6
言いようのない疲弊を抱えて家に帰ると、すでに温かな食事が用意されていた。老婆が労わるようにむくを迎える。並べられた手料理はどれも、手間のかかったものだった。
「むく、ご飯よ」
「……いりません」
「自分でご飯を食べれるようにならないと……もう、剛鬼様はいないんだから」
むくは老女を睨み付けたが、彼女がひるむことは無かった。むくの前に食事を並べ、座るようにと促した。
並べられたものの中、むくの嫌いな人参ご飯があった。それも、中に入った人参は、どれもわざわざ型抜きされており、うさぎや猫。鬼の形を取って、ご飯の中に、まじっていた。
「……なんで、こんな面倒なことするんですか」
「そうだね、面倒くさいね……下ごしらえっていうのは、手間なんだよ。――だけどね。手間っていうのは、愛情なんだよ」
むくは、大きく目を開いた。
「押しつけがましいかもしれない。だけど、食べることは、生きることだ。私はね、むく。あんたに、おいしいご飯を食べてほしいんだ……むく。春鬼様には会えた? 妖になるか、決めた?」
「……」
「……ずっと、気になっていた。春人様と、何があったんだ。気付いてる? あんた、ここであの子と会ったとき、とても酷い顔をしていたよ」
「……春人様は、泣いていた私を見つけました」
深山に贄として捧げられた少女を、春人が救った。彼はむくに手を差し伸べ、彼女を村に帰してくれた。嬉しかった。母とまた会えると、何も知らない子供は歓喜した。
「だけど……深山から帰ってきた私を迎えたのは」
(――何で、帰ってきたの)
おかあさん、おかあさん。あのときの、凍えるような目。冷たい声が、むくに焼き付いている。
抵抗すると、有無をいわさず殴られた。逃げないように、両手足をきつく縄で縛られ引きずられ――むくは、再び深山に捧げられた。二度。母に捨てられた。
「――あの子さえいなければ。私は知らないまま死ねたのに」
はじめから。逆恨みなのは、分かっていた。それでも、憎まなければ自分を保てなかった。母が自分を忌まわしく思っていた事実など――知りたくなどなかった。
「……あの村は、いつまで経っても変わらないんだね」
辛かったね。よく、分かるよ。少女の告白に、老婆は静かに微笑んだ。
「……今も、春鬼様がいやかい」
むくは、即座に首を振った。
「あの子、泣いてた。いつも泣いてたけど。これからは、きっと。ずっと泣く」
ぽろりと、目の端から涙が落ちた。老婆はむくの手に、箸を握らせ、人参ご飯を差し出した。茶碗を受け取り、箸を使う。鬼の形にくりぬかれた、人参。口に入れると、中であまくほろりと溶けた。
「……う」
無心で、米を掻き込む。涙がこぼれて。頭を撫でてくれる老婆の手が熱くて、むくは更に涙をこぼした。
「うううううぅ」
次々とあふれる涙で、視界がゆがむ。しかし、その目は確かに見ていた。剛鬼の笑顔。春人の包帯姿。それが鮮明に浮かぶ。声は、喉の奥から飛び出していた。
「私っ、妖には、なりたくない」
空になった茶碗を差出し、むくは言った。
「私は人間だけどっ。人間だから」
包帯まみれの少年は、きっと今も泣いている。
「だからこそ、春人様の……ううん。はるちゃんの、そばにはいたい」
「そう……」
「私、わがままですか」
「わがままでもいいの。あんたが生きてくれるなら。私はそれだけで、いいのよ」
彼女の微笑んだ顔が、祖母に似て見えた。そんなこと、あるわけがないのに。彼女の手は、変わらずむくの頭に添えられた。




