魅了魔法と誤解を解きたいだけなのに 5
貴族令嬢だった頃にはなんどか挨拶で手の甲にキスをされたことはあるが、うんと昔の頃のことだ。
それっきりすっかり縁がなかった挨拶をされて困惑していると、アドルファスが気だるげな空気を纏った笑みを浮かべて再びこちらを見てきた。
「と、いうわけで、愛する人を使用人として働かせるなんてしたくないから、今すぐに辞めてもらおう」
「いきなりの解雇宣言!? そんなの、困ります! 私は王弟殿下にかけられている魅了魔法を解くためにここに来たのですよ!」
アドルファスにかけられている魅了魔法を解くためにメイドになったのに、目的を果たせないまま解雇されてしまうわけにはいかない。
それに、少なくとも一ヶ月は魅了魔法を魔法を解かないでほしいと言われているけれど、もし途中でアドルファスにかけられている魅了魔法が彼に悪影響を及ぼすようであれば問答無用で魔法を解くつもりでいた。
「毎日君の家に通うから、安心して? そのときに、私にかけられている魅了魔法について、魔法を好きなだけ調べてくれたらいい。だけど、魔法を解いてはいけないよ?」
「えっ、毎日来られるとか嫌なんですけど。迷惑ですし、営業妨害です」
「あははっ、実は気弱な性格なのだと思っていたけど、意外と言うことは言うね?」
なにがおかしいのか、アドルファスはブハッと息を吹き出して笑い始めた。
いつもの色香はどこへ吹き飛んだのやら、取り繕っておらず、声を上げて笑っている。
失礼な、と思う半面、今の笑顔のほうがこれまで見てきた笑顔よりもずっといいと思った。
「それに、気になることがあるので、今すぐに辞められません!」
「気になること? 私に関することなら、いつでも答えるよ」
「その自信、いったいどこからくるんですか? 王弟殿下のことではなく、この屋敷に関することです!」
「ふ~ん? どのようなことなのか、今聞かせてくれるかい?」
急に、アドルファスが纏う空気が剣呑なものになったので、思わずたじろぐ。
アドルファスは相変わらず笑みを浮かべているし、人によればまったく気づかないほど微かだが、小心者ゆえに人をじっくりと観察しているマグノリアにはすぐに分かった。
こちらを警戒しているような、ピリピリとした感情が伝わってくるのだ。
(この人は気さくに話しかけてくるけれど、心の中では相手を信用していないような気がする)
自分とアドルファスが親しい関係性ではないから距離をとられているだけなのかもしれない。
ただ、物理的に距離を詰めてきたり、好意があると言う割には隙を見せないようにしているので、ちぐはぐな感じがした。
「今朝、王弟殿下にお会いする少し前に、屋敷を囲む鉄柵の近くを歩いていると、なんだか嫌な魔法の気配がしたんです。屋敷を守る結界の魔法ではなく、攻撃を目的とした魔法のような気がするので、ここでメイドとして働いている間にその魔法を解いておこうと思っていました」
「へぇ、攻撃を目的とした魔法か。たしかに、そのようなものがあるのであれば、早く解いておかないといけないね。その魔法がどのようなものかわからないが、この屋敷で働く使用人や騎士たちを危険な目に遭わせたくない」
使用人たちの安全を先に考えたので意外に思う。
王族なら、真っ先に自分が狙われていると予想して、自分の身を守ろうとするだろうに。
もしかすると、自分の心の内側に入れた人たちのことを大切にする性格なのかもしれない。
「その魔法をすぐに解くことはできるのかい?」
「場合によります。複雑な方法でかけられている魔法であれば、いくつかの手順を踏まなければなりません。なので、まずは魔法を解析する必要があります」
魔法を発動するには、三通りの方法がある。
一つは、呪文を使う方法。
呪文を使い、大気中にある魔力と自分の体内にある魔力を結合させて発動させる。
二つ目は、呪文と媒体を使う方法。
失せ物を見つける魔法を発動させたときのように、物に魔力を流し込んで発動させるのだ。
三つめは、呪文と媒体と魔法陣を使う方法。
この方法が一番複雑だが、難易度が高い魔法や、遠隔で操作する魔法を発動することができる。
三つ目の魔法を解く場合は、魔法陣を探し出して消したり、媒体を壊さねばならない。
その説明をアドルファスにすると、彼は水色の瞳にマグノリアを写しながら思案する素振りを見せてきた。
頭の中でなにかを天秤にかけているかのように考え込んでいるようだ。
その天秤がカタリと片側に傾いたのか、アドルファスの意識がマグノリアに向く。
「では、今すぐその場所に行って解析してくれるかい? 私もついていこう」




