この腹黒王弟殿下め 1
アドルファスからの提案に、マグノリアは少し悩んだあと、渋々頷く。
彼がついてくると目立ちそうなので断りたいところだが、断ったところで、ついてこられそうだ。
それに、もし一人で魔法を解いている際に他の使用人や騎士たちに目撃されたとき、アドルファスがいれば怪しまれずに済むから、いてくれたほうがいいだろう。
「わかりました。その代わり、なにかあればすぐにその場から離れてください。王弟殿下が危険な目に遭ってはいけませんので」
アドルファスの手から少し力が抜けた気配がしたので、サッと自分の手を引き、立ち上がって彼から離れる。
身を翻し、嫌な魔法の気配がするほうへと歩き始めると、彼が後ろからついてくる足音がした。
「魔女様が魅了魔法をかけてくれたおかげで、今はあらゆる縁談が消えて感謝しているよ。私は結婚したくないのに、周囲がうるさくて困っていたんだ」
「……そうですか」
思わず、ぶっきらぼうな声を出してしまう。
今まで宵の魔女としてこなしてきた仕事に感謝されることがなかったのに、うっかりやらかしてしまったかもしれない魔法に感謝されてしまい、複雑な気持ちだ。
宵の魔女の仕事は基本的に労力がかかる。
魔力をたくさん消費して次の日には動けなくなってしまうような魔法を使うことだってあるが、それでも誰からも感謝されない。
魔法の悪用を防ぐためとはいえ、普段から周囲の人たちに意地悪なことをしているから、なにをしても挽回できないほど嫌われているのはわかっている。
それでも、一度だけでもいいから、感謝の言葉を聞きたいと思っていた。
「うっかり魅了魔法をかけてしまった可能性はあるかもしれないですけど、本気で魅了魔法をかけるつもりは微塵もなかったですし、今もありませんからね!」
本気でアドルファスに魅了魔法をかけるつもりでいたなんて誤解されてはいけないので、一応念押しする。
なのに、アドルファスには面白そうに笑うので、誤解を解くどころか言い訳しているように思われているのでは、と不安になった。
「たとえ魔女様はその気がなかったのだとしても、感謝しているよ。なんせ、他国の王族からの縁談は断るのが厄介だからね。それが、魔女様の名前を出せばすぐに諦めてもらえて助かっている」
「ま、待ってください。私を理由にして、そんなにも大きな縁談を断っているんですか!?」
相手が他国なら、外交にも関わる重要な縁談だ。
自分がかけたかもしれない魅了魔法のせいで国際問題に発展したらどうしよう。
縁談を断られたから関税を上げられたり、交流がなくなってしまったり、戦をしかけられてしまったら――。
悪い予想をしてしまい、ぶるりと震える。
「魔女様、震えているけれど、もしかして寒いのかい? 屋敷に戻って、なにか羽織るものを持ってこようか?」
「けっこうです。そんなことより、本当に他国との縁談を断っていいのですか? 国王陛下のご意向もあるのでは?」
「私はこの先もこの国を守り、兄上を支えるつもりでいるのに、他国の王配として嫁いだら叶わなくなってしまうからね。それに、第二王子の私が結婚すれば余計な火種を生む可能性もあって面倒だから、
結婚はしないほうがいいんだ。もちろん、兄上は納得してくれているから問題ない」
「め、面倒……」
最初はいいことを言っていたのに、最後の一言で台無しだ。
なんやかんやで、結局のところ「結婚したくない」だけのような気がした。
(まさか、他国からも恐れられている宵の魔女に好かれているという演出をして、結婚の話を遠ざけようとしているのでは……?)
そんな考えがふと頭の中を過ったが、本当に自分が誤って魅了魔法をかけてしまった可能性があるので、きゅっと唇を噛み締めて言葉を飲み込む。
「ところで、なぜ私の屋敷に仕掛けられている魔法を解こうとしてくれるんだい?」
「危険な魔法を仕かけられているとわかったからですよ。危ないじゃないですか」
「……それだけ?」
妙に拍子抜けした声が聞こえたので、足を止めて振り返る。
視線の先には、大きく目を見開いて立ち尽くしているアドルファスがいた。
まるで珍獣でも見つけたかのような反応をされたため、首を傾げる。
当たり前のことを言っているのに、どうしてそんなにも、意外そうな反応をするのだろう。
「それだけって……十分な理由では?」
「えぇ……、そうなのかな? う~ん、魔女様にとっては、そうなんだね?」
アドルファスは一人で呟いては、一人で合点している。
いつもの彼らしくない行動を訝しく思ったが、今はとにかく危険な気配のする魔法を解くことが最優先事項なので、不審な行動をとっている王弟殿下は放っておくことにして、再び足を進めた。




