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 ちいさな、かわいい、わたしの鬼。やっと会えた。また、会えた。

 長く降り続いた雨が途切れて、久々に雲一つなく晴れた空。木の葉の合間からこぼれる切り取られた陽光に、子供は眩しそうに手をかざした。降り注ぐ光。やさしい風に揺られて、雨のしずくをつけたまま山が歓喜の声をあげる。草木の笑い声を耳にして、少女の顔に笑みがこぼれる。機嫌のままに手を振ると、その手に握られた大きな手桶も揺れ――娘は自分の仕事を思い出した。

 手桶の中には雨の間に溜まった汚れ物が積まれている。

 忘れたらまた母に殴られ、食事抜きにされるところだった。少女は桶を眺め見て、笑う。まだ幼い子供には、家族すべての洗い物は重い仕事だったが、それもいつものこと。慣れた足取りで少し離れた川へ向かう。近道に通った山道。その途中で、子供は黒い影を見つけた。一際大きいムクロジの木の下で、蠢くちいさな影。獣の子かと、娘は目を凝らした。

 それは、子供の片手ほどの大きさの――闇だった。山に住む『何か』がいることは知っていた。村の大人たちは、それを恐れ、滅多に山に近づかない。しかし、聞き知っていたものと違い、それは、蠢くだけの力しか持たない――あまりに弱々しいあやかしだった。

 ムクロジの木の下で、娘はそれと出会った。おそるおそる近づき、手を伸ばす。幼い手のひらに掬いあげられ、影が震えた。


 なんだ、お前。お前は、『ムク』か?


 ムクロジの黒い種子を、ムクと呼ぶ。かの木は、邪を払うと言い伝えられ、寺社に植えられる聖なる木であり、その種子は坊主の持つ数珠の材料としても使用される。ならば、この闇は悪しきものではないのではないか。問いかけた先。手の平の上で、『ムク』と名付けた闇が、わずかに身じろいだ。

 まるで笑っているようだと、少女は笑った。


 それから山に入る度に、少女は闇に会いに行った。木の実を与えてやると、嬉しそうに食んだ。影は呼び声に応えるように少しずつ濃く大きくなり、やがて片言で人の言葉を理解するようになった。少女には年の近い友人がなかったので、素直にそれを喜び、秘密の語らいを楽しむようになった。

 暑いかと問えば、暑いと返る。寒いかと問えば、寒いと返る。意味のない答えも、少女には格段に嬉しかった。親の目を盗んで、語らいは続く。夏が滴り、秋に染まり、冬は積もって、春が咲く。季節は廻り、年月は過ぎる。少女の手足が伸びて、その体が丸みを帯びる。大人に近づく、時間。そうして、語り続けると、やがて影は少女が喜ぶようにと、人の姿を真似て形を作った。しかし所詮人まね。人としての形を真似きることのできなかったものの頭部には、人には決して存在しないもの――長く伸びた角があった。いびつにできた人の形。少女はそれでも喜んで、彼の頬に手を伸ばす。


 ムク、ムク、わたしの鬼。わたしだけの、鬼。


 呼びかける娘の声に、彼が笑う。触れた手にほおずりして、甘えるようにその手をからます。離れぬように、からみあった指先。それが永遠に続くと――ふたりは信じていた。

 それこそ、のちの世、深山の鬼と恐れられるものの、はじまりだった。


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