魅了魔法と誤解を解きたいだけなのに 4
「なぜ魔女様がうちのメイドになったんだい? それに、紹介してくれたロータスとは本当に親戚なの? 私を頼ってくれないのにロータスを頼るなんて、妬けるなぁ」
「ご、ごめんなさい!」
アドルファスの言葉にマグノリアを責めるような内容は一切含まれていないのだが、潜入しているという後ろめたさがあったので、マグノリアはつい謝ってしまう。
頭の中はすっかり混乱している。
正体がバレてしまうなんて想定していなかったのだ。
迂闊なことを言ってしまい、ロータスに迷惑をかけてしまうかもしれないから、言葉を選んで答えねばならない。
「今日の魔女様は元気がないね。それとも、今の魔女様が素なのかな?」
「あ、あの……ええと……」
悩んでいるあいだに、アドルファスがさらに迫ってくる。
目と鼻の先にある彼の顔は微笑みを浮かべているが、心から笑っているようには見えないので恐ろしい。
蛇に睨まれた蛙のような気分になる。
別人なのではと疑いそうになるほど、いつものアドルファスとは雰囲気が違う。
本当は、軟派な王弟殿下ではないのかもしれない。
思わず逃げ腰になると、しゃがんだままでは上手く動けず、バランスを崩してしまった。
ぐらりと体が傾き、地面に倒れ込みそうになる。
「ひぇっ!」
「危ない!」
体を固くすると、アドルファスの逞しい腕が伸びてきて、背中に回された腕でしっかりと抱きとめてくれた。
そのまま彼の厚い胸板に引き寄せられてしまい、先ほどよりもうんと距離が近くなった彼から逃れられない。
彼が湯あみをしたあとということもあり、彼の肌から立ち昇る熱を感じたり、石鹸の香りがしたりするせいで、感覚が刺激されて心が落ち着かない。
「もしかして、魔女様は仕事でうちに潜り込んできたの? 会いにきてくれたんじゃなくて残念だなぁ。雇い主は誰? ゴールトン伯爵か、ノールズ侯爵? もしくは、ラッセルズ伯爵か……それとも、ロータスから依頼されたのかな?」
「ちがいます! 私の独断です!」
ロータスの名を口にしたとき、アドルファスの声が低くなった。
まるで、怒りを抑えているような声に聞こえる。
(このままでは、お兄様も処刑される!?)
アドルファスとロータスはお互いに名前で呼び合っているから、仲がいいのだろう。
それなのに、ロータスが自分の屋敷に魔女を潜り込ませたから、裏切られたと思って怒っているのかもしれない。
「では、どうしてここにきたんだい? 私に会いにきてくれたわけではなさそうだね?」
「王弟殿下が私に魅了魔法をかけられたって言うから、魔法を解きにきたんです!」
「……ふむ、なるほど?」
包み隠さず正直に告げると、アドルファスの柳眉が片方だけ持ち上がる。
その表情が、訝しがっているようで、面白がっているようにも見えるのは、気のせいだろうか。
「この前、王弟殿下が私の店の前にきたときに、部下にそう話していましたよね? 私は決して、故意に魅了魔法をかけることはありません。だから、早くあなたにかけられている魔法を解かねばと思い、グリフィン侯爵に相談してメイドとして近づいたのです」
「なぜ、ロータスに相談したのかな?」
「そ、それは……以前、仕事で少し関わりがあったので……」
宵の魔女である自分とロータスの本当の関係を知られてはならないため、咄嗟に思いついた嘘で誤魔化す。
とはいえ、アドルファスが信じてくれないような気がして、胸の中は不安でいっぱいだ。
宵の魔女を演じているときは息をするように嘘を吐けるし、すぐに言い返せるのに、素の自分になると、どれも上手くいかない。
アドルファスは思案するように目を伏せ、陶器のように滑らかな頬に長い睫毛の影を落としていたが、すぐにまたマグノリアに視線を向けてきた。
「ロータスとの関係は、おいおい詳しく聞かせてもらおうかな。ひとまず、魅了魔法を解くのは待ってくれるかい?」
「は、はい?」
予想の斜め上をいく言葉に、目を瞬かせる。
魅了魔法をかけられているとわかっていながら、魔法を解くのを拒んでくるなんて、想像すらしていなかった。
なにを言っているのだ、この王弟は。
「期限は一ヶ月。魔女様に振り向いてもらえるよう頑張るよ。私たちが両想いになれば、なにも問題ないだろう?」
「むしろ、大アリです! その気持ちは、魔法によって無理やり作られた、人為的なものなのですよ。今の王弟殿下は魔法に惑わされている状態なのですから、その魔法を解く必要があります!」
「私が魔女様を愛するこの想いが偽りだと言われると、傷つくな……」
「~~っ!」
しおらしい顔で言われてしまうと、良心の呵責が作動してしまうせいで、それ以上は彼の恋心を偽物だと説明することが憚られた。
「馬車の中で話した通り、私は生れて初めて恋心を抱いているんだ。戸惑いもあるが、それ以上に誰かを愛する幸せに浸っているところなのだよ。だから、魔法を解かないでくれ」
「ダメです! このままだと、私は王族を害した罪で処刑されます!」
「そうならないよう、私が周りに上手くいっておく。だから、このままでいいだろう?」
「よくな~い!!」
敬語で話す余裕もなく叫ぶ。
いっそのこと、彼にかけられている魔法を分析せずに、手あたり次第魔法を解く方法を試そうと思い、アドルファスに手を伸ばすと――彼の大きな手に捕まってしまう。
「なにをしようとしていたのかな?」
「ひいっ! ごめんなさい!」
「魅了魔法を解くことが惜しくなるくらい惚れさせてみせるから、覚悟してね?」
アドルファスは口元に笑みを浮かべると、マグノリアの右手を掬い、手の甲にキスをしてきた。




