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三つ目の夜 ― 誰も知らない物語 ―  作者: 卯月めい


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02:約束、そして王都へ

 畑に向かったのは10の刻を少し過ぎた頃だった。

 作業中のニックに視線を向ける。


「……ニックか……」


 考えていことが小さく声になったその瞬間、僕の足はリセの足の下敷きになった。それもぐぐっと圧力を加えてくる。


「余計なこと言わないでって言ったよね?」


 にっこりと微笑むあの可愛らしい表情と、兄の足を踏み潰すという行動。まさか同時に行われてるなんて。女子って怖いんだな。


「お前ら本当に仲良いな」

 

 足に乗ってた重みが一瞬にして消えた。

 今朝まで全くもって気付かなかったけど、今まさに、リセが女子になっている。


「トールから熱烈な視線を感じると思ったら、リセに足踏まれてんのなんで?」


 ケラケラと笑いながらニックがこちらに向かって来た。

 何だろう、すごく嫌な予感がする。

 そう思った次の瞬間には、ニックが口角を上げニヤリと笑っていた。


「そもそも、お前が熱い視線を送る先は、愛しの彼女が住んでるイスタの城下街がある方向……そっち、だろ?」


 やられた。

 ミディアのことは、三の食事の時にゆっくり家族に話そうと思っていたので、まだ何にも伝えてない。どうしたものか、チラリとリセを見ると何故だか小さくふるふると震えているように見える。


「リセ……? どうし——」

「お兄ちゃん……ねーっ! 何でもっと早く言ってくれないの?! 名前は?! 彼女どんな人?! いつから付き合ってるの?!」


 ぐいぐいと詰め寄ってくるリセの目はキラキラとしている。リセの大声で周りに居た大人たちにも聞こえてしまったようだ、微笑ましく注目されていることに気付いた。

 ……何だろう、気まずい。

 その瞬間、何故かニックが自慢げに話し始める。


「名前は、ミディア。薄いピンクの髪の毛は肩より少し長めで、見た目は可愛らしい感じだけど話すと意外に話しやすいタイプでさ。イスタの城下街に住んでて、付き合い出したのは一昨日、種の日の……えーっと17の刻を少し過ぎたくらいだったかなぁ。食堂でトールが告白して、周りに居た女子たちが『きゃーっ』って——イテッ」


 ゴツンと鈍い音が響く。石頭を殴った拳が痛い。

 なんで僕が食事の時に伝えようとしてた内容よりも事細かに内容を喋ってるんだ。


「ニック、もう黙って」

「えー、だってお前、こう言うことは早めに話さないとだろ?」


 この後来る質問責めになるであろう二の食事時間ですら憂鬱に思えた。


◆ ◆ ◆


 「——っと言うのも一つの仮説となっている。そもそも、この文章は抽出されていて、一年の教科書の最初のページに載っていたのだが——」


 一月の休暇はあっという間だった。

 初日から思いがけずバタついたけど、最終的にはいつも通りの優しい時間だった。

 因みに僕は将来ニックの義兄になることが決まった。

 

 そんな僕は僕で、村に帰る前にミディアと約束していたことがある。

 それは彼女の実家に行くこと。

 交際するに当たっての挨拶、そして王都勤務が終わる二年後にミディアを迎えに行くということを伝えるのが目的だった。


 二年も待たせた上に、奥の村にミディアを連れて行くなんてきっと大反対されるに違いない。そう思って覚悟して向かったのに、出迎えてくれたミディアの両親は僕のことをとても温かく迎え入れてくれた。

 聞けばミディアのお母さん——ミルラさんは、僕の村の隣の村の出身で、恋愛結婚だったらしい。そしてその当時、ミディアのお父さんであるナスタムさんの両親に猛反対をされたそう。ナスタムさんが両親を説き伏せ今では良好な関係が築けていると言う。

 だからこそ、子供の幸せを見守りたいと教えてくれた。


 その日はナスタムさんから泊まるように言われ、お世話になることになった。

 寝る前に男同士で話そうなんて部屋に呼ばれたものだから、また少し緊張してしまったけど。


「俺も昔、一年間だけ王都で働いてたんだ。トールくんとは違う仕事だけど、王都という場所については少し知っているつもりだよ」


 王都民以外の者の扱い、理不尽なヒエラルキー。そんな中での二年間の生活は心が削られる思いだったという。

 

「二年後に心優しい変わらぬ君が迎えに来てくれることを信じてるよ」

「はい、約束します」


 そう答えると「よし」と立ち上がり何やら引き出しから取り出し戻ってきて、真剣な顔で僕に向き合った。


「君が迎えにきた時に子供が二歳を迎えてるなんてことは絶対あってはならない」

「……子供? え、あっ、も、もちろんです!!」


 何の話か頭が追い付かなかったのはほんの一瞬で、ナスタムさんが何を言いたいのか理解した瞬間、一瞬にして顔に熱が上がるのを感じた。


「ははっ、意外と初だな。俺が学生の時はミルラと付き合う前に数人と……っと、いかんいかん、今のは内緒だ」


 ナスタムさん、意外とやんちゃしていたのだろうか。


「まあ、とにかくだ。子供を作ることは今はまだ許さん。だから、ちゃんと備えるように。男の責任だ」


 そう言って手渡されたのは……避妊具だった。


「今日は勿論ミディアとは別室だから、それは持ち帰りなさい」

 

 子供はまだだと言いながら、あんなものを渡してくるなんて。そりゃ、僕だって男だし色々考え眠れない時だってあるわけで……。

 そんな出来事を思い出してしまい、またあらぬ妄想が頭を過り始めた。

 あーもう、くそっ!

 浮かぶイメージを振り払うかのように頭を振った。


「トール。どうした、考え事か? お前にしては珍しいじゃないか。さあ、ここはどう解釈しているか答えなさい」


 ハッとした。

 先生に当てられて、今が授業中なことを思い出すなんて。まずい、完全に聞いていなかった。

 そもそも今どのページだろう、数ページ捲ったけれどさっぱりわからない。謝って先生にページ数から教えてもらおう。そう思った時だった。

 後ろの席から背中をつつかれた。そして、聞こえてきた小声。センディットだ。


「121ページ、夜の訪れの文」


 助かった、ありがとう。

 心のなかでお礼を言って、教科書に視線を下げた。


「一つ目の夜、二つ目の夜とそれが訪れる度に文明が発展した。……この文書は書き残された史実から引用したもので、これらを書いたのは僕たち人間よりも遥か昔、紀元前よりも前に生きていた、魔力を持ったエルフだと言われています。王都建立にも最後のエルフが関わっていたと言われています。ただ、それは古代の歴史であって現代ではないので、僕は夜という何かが現代文明の更なる発展に繋がるかどうかは、断定できないと考えます」


 "魔力を持ったエルフがいた時代"がネックなのであればなおのこと。

 当時、エルフがどれだけの魔力を持っていたかなんてわからないけど、現代において魔力を持っている者自体が稀で、その使い方すら知らない。魔力持ちがいる場合のみ学校でほんの一瞬教わる程度だ。

 先生曰く、自分は教師という立場上知っているだけで、実際に使い方を教えるのは今回が教師人生で最初で最後だろう、とのことだった。イスタの学校では僕の代まで百年以上なかったらしい。


「ふむ……よろしい。しかし、センディットに頼らずともページ数は把握しとくように」


 答えることには成功したが、結局上の空だったことは完全にバレバレだったようだ。

 

「つまんねぇの。あたふたするトールが見れると思ったら完璧に答えやがって」

「そうだろうなぁ、ニック。お前はページ数がわかってる今当てても完璧には答えられんだろう?」

「うっ、先生、それ言っちゃ駄目なやつ。えー、だって悔しいじゃん。こいつ当てられる前、絶対エロい事考えたのにー」


 「トールくんはそんなこと考えない! それはニックでしょ!」クラスの女子から僕を擁護する声が上り、ニックと紐付けられた内容に笑いが巻き起こった。


「男なんてそんなもんだよなぁ、センディット、トール!」

「はぁ、巻き込まないでくれ」


 センディットが大きなため息をついた。

 ニックの的を射すぎた発言、女子たちの擁護、僕は痛む胸を撫でながら苦笑いで誤魔化すしかなかった。


 それからは、新しくも変わらない日々の中、いろんな出来事や感情に出会い、毎日進んでいった。

 

 センディットと二人、恋の話をした日もあった。

 休暇の時に初めて婚約者に会ったと話してくれたのだ。

 「……可愛い子だった」と小さく声にしたセンディットがあまりにも、ミディアを想い始めた頃の自分のようで、思わず笑ってしまったのを覚えている。


 一度だけの魔法の授業もあった。

 魔法陣と呼ばれる不思議な模様を丸で囲んだような絵。体の熱を流し込むイメージでその絵に触れると、ゆっくりと伝わった熱が絵に広がっていき、徐々に光を帯びてキラキラと輝き始める。

 この熱が魔力で、魔法陣に魔力を込めることで起こる現象、それが魔法だと、先生が教えてくれた。

 

 ……温かくもかけがえのない日々はあっという間に過ぎ去り、それぞれが別の道へと歩みを進めていく。

 十の月、二週目の実の日。僕たちは卒業した。


 センディット、リンデ、ディル、アニス、そして僕。今年イスタ領の学校から王都に行く五人だ。

 毎年各領地から五人ずつ、二十名の卒業生が王都へ派遣される。

 僕は二年間の雇用が義務付けられているが、皆は一年間。その後残るか帰るかは本人に委ねられるという。

 ニックは村に帰り、リセが卒業する三年後に結婚。そして……ミディアは、二年間城下働いて僕が迎えに行く。


「ニック。手紙を書く、ちゃんと返事を書けよ」

「うぇー、俺そう言うの一番苦手かも」

「まさか学校に行ったリセにも同じこと言うの?」

「リセは別。まあ、センディットお前は気が向いたら返事してやるよ。あ、トールもな」


 僕やニックのように遠くの村から来てる人たちは帰るための馬車の日までは寮に居れる。

 僕たちの馬車は明日の種の日だ。今日が寮過ごすのも最後だ。

 

 センディットを見送ると「お義兄(にい)ちゃん」と何だかニヤニヤとしているニックに肩をポンと叩かれた。その表情に無言で眉を寄せると親指でグイグイと方向を示す。

 その先に居たのはミディアだった。

 

 ヒラヒラと手を振って寮へと歩き始めたニックにありがとう、とお礼を伝えミディアの元へ駆け寄る。

 少し寂しそうな笑顔のまま、僕に言った。


「卒業、おめでとう。トール」

「ありがとう。ミディアも、おめでとう」

「うん……あーもう! 正直言っちゃうと、卒業なんてすごく嫌! 皆と離れ離れになるの寂しい、トールとっ……二年も会えないの寂しすぎる、不安だよ」


 彼女の素直な気持ちが嬉しかった。

 まだ卒業の余韻に浸る人が残るこの場所、抱き締めたい衝動をどうにか押さえ込み、頭の上にポンと手を置いた。


「そうだよね。本当にごめん、待たせることになって」

「うぅ……トールが悪くないことくらい知ってる」

「ふふ、そっか。でも、ごめん。二年経ったらすぐ迎えに行くから」

「……うん」

 

 その後は二人で城下街を歩いたり、三の食事を食べたりと時間を過ごした。

 時計を見ると時針(ときばり)が17と半の刻を指していた。

 ミディアの荷物を寮に取りに帰って家に送り届けることを考えると、そろそろ戻る時間だ。

 学校の敷地に戻り、その余りの静けさに卒業なのだと再認識させられた。寮に近づくにつれミディアの言葉数も心なしか減っている気がする。

 

 いつもだとまだ学生が行き交うこの時間この場所はシンと静まり返り、見慣れたはずの青空が何だかちぐはぐで似合わない。

 

 ……渡すなら今だ。

 急に立ち止まった僕にミディアは首をかしげ「どうしたの?」と微笑んだ。

 卒業前にこっそり買っていた、シンプルな青藍色(せいらんいろ)の石のついたペンダント。

 ずっとタイミングを逃してしまっていた小箱を、制服のローブから取り出す。


「ミディア。二年も待たせることになって、本当にごめん。今の僕にはこんな安物しか用意できないけど、貰ってくれる?」


 受け取った箱を、ミディアがゆっくりと開けた。


「……綺麗。トールの色だね」

「はは、ばれたか。正直、独占欲の塊です」

「ねえ、着けて」


 ミディアが、僕に背を向け髪をあげた。

 そこに見えた白いうなじにゴクリと喉がなる。

 悟られないようにペンダントを付けると、ミディアがくるりとこちらを向いた。


「ねぇ、似合ってる?」

「勿論。すごく綺麗だよ」

「ふふ、うれしい」


 そう笑ったミディアは見とれるほどにきれいだった。


「ねぇ、トール。今日は、このまま一緒に居よ?」


 ドキリと心音が跳ねた。

 

「実はね、お父さんたちにはもう言ってあるの。卒業式の後は種の日に帰りますって……だから、お願い」

「……僕がミディアを好きだってこと、僕が男だってこと、ちゃんとわかってる?」

「うん。だから……——」


 

 ……——種の日の19と半の刻。

 馬車の前、笑顔で手を振る彼女の首元には、小さく輝く青藍色があった。

卒業は、新たな第一歩。

ミディアと幸せに結ばれたトール、よかったね。

続きは本日21時過ぎ頃更新予定です。

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