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三つ目の夜 ― 誰も知らない物語 ―  作者: 卯月めい


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1/5

01:学生最後の休暇

 ツー……ポタッ


「あ、光った」


 何もない闇に落ちた一滴の雫。

 光は波紋のように広がり、闇は再び染め替えようと光を覆っていく。

 ——刹那。


 ……ポタッ


「あ、また光った」


 それは再び波紋となり穏やかに広がり、やがて——


 ◆ ◆ ◆


「なんだよ、これ……」


 理解が追い付かなかった。

 

 見える範囲にいる王都民が一斉に空を見上げている。あんなに青く澄み切っていた空が黒に覆われていた。

 不思議なのは、空は黒に覆われているのに王都は明るいことだ。まるで見えない天井でもあるかのように、その黒は一定の高度から下へは降りてこない。


 一番近くの東の門へ視線を移すと、王都の外にまだいつもの景色が見えた。

 どうやらあの黒は一気に空を塗り替えているわけではないらしい。


「……はっ? なんだよ、これ」


 走って出てきたエルダが、空を見上げそう言った。

 この謎の現象の前では誰もが同じことを口にすることしか出来ないようだ。


「東の門の方角がまだ明るい、行ってくるよ」

「おい! トール! 異常事態だ。勝手に動くのはまずいんじゃないか、先輩たちの指示を仰いだ方が——……トール」


 走り出そうとしたその時、エルダに名前を呼ばれ踏みとどまる。

 エルダに視線を向けると、僕の名前を呼んだ彼の視線は空に向いたままだ。

 そのまま、エルダが思い出したようにポツリと呟いた。


「……空を覆う闇、夜——」


 夜——

 その言葉に、僕はまだ光が差す方へと走り出した。 


 ◆ ◆ ◆


「まーたトールが首席だ」


 学期間の長期休暇前日。今日のサロンはいつも以上に賑やかだ。

 貼り出されたテストの順位にみんなが自分の名前を探している。

 

「今回も僅差じゃないか」

「僅差でも二位は二位だろ? 領主のおぼっちゃん」


 毎度繰り返される二人のやり取りも残すところあと一回だけなのか、そう思うと急に寂しくなった。


「二人ともっ、邪魔になるからとりあえず戻ってきなよ」


 ——カタン

 隣の席の椅子がひかれた。桃色が視界の端に映り込む。見ると、クスクスと笑うミディアがいた。僕と目が合うと優しく微笑んでくれる。彼女のその笑顔に、他の友人たちとは違う感情を覚えたのは入学してすぐのことだった。


「一位おめでとう。トールはすごいなぁ、それに比べて……もうすぐ卒業なのに、あの二人は本当に変わらないね」

「ありがとう。うーん、どうだろう? センディットは変わったと思ってるよ。まあ、ニックに関してはツンツンの髪型含め5歳の頃から変わらないけどね」


 5歳のニックが目に浮かぶとミディアが笑って、その笑顔に僕まで口角が上がった。


「ミディ、十位おめでとう」

「ありがとう、センディット。今回も変わらずだけどね」

「じゃあ順位が三番目の俺が特別に講師になってやろうか?」

()()()って言葉を入れるのを忘れてるぞ」

「あーあ、なんで同じ村で育ったのにトールはそんなに優秀なんだよ。せめて俺にも魔力があればなぁ」


 人混みから戻ってきた二人が同じテーブルの席に座り、ニックが気だるそうにつっぷした。


「成績の上位五位までと魔力持ちは、卒業後にイスタ領を出て王都で働くんだろ?」


 俺も王都に行きてぇよ、とニックがため息を漏らす。そんなニックの発言にミディアが少し寂しそうな笑顔を浮かべた。

 確か彼女の親友の一人が王都に行くはずだ。やはり、友達との別れは寂しいのだろう。


「王都での仕事って言っても通常は一年更新だよ。許可証がなきゃ王都には入れないらしいけど、はやくて一年後にイスタに帰ることだって出来るんだよ」

「……うん」

「でも一年後に帰るかどうかなんか本人しだいだろ?」


 もっともではあるが、ニックの余計な発言にまたミディアの笑顔が曇る。

 ニックの口を閉じさせるような魔法があればいいのに。


「センディットは帰って来るんだろ?」


 ニックの質問に、センディットは少し考えて「ああ」と返事をした。そして、その返事の声より少しだけ抑えられたボリュームで「実は……」と切り出し始めた。

 ポリポリと頬を指でかき、視線は落ち着きなく泳いでいる。


「実は……最近婚約した。王都で一年仕事をして、領主である父の仕事を継ぐためにイスタに戻る予定だ」

「婚やっ、はぁー?!」

「ニック、声抑えて!」


 やっぱりこいつには口を塞ぐ魔法が必要らしい。でも悲しいかな、そんな魔法は存在しないので僕の手がニックの口を塞いでるのが現状だ。

 センディットを見ると頬を赤らめ真剣に僕たちを見ていた。


「センディットなら、領民想いの良い領主様になりそうだね」

「私もそう思う! 婚約もおめでとう」

「くそーなんだよ、仕事も婚約者も? 気に食わねぇ……おめでと」

「ああ、ありがとう」


 同じクラスで色んな事を学び乗り越え……今、僕たちは親友だ。

 それはこの先もずっと。


「トールは……どうするの?」


 ミディアに視線を向ける。少し不安そうな彼女と目があった。


「僕の場合は魔力持ちでの雇用が決定しているから二年は王都かな。でも二年経ったら村に戻るよ。僕はやっぱり村が好きだからね」

「そっか」


 ミディアの口角が少し上がった気がした。


「んじゃ、お前は帰ってきて村で結婚か」

「そうなる、かな」


 恋している相手を目の前にこんな話をするのはどうにも苦しくなってしまう。

 

 先程までざわついていたサロン内も、普段の装いへ戻ってきている。

 少し離れた窓の外は今日も変わらず明るい。


「ミディはどうすんの?」

「ええっと……卒業して2年は城下街で仕事しようかな。その後、結婚出来たら、嬉しいなぁ、なんて」


 ミディアが桃色の髪を指に巻き付け、恥ずかしそうに視線を反らす。

 胸がチクリと痛んだ。


「ずっと城下街だったから……村で、暮らすの、憧れるし……いいなぁ、なんて。ほ、ほらっ!奥の村とか」


 奥の村は僕とニックが住んでいる村だ。村に知り合いでもいるのだろうか。何にせよ、王都から村に戻って来た時にミディアがいるのは嬉しいけど、他の男のものになってる姿は……正直想像しただけでも辛すぎる。

 そんな気持ちを悟られないように、無理やりにこりと微笑んだ。


「そっか、ミディアなら村でも素敵な奥さんになりそうだね」


 ミディアの顔は真っ赤に染まっている。 

 

「……私は、二年後に、おっ奥の村に行きたいんだけど」

「え、うん……二年後……えっ!?」


 自惚れじゃないか、自意識過剰じゃないか。

 その結論が出るよりも先にバクバクと動く心臓が血液を過剰に流していく。

 一瞬にして顔に熱が昇る。

  

「あの……それって」

「三の食事の時間になるから、食堂行くね!! じゃあ、素敵な休暇を!」


 ミディアは頬を染めたまま慌ててその場を離れてしまった。

 

「首席ってバカなのな」


 ニックが言った。


「珍しいな。俺もお前と同意見だ、ニック」


 センディットまで。

 確かに今、熱で火照った頬が凄く暑い。だからといって、二人してとても冷めた目をこちらに向けるのを止めてもらいたい。


「あーもう、わかった、わかりましたっ」

「ははっ、さっきのミディより赤いぞ?」 

 

 恥ずかしさを紛らわすように、ふと懐中時計を見た。

 一本しかない時針(ときばり)が20まで刻まれた文字盤の中の17を指そうとしている。彼女の言う通りもう少しで三の食事だ。僕たちも食堂に向かった方が良いだろう。

 

 長期休暇は皆実家に帰る。

 僕とニックはイスタ領地内の東奥にある小さな村出身なので、城下から出ている馬車に乗らないと帰ることが出来ない。

 馬車は時針(ときばり)が19と半を指す時間に出発する。

 乗り遅れるわけにはいかないが、ミディアとの話も大切なわけで……。


「食堂にミディアもいるよね?」

「ああ、いるだろうな」

「……だよね。でも、村に帰る前に話したいから頑張るよ」

「よっしゃ、んじゃ飯だ!」


 ニックの声で、僕たちは食堂に向かって歩き始めた。

 窓の外は、相変わらず澄んだ青空が広がっていた。


 

「……ちゃん! お兄ちゃん! いつまで寝てるのっ、もう9の刻になるよ、一の食事の時間だよ!」


 しょぼしょぼとする目を擦りながら声のする方を見ると、最後に見た時よりも少し大人っぽくなった妹が立っていた。

 僕より断然手入れされた青藍色(せいらんいろ)を後頭部で一つに結っている。


「おはよ、リセ。ただいま」

「おかえり。お家に着いたの3の刻くらいだったって聞いたよ。大変だったね」


 村までは約一日と数刻。到着したのは、通常なら皆夢の中であろう3の刻を過ぎた時間だった。

 幌馬車(ほろばしゃ)では、後方から差し込む光が眩しくて、外套をかぶるもうまく寝付けなかったのだ。

 一刻も早く眠りたかったが、汚れた状態のまま寝るわけにもいかず……。結局、布団に入ったのは4の刻を過ぎていた。

 ……要するに、眠い。

 

「リセ、一の食事なんだけどパスしても——」

「早く起きる! お父さんもお母さんも待ってるよ!」


 バタンッ

 勢い良く扉が閉められた。

 大きなくりくりとした目元は、兄の贔屓目ではなく、かなり愛らしい類いだと思う。だけれど、ハキハキとしたあの性格が色んなものを相殺しているように感じるのは、それこそ兄だからなのか。

 身支度を整え一階のダイニングに向かった。


「おはよう、トール」

「おはよう、母さん」


 母さんの手元のカゴにはこんがりと焼けたパンが入っている。

 そのカゴをスッと受け取り食卓に運んだ。

 テーブルに並べてあるお皿の上にパンを一つずつ置いていく。

 一日の始まり、一の食事だ。


 食事の前の挨拶を終えると、カチャカチャと食器の音が響き始める。

 その中に混ざり始める家族の会話は、久々に会ったとは思えないほどに自然でとても居心地が良い。

 色々な話題が上がる中、リセから授業内容の質問も。


「授業? 今知っても何にもならないんじゃ……」

「兄は成績よかったのに妹は残念だな、なんて思われたくないもん!」


 そんなに気にしなくてもいいのに。

 焼きたてのパンをちぎって口に入れた。バターの香りが口の中に広がる。

 授業か……僕がパンを食べながら、何を言おうか小さく唸っていると、父さんが「あ!」と何やら思い出したように話し出した。


「トール、あれはどうだ。あの……えーっと、何だったかな……よ……ヨウ、じゃなくて、ヨナ……でもないな」

「もしかして"夜"のこと?」

「あ、そうだ! 夜だ!」


 答えが出るとスッキリしたのか、父さんは二つ目のパンに手を伸ばし、大きめにちぎって口に放り込んだ。


「懐かしいわね、夜」


 学生時代を思い出したのだろうか、母さんが少し楽しそうにそう言った。


「ねえ、その"ヨル"ってなぁに?」


 僕も学校に行くまではそんな言葉知らなかった。日常的に使う言葉じゃない。

 何より……——


「わからないんだ」

「へ? わからない? だって学校で習うんでしょ?」

「ああ、授業で習う。……でも結局は夜が何なのか誰もちゃんとわかっていないんだ。……恐らくって程度で分かってる内容によれば、暗くなるらしい」

「暗く?」


 空が分厚い雲に覆われて薄暗くなるのか、はたまた濃い霧が出てきて暗くなるのか。雨が降りつづけて雨雲で暗くなるのかもしれない。

 夜のことは先生たちでもわからない、だからこそ教科書で文章として習う。


「うん。夜が訪れたとされてるのは過去二回。両方とも王都が出来るよりもずっと昔の紀元前らしいけどね」

「でもまぁ、その夜とやらになってくれたら寝る時に明るくないんだろうし、ぐっすり眠れそうだな」


 パンを食べ終わった父さんがそう言った。

 初めて夜という言葉を知ったときのニックの感想と全く同じで苦笑してしまったが、父さんらしい。


「そんなことより! トール、ニックって学校(あっち)で彼女出来たりしたのかしら?」


 そんなこと、と母さんが話を打ち切ったこと自体はなんとも思わなかったけど、ニックの恋愛の話を始めたことには驚きを隠せず、思わず「……へ?」と間抜けな声が出た。

 なんで急にニックの話? 訳が分からず眉を寄せたその時、リセが急に大人しく黙っていることに気づいた。


「もしかして……え?」

「ニックに相手がいないならリセはどうかしらって思ってね。ほら、この子ずっとニックのこと好きだったじゃない?」

「はぁ?!」

「だから、もしニックのお嫁さん候補がいないなら立候補は今しかないかなって思ったのよ」


 自分の事の様に楽しそうにはしゃぐ母と、見たこともないくらい顔を真っ赤に染めている妹。


「まあ……学校で誰かと付き合ったりはなかったし、村に決まった相手が居なければ、立候補もアリなんじゃない?」


 その瞬間の嬉しそうな表情を浮かべた妹はとても可愛らしいなと思った。……なのに。


「お兄ちゃん、この後畑に行くけど余計なこと喋んないでよ!!」


 前言撤回だ、やっぱり相殺される。これが兄妹なのだ。

はじめまして、卯月めいと申します。

この世界のとある住人、トールの物語を見守って優しく頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


X:@sheepzzzmei

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