11.任務? 水族館のデート①
「ねぇねぇ、あの人見て」
「えっ? うわっ、すごっ」
「私、あんなカッコイイ人初めて見た!」
「足長っ。絶対普通の人じゃないって。モデル?」
そんな女の子たちの会話が聞こえてくる。
女の子たちの視線の先にいるのは……蒼二君だ。
しかし、当の本人は、周囲の視線など気にしていない。涼しげな顔で本を読んでいる。
声かけにくいわ……。
もっと、おしゃれをしてくるべきだったかも……。
急に自分の格好が気になり出す。
でも、頑張りすぎて、蒼二君に変に思われたら恥ずかしいし……。
蒼二君と私は友達なのだ。それ以上でもそれ以下でもない、たぶん。
よし!
意を決して、彼に駆け寄る。
「蒼二君!」
私が名を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げて、私に笑顔を向ける。
「ごめんなさい。待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだから」
そんな会話を交わす。
これって、恋人同士の会話みたい……。
って、違う違う、そうじゃない。
でも……
優しい笑顔を浮かべる蒼二君の顔を見て思う。
男の子と二人で遊ぶってどうなのかしら?
普通、こういうのはデートって言う気がするんだけど……。
単なる友達でも、こういうのはアリなの? どうなの?
頭の中で、そんな考えがグルグル回る。
友達も恋人もいたことがない私には、残念ながら答えが出そうにない。
「じゃあ、中に入ろうか」
「うん」
疑問を頭の中に留め、笑顔で応じる。
私たちは、水族館の中へと入っていった。
◆◇◆◇◆
「わぁ、すごい……」
エントランスから入ってすぐのホールに、巨大な水槽が設置されていた。
パンフレットの説明によると、比呂田水族館最大の水槽で、その大きさは日本一なんだそう。
比呂田水族館は、上から下の階に下がっていく構造となっており、この巨大な水槽は下の階にも続いていた。
水槽の中では、大きな魚と小さな魚が入り交じり、気持ちよさそうに泳いでいる。薄暗いホールとは対照的に、水槽へは水面の上から光が差し込み、水の中を明るく照らし出している。
「ジンベイザメが泳いでいるね」
蒼二君が指をさして言う。斑目模様の大きな魚が水槽の奥でゆったりと泳いでいる。
「サメって言うけど、全然恐そうじゃないのね」
「そうだね。ジンベイザメは体は大きいけど、プランクトンしか食べない大人しいサメだから」
「そうなんだ。プランクトンしか食べないなんて、お腹空かないのかしら?」
「食べる量がすごいから大丈夫なんだろうね。大きなもので一日30㎏は食べるらしいよ」
「30㎏! それはすごいね」
そんな会話をしながら、水槽の前にあるベンチに座って、しばらく魚たちを眺める。
「なんだか、魚ってずっと見ていられるね」
「そうだね」
私の言葉に、蒼二君が同意する。
穏やかで静かな時間。
いつも任務でバタバタしているから、こういう時間は貴重ね。
それにしても……
蒼二君の方をチラリと見る。彼は静かに魚を眺めている。
蒼二君って、最初に私が思い描いていたイメージと違う。もちろん私のイメージは、舞の記憶によるものだけど。
テレビの中のスターブルーは、常に冷静沈着で、頭の切れる参謀って感じだった。クールで冷たそうに見えるけど、実は仲間や正義を思う気持ちは誰よりも熱い。そんなキャラクター。
でも、今私と一緒にいる蒼二君は、全然違う。外見は舞の記憶のスターブルーと同じでクールな感じだけど、中身は物静かで優しい。まるで穏やかな海のような人。
一緒にいると落ち着く。彼の持つ柔らかな空気のせいかしら?
「生富さんが好きだって言ってた本、読んでみたんだ」
蒼二君が、静かに言った。
「私が好きって言った本って?」
「ほら、初めて会ったとき、言ってただろ? この本が好きだって」
ああ、そう言えば、蒼二君とは本屋さんで初めて出会ったのよね。私が本を取れなくて困っていたら、取ってくれたんだっけ。
「読んだの、あの本? どうだった?」
「面白かったよ。世界観が凝っていて読み応えがあったし、何より主人公が良かったな」
「そうでしょ! あの主人公カッコいいわよね! 私も大好き」
勢い込んで言うと、蒼二君がクスリと笑った。
「確かに格好良かったな。最後の戦いで、味方を激励するシーンなんか特に」
うんうん、蒼二君、わかってるじゃないの!
「あのシーン、冒頭のシーンとの対比になっているのよね。最初はオドオドしていて、他人の顔色ばかりうかがっていた主人公が、最後は仲間たちを叱咤激励するほどに成長しているんだもの。グッときちゃった」
「そういえば、最初は別人のように大人しい性格していたね。少年と会ってからだっけ? 変わったのは」
「うん。あそこが物語の転換点よね。彼が出てきてから急に話の流れがかわるもの」
「そこから主人公はどんどん男らしくなっていったな。女の子なのに」
「いつのまにか、どのキャラクターよりも男らしくなっちゃったものね。あっ、蒼二君、あのシーンわかる?」
「どのシーン?」
「主人公が故郷に帰るか、今の場所にとどまるか悩むシーン。主人公の葛藤が切ないほど伝わってきて、読んでて苦しくなっちゃうの」
「物語の終わりの方だね。“どちらを選んでも後悔が残る”って言葉は印象に残っているよ」
「そうね。あれを読んでいると、正解なんてないのかもって思っちゃうわ」
人生は選択の連続よね、本当に。
私なんて、最近迷ってばかり。
これまでのことを思い出し、深ぁく頷く。
「本当に好きなんだね」
「えっ?」
見ると、蒼二君がおかしそうに笑っている。
……しまった! 熱くなって語りすぎた。
好きな小説の話だったから、つい……。
はっと我に返る私。
「まぁ、それなりに……」
恥ずかしくなって、口ごもってしまう。
変な子って思われたかしら……。
「その、蒼二君はどんな本が好きなの?」
恥ずかしさをごまかしつつ、蒼二君に尋ねる。
「俺は、小説だとSFやミステリーが好きだな」
「SFやミステリーかぁ。あっ、私が来るときに読んでた本もそれ?」
「あれはミステリーだね。猫が主人公の探偵ものなんだ」
「えっ、猫が探偵なの? しゃべるの?」
「しゃべりはしないけど、推理するんだ」
「しゃべらないのに推理する?」
私の頭にハテナマークが飛ぶ。
蒼二君がまたおかしそうに笑った。
「今度貸そうか?」
「えっ、いいの?」
「もちろん、いいよ」
やった! 面白そうな小説ゲット!
笑顔で約束を交わす。
今度その小説の1巻を借りることになった。
蒼二君って、他にどんな本を読むのかしら?
「ねぇ、蒼二君は他に好きな作品とか作者とかいるの?」
「まだ、これといったものは……。最近読み始めたばかりだから」
「そうなの。アメリカではあまり本を読まなかったの?」
「実はそうなんだ。これから読もうと思って」
ふーん。蒼二君って、本をたくさん読んでそうなイメージだけど、そうでもないのね。
「あとは、図鑑が好きだな」
「図鑑?」
「うん。子供の頃から好きで、よく眺めてたんだ。見だすと止まらなくなって、よく親に怒られたよ。話しかけても返事はしないし、何を言っても動こうとしないから」
なるほど。一つのことに没頭すると、周りが見えなくなるタイプなのね。
「ふふ、そうなんだ。ちなみにどの図鑑が一番好きなの?」
「生物の図鑑だな。変わった習性があったり、思いもよらない能力があったりして、面白いよ」
生物図鑑かぁ。ということは……
「もしかして、水族館とかも好き?」
蒼二君が私を見て微笑む。
「実はそうなんだ。今日は俺の趣味に付き合わせて悪いけど……」
「そんなことないわ。私、とても楽しみにしてたんだから。ねぇ、魚についても詳しいの?」
「詳しいってほどじゃないけど、少しはわかるよ」
「じゃあ、私に魚のこと教えて。蒼二君の解説が聞きたいわ」
「そう? でも、そういうの鬱陶しくない?」
「鬱陶しい? なんで?」
不思議に思って聞くと、彼はきまりが悪そうな顔をする。
「いや、実は昔、あきれられたことがあって……。その、つい夢中でしゃべりすぎちゃったんだ」
それって、さっきの私みたいに……?
親近感がわく話ね。
「ふふ。じゃあ、ほどほどでお願いします」
私が笑いながら言うと、蒼二君もつられて笑った。
「ああ、そうする」
次回、日曜日に更新。
「任務? 水族館のデート②」




