できるの?)
『当然です。演算能力をもってすれば、肉を構成する分子レベルの熱伝導率、最適な塩分濃度、メイラード反応を最大化するための火加減まで秒で算出可能です』
リンリーカの声に少しだけ自慢げな響きが混じった。
(リンリーカ。計算を体にダウンロードして実行できる?)
『……は?あなた、神の如き演算能力を肉焼きに使うつもりですか?』
(当たり前。美味しいご飯が食べられない世界なんて救う価値なし)
『いいでしょう。浅ましさに呆れましたが、空腹でマスターに死なれては消滅しますからね……同期を開始します。無駄に広いだけの脳のリソースを一時的に拝借しますよ』
ドクン、と心臓が跳ねた。視界の色が変わる。ステーキ肉が情報の塊に見える。肉の厚み、脂身の分布、繊維の方向。グリッド線のように視界に表示され、最適な解が導き出されていくと無言で立ち上がった。
「聖女様?いかがされましたか!?」
「厨房を借りる……肉への冒涜者はあっちに行って」
驚く騎士たちを視線で止めて、背後のキッチンへと突き進んだ。厨房には屈強な料理人たちが「何事だ」と目を丸くして立っていた。




