悪辣な(?)宵の魔女 1
レヴェレンティア王国や周辺国に住む人々は、マグノリアを〝宵の魔女〟もしくは〝悪辣魔女〟と呼び、恐れている。
なんせ彼らにとって宵の魔女は、〝意地悪で、気分を害したら魔法で攻撃してきたり、呪いをかけてくる〟存在なのだ。
おまけに、彼女の家の近くに罠をしかけるものだから、迂闊に近づけない。
すっかり困り果てた王都に住む人々は、市長や騎士団の騎士たちに宵の魔女の悪行の数々を告げ、彼女を追うとから追い出すよう訴えかけるが、市長も騎士たちも首を横に振った。
なぜなら、宵の魔女は魔物から王都を守っているから、追い出せないと言うのだ。
罠を張り巡らせる魔法は、宵の魔女が最も得意としている魔法。
その魔法の噂は他国にも知られて、恐れられていた。
また、宵の魔女が作る薬は特効薬として王都の病院や騎士たちを助けているし、占術で寒波や洪水を予期して王国を助けたり、花で作る護符で魔物討伐に赴く騎士たちを守ってくれている。
そのため、いかに意地悪なことをしていても許されているのだ。
「……質問を変えよう。些細なことでもいいから、困ったことはないだろうか? いつもこの街を守ってくれているあなたの力になりたい」
「何も困ってはいないわ。魔女にできないことはないし、私には使い魔がいるもの」
嫌味たっぷりな声音で言っても、鼻で笑っても、アドルファスの笑みは崩れてくれない。
それどころか、彼女のそのような振舞さえも愛おしいと言わんばかりに瞳を蕩けさせてくるので、そのような癖があるのではと思ってしまい、ゾッとして鳥肌が立った。
何を言っても激怒しないアドルファスに、いつも手をこまねいている。
早く気を害して、この場から立ち去ってほしい。
「何かあればいつでも言ってくれ。あなたに会う理由がほしい」
「――っ」
まるで告白ともとれるような言葉に動揺してしまったが、盛大に顔を顰めることで悟られないようにした。
「ふん。あんたの相手をする暇もないくらい忙しいから、早く帰ってちょうだい!」
「わかったよ。ひと月以内にはまたここに来るから、欲しい物があれば私宛で騎士団に手紙を送ってくれ。ああ、私の宮殿でも構わな――」
「いいから、さっさとお帰り!!」
アドルファスの言葉を遮るように声を張り上げると、大股で自宅兼店の中に入っていった。
できる限り大きな音を立てて扉を閉めると、扉に耳を押しつけて注意深く音を拾う。
ざっざっざっ。
こちらに駆け寄ってくる、二人分の足音を拾った。
また客人が来たのか、と憂鬱になる。
客の相手は面倒だ。
できれば、依頼は全て手紙にしてほしい。
「アドルファス殿下、先に一人で行くのはお止めください」
「そうですよ。もしものときにお守りできなくなってしまいます。どうか、部下である私たちを使ってください」
小屋の近くに来た二つの足音の持ち主は、どうやらアドルファスの部下の男性のようで、彼に置いていかれていたらしい。
「すまない、早く宵の魔女様に会いたく、て気が急いてしまった。心配してくれるのは嬉しいが、私も騎士なのだから自分の身くらいは自分で守れるから、過保護にならないでくれ」
「……えっ?」
思わず声を零してしまったので、素早く両手で口元を覆って口を閉じる。
頭の中は混乱している。
アドルファスの言葉はまるで、マグノリアに会うために急いでここに来たように聞こえた。
彼は、騎士として見回りでここに来たとばかり思っていたのに。
「殿下、早くあの魔女にかけられた魅了魔法を解きましょう。このままではいけません」
「はい?」
部下の男性の口から身に覚えのな罪状を聞いて、また声が零れて、手の中でこもる。
私ではないと、今すぐにでも言いにいきたいが、ぐっと堪えた。
言いにいったところで、疑われている人物の言葉を信じてくれる者はいないはずだ。
ましてや、悪名高い宵の魔女の言葉に耳を傾けてはくれないだろう。
「私は、宵の魔女に魅了魔法をかけられてしまったから、誰とも結婚できない」
(ええっ!? そんな魔法をかけた覚えはないんだけど!?)
アドルファスの言葉に、心の中で突っ込みを入れる。
「それでも、このままでいいと思うんだ。彼女を愛おしく思う度に、今まで感じたことのないような幸せな気持ちになれる。だからこの先もずっとこの魔法を解いてもらうつもりはない」
(いやいやいや、魔法をかけていないんだってば!)
聞こえてくるアドルファスの声は、うっとりとしているから、本当に魅了魔法にかかっているような気がした。
それに、まるで本当にマグノリアに片想いしているような口ぶりだ。
マグノリアの頭の中は疑問符でいっぱいになってゆく。
「王弟殿下に魅了魔法なんてかけていないのに、どうしてこんなことになっているの?」




