魅了魔法と誤解を解きたいだけなのに 1
ロータスを訪ねてから一週間後の朝のこと。
まだ日が昇っておらず、辺りは暗いなか、マグノリアは自宅兼店の二階部分にある部屋で燭台に火を灯して身支度をしていた。
今日から、アドルファスの屋敷でメイドとして働くのだ。
いつもは銀色に変えていた髪は薄紅色、緑色にしていた瞳は紫色のままで、化粧は薄く施している。
これまでは厚化粧をしていたため、薄く化粧をすることになれず、随分と時間がかかってしまった。
最後に髪を結いあげると、姿見の前で体を捻り、服装を確認する。
「ちゃんとしたくできた……はず。ジュニパー、行ってくるね。留守よろしく!」
『ふふっ、まかせなさい。その代わり、お土産を忘れないでよ~』
ジュニパーの体が金色の光に包まれると、姿が人の形へと変わり――光が消えて宵の魔女が現れる。
まるで鏡に映したかのように、自分とそっくりな姿だ。
これなら、入れ替わっているなんて、誰にもわからないだろう。
『気をつけて行ってらっしゃい』
咲き綻んだバラのように真っ赤な唇を妖艶に持ち上げて微笑むジュニパーに見送ってもらうなか、新しい職場に向けて出勤した。
◇◇◇
アドルファスの屋敷は、グリフィン侯爵家の屋敷と同じ区画にある。
ロータスから貰った地図を頼りに歩いていると、真っ黒で背が高い鉄柵が張り巡らされた場所に突き当たる。
とてつもなく広い土地を囲っている鉄冊のようで、先が見えない。
地図を見る限り、どうやらこの場所がアドルファスの屋敷のようだ。
鉄冊に沿うように植えられている木の合間から覗くと、広い庭の先に荘厳な雰囲気の三階建ての黒い屋根の屋敷が見える。
「とても広い庭だ……薬草を作り放題かも。温室も建てて、珍しい薬草も育てられそう。いいなぁ」
今は自宅の裏にある畑で薬草を栽培しているが、大口の注文が入ると材料が足りなくなるため、顔なじみの商人から薬草を仕入れている。
足りなくなってから仕入れると、入手するまでに時間がかかることがもっぱらの悩みだ。
「――あれ、魔法の気配がする……。なんだか、嫌な魔法……」
まるでそこだけ冷たい空気に晒されたかのように、首から肩にかけて、ぞわりとした感覚がして身を竦める。
立ち止まり、辺りを見回したが、魔法をかけた痕跡は見当たらない。
「屋敷を守る結界の魔法ではないし、どちらかといえば、攻撃を目的とした魔法のような気配がする。……もしかして、王弟殿下を狙った魔法……?」
それなら、魔法を解くべきなのだが、今は探している暇はない。
出勤初日から遅刻すれば、紹介状を書いてくれたロータスの顔に泥を塗ってしまう。
「ここで働いていたら、魔法の痕跡を探す機会はあるだろうし、今は急ごう」
そうして、鉄柵を辿っていると、背後からきた馬車が横を通り過ぎた――のだが、少し離れた場所で停車した。
気に留めず歩き進めようとしたが、馬車の扉が開いたため、思わず視線がそちらへと向く。
その先で、自分を見つめるアドルファスの美しい水色の瞳と視線が交わる。
今日は騎士団の制服である黒色のジャケットを着ているが、やはりシャツは胸元まで開いている。
「麗しいお嬢さん、どこへ向かっているのかな? よければ馬車で送るよ」
「ひいっ! 王弟殿下っ!?」
思わず声を上げてしまったので、空咳をして誤魔化す。
焦るな、声をかけられているのは、自分ではないかもしれない。
キョロキョロと周囲を見回してみたが、自分とアドルファス以外は誰もいなかった。
「君に声をかけているんだよ」
「え、ええと、私は麗しいお嬢さんではないので、他の人に声をかけたのだと思いました」
「あはははっ! そんなことを考えていたの? 君って、とても面白いね」
アドルファスは可笑しそうに笑うと、マグノリアが手に持っている地図に目を留める。
「道に迷っているようだし、目的地まで案内するよ」
「いえ、もう着いているので大丈夫です。ここなので……」
そう言い、鉄冊の向こう側を指差すと、アドルファスが「ふむ」と声をこぼした。
なんだか含みのあるような声に聞こえたのは、気にし過ぎなのだろうか。
「もしかして、君が今日からうちで働くメイドで、ロータスの遠縁の親戚かい? どうりで、見たことのある顔だと思った。彼と雰囲気が似ているね。実は、窓から見えた君の顔がどこかで見たことがあったような気がして、馬車を停めたんだ」
「そう……だったのですね。仰る通り、私はグリフィン侯爵からメイドの仕事を紹介いただいた、マグノリア・バーンズと申します。本日からよろしくお願いいたします」
バーンズという姓は、ロータスが今回のために用意してくれた偽名だ。
本当に遠縁にいるそうだが、貴族ではなく平民らしい。
アドルファスは全ての貴族を把握しているそうで、下手に貴族の姓を名乗ると偽装していることがバレてしまうから、平民の姓を用意してくれたそうだ。
「行き先は同じだから、一緒に馬車に乗っていこう」
「で、ですが、私は平民ですし、雇い主と同じ馬車に乗せていただくなんて畏れ多いです! 歩いていきます!」
「では、雇い主として命じよう。私と一緒に馬車に乗りなさい」
「ええ~っ!?」
辺り一帯に、マグノリアの悲鳴が響き渡った。




