10.提案! 聖地巡礼
「それでは、文化祭の催し物を決めたいと思う」
部長が厳かに口を開いた。
街研のメンバーは静かに頷くと、一斉に彼に視線を集中させる。
今私がいるのは街研の部室。
遠崎さん、私、桃ちゃん、紅一君と、街研のメンバー全員(紅一君は部員じゃないけど)がそろっている。夏休みというのに、皆真面目ね。
机の上には、遠崎さんが買ってきたお菓子が並んでいる。彼女のお菓子は、ハズレがない。
ウマウマと、彼女のお菓子を頬張りながら、やる気なく部長を見つめる私。
「生富君! さっきからお菓子ばかり食べているが、君はやる気があるのかね?」
あっ、やば。部長に注意された。
お菓子を飲み込み、キリッとした表情を作る。
「もちろんやる気はあるわ。でも、私、去年文化祭の活動に参加していないから、普段とどう違うのかよくわからないの」
「……ふむ、仕方がない。じゃあ、生富君と新入部員のために、文化祭の活動をこの私が説明してやろう」
話は端的にお願いします。
しかし、部長の話は相変わらず要領を得ない。要点をまとめると、こんな感じかな。
街研の文化祭の催し物は2種類あるみたい。
1つは、教室の一隅にブースを設置して、街研の活動をアピールするというもの。言ってみれば、普段の記事の豪華版を作るってことね。私もなにか記事を書かないといけないみたい。
……うーん、めんどくさい。
もう1つは、比呂田市の広報誌に記事を載せる取り組み。なんと、この街研は比呂田市の広報誌にページをもらって、記事を載せているらしい。街の良さをPRする街研の活動を、市の人がえらく気に入ってるんだって。
……知らなかった。ちゃんとした活動もしてたのね、この部活。
高校生とコラボして広報を行っている自治体は他にもあるそうだ。街研の場合は記事だけだけど、自治体と協力してイベントやラジオなどで広報活動をしている高校生もいるそうな。……皆、色々なことやってるのね。
でも、世界広しといえど、悪の組織の幹部をやっている高校生はきっと私だけに違いない!
……威張ることじゃないけど。
それでね、広報誌に載せる記事は、テーマを決めて書く必要があるみたい。皆バラバラの記事を載せるのはダメなんだって。
ちなみに去年は、リニューアルオープンした市の美術館の特集をしたらしい。
なるほど、美術館の歴史や美術品にまつわる都市伝説、食事やお土産についての話を書いたのね。今見てるんだけど、なかなか面白い。
部長って、まともな記事も書けるのねー。
「それでは、広報誌に載せるテーマを決めたい。何か意見がある者、いるか?」
「はい!」
勢いよく手を上げる桃ちゃん。
「桃君、発言を許可しよう」
「はい。私は、比呂田市に実在した武将たちの活躍をもとに、縁の地の特集を組んだらいいと思います」
「ふむ。ならテーマは歴史と言うことか。悪くないな」
確かにテーマとしては悪くない。
でも、桃ちゃんの記事って強烈だからなー。暴走しがちだし。
そのテーマにしたら歯止めがきかなくなるんじゃないかしら。
部長たちのやりとりを見ながら、新しいお菓子を口に放り込む。
あっ、コレおいしい! どこのお菓子?
「他に意見はないか? 生富君、どうだ?」
えっ! 私?
お菓子の袋をガサゴソあさっていたら、突然部長に当てられた。
もう、今忙しいのに!
仕方ない。適当に答えておこう。
「比呂田市の美味しい食べ物特集なんかどうかしら? 最近、新しいスイーツのお店もできているし」
私行ってみたいお店があるのよね。
食べ物特集だったら美味しいものがたくさん食べられて、一石二鳥!
「私も食べ物特集に一票!」
遠崎さんが私の意見に賛成する。
ふふ、狙い通り!
遠崎さんはこの手の記事が得意だから、絶対に賛成すると思ったわ。
「なるほど。食べ物特集か。それもいいかもしれないな。じゃあ、紅一はどうだ? 何かしたいことはあるか?」
部長が紅一君を当てる。
部長の中では、紅一君はすっかり部員ね。
「俺はそうだな。“青春DAYS”の特集をしたらどうかと思う」
「セイシュンデイズの特集?」
……って、何?
「比呂田市は、これから公開される映画“青春DAYS”の舞台になる場所だろ。その場所を回って、紹介するんだ。ちょうど文化祭の時期が映画の上映時期と重なるし、みんなの興味を引くんじゃないかな?」
ああ、そっか。セイシュンデイズって、あの“青春DAYS”のことかぁ。なるほど!
“青春DAYS”とは、高校生5人の恋愛模様を描いた少女漫画。登場人物はなんと全員片思い! 作者が比呂田市の出身ということで、比呂田市が舞台になっているの。最近実写映画化するということで、ちょっとした話題になっているのよね。
原作はずいぶん前に完結していて、当時の高校生の間で大ヒットしたんだって。龍司が高校生の時に流行った漫画らしいわ。アイツは全然知らなかったけど。
龍司ったら、私が漫画貸してあげるって言ってるのに、読もうとしないの。少女漫画は絵が変だの、恋愛ばっかでくだらないだの言うのよ。アイツ、ホントわかってないわ!
そんなこと言ってるから、ああなのよ。アイツは少女漫画でも読んで、女心を勉強すべきよねー。
「なるほど。映画で上映される場所に実際に行ってみるのね。最近、聖地巡礼とか流行ってるものね。面白そう!」
遠崎さんも乗り気だ。
「ちなみに、紅一君は“青春DAYS”読んだことあるの?」
「この間、クラスの女子に借りて読んだ。少女漫画だから大丈夫かって言われたけど、普通に面白かったな」
遠崎さんの質問に、紅一君がにこやかに答える。
「えっ、紅一君って“青春DAYS”読むの? イメージと違う!」
驚いて思わず声を上げてしまう。
「そう? 面白かったら俺は何でも読むよ」
「そうなの? 紅一君でも恋愛とか青春とか興味あるの? “青春DAYS”って爽やかな漫画だけど」
「……生富さんの中では、俺はどういうイメージなの?」
もっと、こう、黒い……。
しかし、さすがにそうは答えられない。
心外そうな顔をする紅一君に対して、私はニコニコと笑ってごまかした。
「紅一君って、他にどんな漫画読むの?」
遠崎さんが興味津々といった感じで尋ねる。
紅一君の好きそうな漫画……。
アウトローな話とか、グロ系とか?
夢あふれる冒険譚なんかは読まないわね、きっと。
紅一君って絶対裏の顔があると思うのよね。
なかなか尻尾を出さないけど。
「面白ければ、ジャンルは問わないよ。最近読んだのは、伝説のギャンブラーの話だな。荒唐無稽なストーリーと、強烈なキャラクター。そしてギャンブラー同士の心理戦が面白かった」
それを聞いて、部長が得意げに頷く。
「そうだろう、よかっただろう。私が貸したんだ」
へぇ、ギャンブラーの話。
“青春DAYS”よりもよっぽど納得できるチョイスね。
「お兄ちゃんたら、最近ずーっと漫画読んでるんですよ。しなきゃいけないこと色々あるっていうのに!」
桃ちゃんが頬をふくらませながら言う。
紅一君がうるさそうに彼女を見た。
「お前だって、漫画くらい読むだろ」
くわっ! 桃ちゃんの目が三角になる。
「お兄ちゃんと一緒にしないで。私はもっと高尚な漫画を読んでるもの!」
「嘘つけ。第一、高尚な漫画ってなんだよ?」
「図書館に置いてあるような漫画よ!」
「単に、歴史物ってだけだろ……」
……またやってる。
このやりとりも、部内では日常風景になりつつあるわね……。
「静粛に!」
部長が手を叩いて、場を静める。
「紅一の案は“青春DAYS”だな。いい案だが、“青春DAYS”の聖地巡礼となると車がいるんじゃないか? 確か、公共交通機関だけだとキツい場所もあったはずだ」
部長の言うとおり、あちこち回るとなると大変よね。お金もかかるし。
「主要なところを回るだけでいいんじゃない?」
「だめだ! やるからには徹底的にやらなくては!」
部長が私の意見を即座に否定する。
そんなにたいそうなもの? 変なところにこだわるんだから。
「それなら、大丈夫。知り合いに運転をお願いするよ」
紅一君が爽やかに言う。
それを聞いた桃ちゃんが、少し焦った様子を見せた。
「ちょっと、お兄ちゃん。勝手に決めて大丈夫なの。彼にも都合があるんじゃない?」
「大丈夫だって。俺が何とか説得するよ」
……何やら不穏な空気。
紅一君の大丈夫はなんとなく信用できない。
「ふむ。それなら“青春DAYS”でも大丈夫だな。他に意見はあるか?」
他に意見はあがらない。
今の流れだと、紅一君の出した案になりそうね。
それにしても、部長は案を出さないのかしら。てっきり、怪人特集がやりたいって言うと思ったのに。
「それでは、多数決をとる。やりたい案に手を上げるように」
部長がそれぞれの案を言っていく。4票を集めた紅一君の案に決定した。
ちなみに、残りの1票は桃ちゃんね。彼女は紅一君の案に賛成しなかったの。
「それでは、今年の広報誌のテーマは、“青春DAYS”の聖地巡礼にしたいと思う。比呂田市の広報課に確認をして、許可がでたら正式採用とする。皆、いいな?」
部長の言葉に、皆が頷く。
これにて本日の街研の活動は終了となった。
次回、木曜日に更新。
「任務? 水族館のデート①」