悪辣な(?)宵の魔女 3
マグノリアの髪色が変わった際に瞳の色が変わっている描写が抜け落ちていたことに気づきましたので、前話を修正いたしました。
向かったのは、同じく王都郊外だが正反対に位置しており、高位貴族の邸宅が並ぶ一郭。
そこにある、青色の屋根と白い石造りの外壁のコントラストが美しい、一際大きな邸宅の居間で、マグノリアは毛足が長い白色の敷物の上に額をめり込ませていた。
「……どうして、頭を床につけているんだ?」
マグノリアの目の前にいる、彼女と同じ薄紅色の髪をきっちりと撫であげ、冷たさを感じる美貌が印象的なメガネをかけた男性――この屋敷の主であり侯爵家の当主、そして国王の補佐官でもあるロータス・グリフィンが、清涼な湖のような薄荷色の瞳にやや困惑の色を浮かべながらも、極めて落ち着いた声音で尋ねてくる。
瞳の色は異なるが、釣り目がちの目もまた、マグノリアに似ていた。
ロータスはマグノリアの母方の従兄で、年齢は二十三歳。
年が近いため、昔はよくこの屋敷を訪ね、遊んでもらっていた。
――マグノリアが八歳のとき、両親と弟が事故で亡くなり、家が没落するまでは。
かつて、マグノリアはブライアント伯爵家の令嬢だった。
ブライアント伯爵家は古くから優秀な騎士を輩出している名家で、後継者である弟も将来は騎士になるはずだった。
事故のあと、不幸が重なり、代理当主を迎えることが叶わなかったブライアント伯爵家はレヴェレンティア王国の歴史から消え去ってしまう。
そのとき、たった一人の生き残りであるマグノリアも、姿を見せなくなった。
まるで、初めから存在していなかったかのように。
はじめ、社交界ではマグノリアについて、様々な憶測が飛び交った。
平民として静かに暮らしているのだとか、人買いに攫われたのだとか、家族を失った悲しみから衰弱して亡くなっただとか好き勝手に話していたが、今では記憶の片隅にも残っていない。
マグノリアのその後を知るのは、ロータスとその両親――マグノリアの母方の叔父と叔母に執事、そしてマグノリアを引き取って育ててくれた魔女の師匠とジュニパーのみ。
「土下座です。最大限、謝罪の意を示しています。以前、東の海にいる魔女から聞いた話によると、とある国ではこれが最上位の謝罪だそうです」
「まずは普通に座れ。話はそれからだ」
「はいぃぃ……」
「茶を飲んで、落ち着け」
「はいぃぃ……」
体を屈めたロータスが手を差し伸べてきたため、大人しくその手を取って立ち上がる。
出されたお茶を飲むと、緊張していてすっかり乾いていた喉が潤って、少しだけ気持ちが落ち着いたような――気はしなかった。
自分の命に関わる問題が起きているのに、落ち着けるものか。
「それで、なぜ私に謝罪をした?」
「あの、もしかしたら王弟殿下に魅了魔法をかけてしまったかもしれなくて……」
「はぁ?」
「ひいっ、ごめんなさい。身に覚えはないんです!」
バネ仕掛けのおもちゃのように飛び上がり、その勢いでまた土下座する。
ロータスが溜息を零した気配がした。
「その謝罪はもう止めろ。そもそも、身に覚えがないのに、どうして魅了魔法をかけたかもしれないとわかるんだ?」
「王弟殿下が護衛の方たちと話していたのが聞こえたの。私に魅了魔法をかけられたと、王弟殿下が言っていたけれど、私、本当にそんなことしていないよ」
「ふむ、アドルファス殿下がそう言っていたのか……」
ロータスの眉間に深い皺が刻まれた。
しっかり者で幼い頃から跡継ぎとして侯爵家の仕事に携わってきた優秀な従兄が悩むということは、深刻な状況なのかもしれない。
「ご、ごめんなさい。申し訳ございませんでした。どうか切り取るのは指一本でお許しください」
「いらん。俺を非道な人間だと思っているのか?」
「ひえっ、す、すみません」
「……はぁ、いい加減落ち着いてくれ。とりあえず茶を飲んで、菓子を食べろ」
「はい……すみません」
ぺしょぺしょになっている表情のまま勧められたお茶に口をつけたあと、目の前に置かれたイチゴと生クリームがたっぷりのケーキを食べると、とても美味しくて思わず目を見開く。
見た目はクリームが盛り上がるほど塗られたショートケーキのようなのに、中のスポンジはチョコがしみわたっていた。
どんなに絶望的な気持ちであっても、美味しいものは美味しいと思えるのだと知る。
「王弟殿下のことは私がとりなしておくから、マグノリアはなにも気にするな」
「ううん、お兄様にそこまで迷惑をかけたくないから、自分で解決する。だけど、少し頼みごとがあって……」
彼を訪ねた本当の目的を話すときがきた。
フォークを皿の上に置き、両手を胸の前に組んでロータスを真っ直ぐ見つめる。
「お兄様、一生のお願いだから紹介状を書いてくれませんか? 王弟殿下の屋敷のメイドになって王弟殿下に近づいて、魅了魔法を解きたいの」
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