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三つ目の夜 ― 誰も知らない物語 ―  作者: 卯月めい


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4/5

04:夜

 学校を卒業してからは、その言葉すら忘れかけていた。


 夜——


 ヨルが訪れる、先生はそう言った。

 翌日の研究所でエルダや先輩たちにその話をしたところ、先輩たちには少し前に通達がされていたらしい。

 研究所では、僕とエルダだけが知らなかったこの事態。地下空間の魔法陣解読が大詰めで、それを優先させるため、上層部から伝えるなと伝達されていたとのことだった。


「懐かしいよな。学校で習ったっきりだから……もう二十年くらい前の記憶だし、殆ど覚えてねぇな」

「あー、確か紀元前にエルフ達が経験してて、夜で文明発展するって話だろ?」


 確かにそうだ、そう習った。

 でも、エルフがいない現代でも本当にそうと言いきれるのだろうか。そもそも夜とは一体何なのだろうか。


「夜に関する文献って、この研究所にはないんですか」

「トール?」


 エルダが不安そうにこちらを向いた。

  

「ん、何だか気になって。巨大魔法陣の解読は勿論やるよ。夜のことは仕事の時間が終わってから調べるから」

「そっか。じゃあ、俺も手伝うよ」

「はは、首席様達は考えることが違うなぁ」

「文献は所長なら知ってるかもしれねぇな、お勉強が頑張れよ」


 ゲラゲラと笑う先輩たちを気にとめることはしない。先輩たちにお礼を伝え、所長室に向かった。

 所長に夜について書かれた文献はないかを尋ねると、顔を歪め「地下空間はどうなっている」と問われた。進捗を伝え、仕事とは別で調べたいと伝えると、わざとらしくため息をつき、所長室の奥から数冊の本を持って戻ってきた。

 その本を机の上にドンと乱暴に置き、厄介なものを追い払うように吐き捨てた。


「それが全部だ。さっさと持っていけ」


 その日の就寝前、借りた文献を読んだ。

 擦りきれたり、少し破れていたりと読みづらいその本のページをそろりと捲る。破かないよう細心の注意を払いながらゆっくり読み進めなければならないのが歯がゆい。


 やはり、書いてあることは学校の教科書とさほど変わりない。 

 始まりの光。エルフがその光を絶やすことなく守ってきたと言うこと。

 一つ目の夜、二つ目の夜……夜が来る度に文明が発展し、今の王都イニディウムがあるということ。


「空を覆う闇、王都は光を失わない、か。……はぁ……」


 ため息が漏れた。何がこんなにも不安なのだろうか。自分でもはっきりとしない気持ちを落ち着かせるために机の引き出しに手を掛けた。

 

 ——ガラガラ

 

 一番大きな引き出し。

 その中に入れた箱から一通の手紙を取り出した。


 - - - - - - - - - - - -

 あと二ヶ月だね。

 久々に会うトールは大人っぽくなってるのかな。

 私は……どうかな。大人っぽくなれてるのかな。

 会った時に教えてね?

 私がちゃんと大人っぽくなれてるか。

 - - - - - - - - - - - -


「ははっ、どんなミディアでも綺麗に決まってるのに……」


 ……手紙が届かなかった。

 途切れることがなかった手紙が来なかった。

 夜のこと、手紙のこと……一度に起きてしまった、きっとタイミングが悪かったんだ。このことが不安にさせてる原因なのだろう。


 パタンと本を閉じた。

 ここのところ、地下の巨大魔法陣の解読に追われていた。楽しくやっていたつもりだけど、もしかしたらすごく疲れているのかもしれない。体が弱って、心まで引きずられてるのかもしれない。

 今日はもう寝よう。明日起きたらまた魔法陣の解読からスタートだ。

 カーテンを閉めベッドに横になると、手足の力が抜けていくのを感じた。ふわふわとする感覚の中、まぶたの重みを感じながら、ぼんやりと考えた。

 明日ミディアに手紙を書こう、と。


 目が覚めたのは、時計のベルが鳴ったからではない。部屋のドアの向こうが、バタバタガヤガヤとうるさかったからだ。

 まだ眠い目を擦りながら時計を見ると時針(ときばり)は5の刻を少しだけ過ぎた位置を指していた。

 いつもだったら、まだ少し寝れると目を閉じるが、今日は外のざわつきがやけに気になる。

 この寮の住人だけで、こんなにも賑やかになるものだろうか。そう思って部屋から出ると、皆が外に向かって建物を出ていくのが見えた。

 そして、そのざわつきは寮を出た先で起きているようだった。


 外に何があるんだろう。

 そう思い階段を下りた。建物の外に一歩踏み出す。


 その異常な光景が、僕までもざわつきの一部に変えてしまう。

 

「なんだよ、これ……」


 理解が追い付かなかった。

 

 見える範囲の王都民が一斉に空を見上げている。あんなに青く澄みきっていた空が黒に覆われていた。

 不思議なのは、空は黒に覆われているのに王都は明るいことだ。まるで見えない天井でもあるかのように、その黒は一定の高度から下へは降りてこない。


 一番近くの東の門へ視線を移すと、王都の外にまだいつもの景色が見えた。

 どうやらあの黒は一気に空を塗り替えているわけではないらしい。


「……はっ? なんだよ、これ」


 走って出てきたエルダが、空を見上げそう言った。

 この謎の現象の前では誰もが同じ内容を口にすることしか出来ないようだ。


「東の門の方角がまだ明るい、行ってくるよ」

「おい! トール! 異常事態だ。勝手に動くのはまずいんじゃないか、指示を仰いだ方が——」


 走り出そうとしたその時、エルダに名前を呼ばれ踏みとどまった。


「トール」

 

 エルダに視線を向けると、僕の名前を呼んだ彼の視線は空に向いたままだ。

 そのまま、エルダが思い出したようにポツリと呟いた。


「……空を覆う闇、夜——」


 夜——

 その言葉に、僕はまだ光が指す方へと走り出した。


 東の門の方角には、まだ黒が来ていない空間があるようだった。門に近づいてくると、人の動きが見えるようになって、草原が見える空間を走って王都へ向かってくる人々が見えてきた。

 走ってこちらへ向かう人たちは黒に追われ、一人また一人とその中に飲まれていく。

 近づく程にはっきりと黒が見えてくる。雨雲でも霧でも影でもない、あれは闇だ。あんなものの中に入ってしまっては右も左も関係ない。王都が目の前にあるとわかっていても、真っ暗できっと不安だろう。

 出来るだけ早く助け出さなければ。

そんな事を考えていると、門から少しずれた場所に小さい子供を抱いた母親が立っているのを見つけた。

 門も塀も何もない場所なのに、まるで透明な壁でもあるかのように、その親子の侵入を拒んでいる。

 外部の侵入を防ぐように……そうか——


 ——石だ


 あの地下空間の魔法陣に王都は守られているのだ。だから許可証の変わりになる石を持っていないあの親子は見えない壁に憚られている。


 走れば間に合いそうだ。

 彼女達が闇に飲まれて不安な思いをする前に、石を持っている僕が彼女を此方へ引き入れれば。そうすれば、彼女は王都に()()()()ことが出来る。


 ——……()()()()


 一瞬、自分自身の思考に疑問を抱くも、今はあの親子が優先だ。親子の元へ急いだ。

 闇が迫る。母親と目があった。


「助けて下さいっ! お願いです!! 助けてっ」「今行きます!」


 彼女の体が徐々に闇に飲まれていく。

 僕の伸ばした手は見えない壁を抜け、彼女の手を掴んだ。

 間に合った。


 人一人引き寄せる分だけ力を込め、勢いよく引っ張り込んだ。

 引っ張る瞬間に感じた重みは、想定していたものとは全く違い……結果、僕はバランスを崩しそのまま後ろに倒れ込む。  

 彼女は小さい子供を抱いていた。僕が転んでしまったばっかりに、怪我をしてしまったかもしれない。


「ごめんなさい! 怪我は——ッ」


 僕は確かに、闇に飲まれた彼女の手を掴んだんだ。

 そう、掴んでいた、彼女の腕を。今も掴んでいる、彼女の腕を。


 腕だけを——


 

だんだんと。

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