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三つ目の夜 ― 誰も知らない物語 ―  作者: 卯月めい


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03:地下の魔法陣

 手元の紙の上に描いた複雑な模様。更に特殊文字を並べ各々を円で囲んだ。

 ここまでで一旦手を止め、テーブルを挟んで向かい側にいるエルダと目を合わせる。エルダが頷いた。

 全体を囲うように大きな円を描き、ペンを置く。


「魔力、流します」


 研究室の中には、歳が近い人から親子よりも離れた年齢の人まで数人が集まっており、今この場の全員が描き終えたばかりの魔法陣に注目をしていた。


 スーッと溶け込むように魔力が紙へ流れ込んでいく。

 複雑な模様の一つ一つに魔力の光が巡り、一つの光で繋がった瞬間、陣の中央から立ち上った光が丸く弧を描き、半円のように陣の外側の円へ繋がっていた。


「……やった、成功だっ!!」

「やったな!! おめでとうトール!」


 パンッと合わせたエルダの手を強く握った。魔法陣の発動に部屋中が沸いていた。

 数十年と動きがなかった研究が、この一年半で信じられない速度で動き、解明と発動まで漕ぎ着けたという。


「お前ら本当すげぇよ! 二人とも首席だったんだっけ? イスタとノベリアの」

「俺の場合はただ勉強が出来たってだけで、魔力を持ってるトールのようにいきません」


 魔力だけあってもどうしようもない。

 その点エルダは魔法陣の解読に長けている。長年研究室に居る先輩方より頭一つも二つも抜きん出ている。


「そんなことないよ。魔法陣がなきゃ魔力なんて意味を持たないんだから。解読してくれたエルダや先輩方のお陰です」

「なんだよ、良いこと言いやがって。それを理解して描いたのはお前じゃねぇかよ、首席め」


 達成感に笑顔が飛び交った。

 古代魔法陣の解読と発動は、きっと国の中枢にも届くのだろう。

 この魔法陣が何に役立つのかは正直まだわかっていない。触れたところでただの光のドームだ。歴史書に一緒に残されたメモ書きは魔法陣よりも摩りきれ、読み取ることはできず……今に至る。

 一体何のための物だろう、そう思いながら陣に流した魔力を抜いた。

 描かれていた魔法陣は消え、そこにはただの紙だけが残る。一度魔力を流した魔法陣が消えてしまうことは授業でも経験したが、その紙に再度魔力を流せばまた浮かび上がるということは研究書で知った内容だ。


「この紙貰っていいですか?」

「ああ、構わねぇ。何てったって俺らには見えねぇからな。エルダ! 研究用に新しいの数枚描いてくれ!」

「え、俺ですか? 書くのは苦手なんですよね、はは。まあ、この先何十年と居るつもりなんで、描いてればそのうち上手になりますかね」


 そう言ってエルダは笑った。

 本来であれば僕の任期はあと半年。一年半この研究所で研究をしてきたのだ。エルダは一年の任期が終わり、そのまま更新して残ることを決めている。

 一年経った時、イスタから王都にきていた人たちは殆ど故郷へ戻ってしまった。

 残っているのは、元から任期が二年だった僕と、ミディアの親友であるアニス。そう、アニスは——


「そっか、エルダは王都で結婚するんだったな。イスタの城下付近の村の子だったか?」

「ええ、アニスです」

「そっかそっか、優秀なエルダが残るなら東の村の人間でもいいか」

「……アニスも優秀ですから」


 エルダの口元だけがニコリと笑う。

 王都の人々は、この場所に住んでることに意味を感じているようで、領地の城下もそうだけれど、その領地内の村や町の人間をかなり見下している。おなじ"人"なのに、住んでる場所だけで何が違うのだろう。

 彼らは口癖のように言うのだ「私たちは選ばれた人間だ」と。


「お前らも王都(ここ)に来る時に貰っただろう、この石。これを持っているものしか王都に入ることが出来ない」

「そう、これを持ってるのは選ばれた人間なんだよ」


 王都イニディウム。

 それは広大な平原の中にポツンとある大都市。


 「肌身離さず持ち歩け、必ずだ。これがあるものしか王都には入ることが出来ないからな」


 一年半前に王都に入る前に、削られたような石が縛ってあるペンダントを渡され、そう説明された覚えがある。

 結局のところ、二年は王都を出ることを許されないので、()()こともないのだけど。

 ぼんやりとそんなことを思いながら首から下がるその石に軽く触れた。

 そんな少しばかり上の空だった僕に、話が向けられる。内容は……代わり映えもなく毎度のことだ。

 何度聞いても許せない内容だが、ナスタムさんが言っていたように、王都とはこういう場所なのだ。受け流す他ない。

 僕の答えは決まっているのだ。


「何度も言うけどよ、トールもこっちに残らなねぇか? 魔力持ちは本当に必要なんだ。お偉いさんからもこっちで結婚するように言われてんだろ? イスタ城下の女なんかより、いい女が沢山いるぜ?」


 エルダが心配そうにこちらを見ていた。

 大丈夫と伝える為に、にこりと笑顔を浮かべる。


「何度も言っていますが、来た時から今も村に帰るという気持ちは変わりませんよ。それは上の方に何度も話してます。研究は楽しいですが、かけがえのない人がイスタにはいるので」

「あーあ、お前も頑なだなぁ。奥の村()()()の出身で、選ばれるのは奇跡だろうに」

「あれか? そんなに()()()()()()()のか、その女。はははっ」


 ぎゃはぎゃはと笑うその下劣な声に、自分でなくミディアへの侮辱が受け取れてカッと怒りが沸いた。

 この場では冷静になれない、離れよう。


 ——バンッ

 勢いよく叩いてしまった机。顔に笑顔は張り付けたままだ。


「すみません、手が当たってしまって。今日はもうおしまいですよね? 僕上がりますね。お疲れさまでした」

「あ、俺も! お疲れ様でした」


 研究室の扉を出て、大きく息を吸い込んだ。そのまま吐き切れるだけ吐いて、ドアの前にしゃがみこむ。

 僕の肩にポンと大きな手が乗った。


「よく堪えた」

「はは、堪えれたのかな。机叩いちゃったよ」

「それだけで耐えたんだから、すげーよ」


 王都に来てから、領地ごとに違う価値観にも気づいた。王都の東にあるイスタ領と、北のノベリア領。ここの出身者は感覚が近い気がする。生まれた場所で人を見たりはしない。

 対して西のウェルス、南のサウール。この領出身の人々は王都に溶け込みやすい。領地でもそのような教育がされているのかもしれない。

 任期を終えて王都に残ろうとするのは、エルダやアニスのような理由がない限りは、殆どがウェルスとサウールの出身者だ。


「あと半年。早くミディアに会いたい……」

「友達の前で堂々と惚気るな」

「いいだろ、今日くらい」


 パチリとあった視線に二人して笑ってしまう。

 さっきまでのイラつきも少し収まったようだ。

 ローブから時計を出した。時針(ときばり)はまもなく16の刻をさそうとしている。


「そろそろ僕は手紙を受け取って部屋に戻るよ」

「ああ、お疲れ様。また明日」


 エルダに手を振って、少し早足で研究所の受付に向かい、自分宛の手紙を受け取る。

 差出人の部分には、見慣れた優しい綺麗な字で書かれたミディアの名前。


 急いで寮の部屋に持ち帰り、封を切った。

 取り出した手紙の一枚目に思わず声が出る。


「センディットっ」


 - - - - - - - - - - - -

 トール

 これを見て愕然としてる、君の姿が目に浮かぶよ。

 城下でばったりにミディアに会ってね。

 面白そうだから、一枚目に入れてと渡したんだ。

 きっと効果は抜群だっただろう?

 あと半年、君に会えることも楽しみにしているよ。

 p.s. 次に会ったときは妻を紹介するよ

               センディット

 - - - - - - - - - - - -


 開封した瞬間は、なんでだよ、と突っ込みたくもなったけど、いたずらな心溢れる親友からの手紙も一緒に届いたことに、心が温かくなる。

 

「妻、かぁ」

 

 口元が緩んだ。

 そのままミディアからの手紙も読んでいく。

 可愛らしい花の便箋三枚分。楽しかったことや、美味しかったもの、一緒に出掛けたい場所、些細なことから事件のような出来事まで、一緒にいないと知り得ない、日々の出来事を綴ってくれている。

 一緒にいれないからこそ共有したい大切なこと。

 最後はこう締められていた。

 

 - - - - - - - - - - - -


 ——あと半年。

 心からの笑顔でトールと会えるように。

          あなたの ミディア

 - - - - - - - - - - - -


 あと半年でミディアに会える。

 ただそれだけで、頑張ろうと思えるのだ。


 翌日。所長に連れられたのは王都の地下空間。

 今この瞬間まで、こんな空間があることすら知らなかったというのに。エルダと僕はその広さにただただ呆気にとられていたが、所長の一言に研究者としての心が揺れた。


「ここには魔法がかけてある……という言い伝えがある」


 存外ざっくりとしたその内容も僕たちの興味をひくには十分で、そのまま所長の話に耳を傾けた。


 所長が帰ってすぐに僕たちは周りを見渡した、岩だらけで、それでいて不思議と開けた空間。

 明らかに自然に出来た洞窟ではない。人為的且つ計算されて拓かれた場所だろう。

 何より一番不可解なことは、地下空間であるのに明るいことだろう。


「窓がないのに、ここじゃ寝れそうにないな」


 エルダのそんな冗談に「確かに」と小さく笑った。

 天井、壁、床。魔法陣は見当たらない。

 こんなに明るいのだ、何処かで魔法が発動していることは間違いないだろう。


「トール、魔法陣あったか?」

「全くない。一体どこに……あ」


 探していたものではないが、何かある。

 それは採石跡のような場所。よくみると一ヶ所ではなく等間隔に、まるで決められた場所があるように石を削り出した跡がある。

 エルダがその場に転がる岩の欠片を手に取った。


「これ……どこかで……」


 エルダの手元の切り出された石にハッとした。


「エルダ! この石、一緒だ」


 肌身離さずと言われて首から下げていたそれを取り出す。大きさは違えど、石に詳しくない素人目にもわかる程、それは一致していたのだ。


「ここの石を王都の人々が持っていて……この石は王都に入るために必要ってことか?」

「うん。だとしたら、ここにある魔法陣は王都に外部の人間を入れないようにするための、結界のようなものってことだろうね」


 所長は「魔法が掛けてある……という言い伝えがある」と話してくれた。

 "掛けてある"ということや、空間の明るい状況からして魔法が発動しているのは確かだろう。

 でも、だったら肝心な魔法陣はどこにある?


「王都の守りとなれば、魔法陣だって迂闊な場所には描けないだろうな。だとすると見えにくい場所に隠してんのか……」


 隠してる? 見えなくする?

 もしも、発動後魔力を抜いた魔法陣のように発動中の魔法陣も隠すことができるなら。

  

 床に手を置いた。

 ゆっくりと魔力を流す。するとどうだろう、足元に見たことない程大きな魔方陣がうっすらと浮かび上がってくるではないか。


「エルダ! メモ取れるかっ」

「もうやってる!!」


 僕が一度に流せる魔力程度では、メモを書き終えるまで魔法陣を浮き上がらせることが出来ない。それもその時に浮かび上がる魔法陣は全体のほんの一部のようだった。

 規模が違いすぎる。この空間いっぱいに魔法陣が描かれているのだろう。

 そんな大規模な魔法陣が王都地下、僕たちの足元で今この瞬間も発動しているなんて。

 

 その日から、僕たちの研究は地下にある魔法陣の解読になった。

 毎日少しずつ魔力を流し、浮かび上がった部分をエルダが書き写していく。書き写した部分を研究所に持ち帰り先輩たちと解読、清書……——。日々の繰り返しは新たな発見に溢れていた。

 

 毎日地下に通う。そんな日々を過ごし、全ての魔法陣を写し終えた頃には三ヶ月が過ぎ、八の月となっていた。


「トール……これって……」


 写し終えた紙を見て、エルダが呟く。


「うん。()()()()()と殆ど同じだ」


 目の前の紙に描かれた魔法陣。

 それは三ヶ月前。地下空間を調べ始める前日に発動させた光のドーム、あの魔法陣と同じもの。

 一部違うのは王都民に配られた石が関係しているのだろう。


「は、ははっ、すごい……っ」


 思わず声に出た。


「古代か、どんな時代だったんだろうな」


 こんな規模の魔法陣、一体何人で描いたのだろうか。そして今もなお発動し続ける大規模な魔法。外部の人間の侵入を一切許さない結界。一体何人のエルフがどれだけの魔力を流し込めばいいのだろう。

 古代はそれだけ争いが絶えない時代だったんだろうか。


 エルフと人間が交わり、エルフは段々とその数を減らしていった。もしも、まだエルフが現存していたのであれば……この世界はもっと違う形だったのかもしれない。


 翌日は休暇だった。

 久しぶりに街に出た。特にこれといった予定はなかったけど、何気なく見ていたお店にキラリと光るネックレスを見つけた。

 アクアマリンが一粒ついたシンプルな物だった。ミディアの瞳の色だ。きっと彼女によく似合う。

 そう思った時には既に店の扉を開けていた。


 綺麗に小さな小箱を受け取り、店の外に出る。

 彼女に渡すことを考えるだけで胸が高鳴った。あと二ヶ月だ。そんなことを考えていると、懐かしい声に呼び止められた。


「トールか?」


 振り向いてそこにいたのは、学生時代の恩師だった。記憶の中の姿と変わらず、元気そうな姿に懐かしい気持ちがよみがえってくる。


「先生! お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、トールも元気そうで安心したよ」


 眉を下げ微笑んでくれたのは、王都での扱いを心配してくれてのことだろう。


「ありがとうございます。先生はどうして王都に?」

「ああ、私たち教師は王都の所属なんだ、そのせいだ」


 王都の所属のせい?

 いまいち理解できず首を傾げた。

 王都に家があるのなら、帰る場所が王都なのは当然のことだ。でも今は八の月。

 三学期目が始まったばかりなはずだ。

 少し前にリセからも「もうすぐ学校が始まる」と手紙が届いていた。


「もう授業は始まってますよね?」

「それなんだが、休校になったんだ」

「休校、ですか?」


 聞きなれない言葉に瞬きが増えた。

 先生は「うーん」と何やら考えるような素振りを見せ、ゆっくり話し始めた。


「王都から帰還命令が出たんだ。生徒たちには悪いが、今期の授業は休みだ。先のことはまた国から通達されていない」

「生徒は学校に?」

「まさか。皆家に帰ってもらったよ。聞いた話によると、夜が訪れる、と」

「……夜?」


 その後は先生と別れた。

 街からの帰り、研究所の受付にいつものように手紙を受け取りに行くと言われた一言。


「今日はどなたの手紙も届いておりません」

 

 一年と八ヶ月にして、初めての出来事だった。

選民思考が根付く王都。

彼らはそれを、悪いことだと思っていません。それが彼らの普通なんです。だからこそ、やりきれない。

続きは明日の更新です。

よろしくお願いします。

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