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毒舌ダウナー少女の鋼魔法  作者: たなお
魔法使い系配信者
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炎上の後始末

「カレン! 起きろおおおおおおおおっ!」


「……んぅ……」


 聞き慣れた大声と同時に「ばさっ!」と布団を剥ぎ取られた。


「……さむ……」


「もう七時半だぞ! 学校あるんだから起きろ!」


「……ねむいぃ……」


 眠気に抗いながら、なんとか少しだけ目を開ける。


 ぼやけた視界の中に、ハヤトの顔があった。


 いつも通りの朝。


 そして、いつも通り身体が死ぬほど重い。


「……あと……一時間……」


「一時間寝たら遅刻だ!」


「……ねむい……」


「ほら起きろ。学校遅刻するぞ」


 ハヤトが肩を揺らしてくる。


「昨日の配信、オレも見てたけどマジでびっくりしたんだぞ!」


「……配信……?」


「突然ぶっ倒れるんだもん!」


「…………」


 そういえば……昨日、何かやっていたような……。


 思い出そうにも強い眠気のせいで頭が全然回らない。


「まあ、カレンのことだから寝たってすぐ分かったけどな!」


 ハヤトはなぜか得意げに胸を張った。


「オレに感謝しろよ! メイクもちゃんと落としたし、顔も拭いたし、そのあとベッドまで運んだんだからな! 胸とか触りたい気持ちになったけど、必死にこらえたオレを褒めてもいいぜ」


 ハヤトが何か早口で喋っているが……ほとんど頭に入ってこない。


「……ねむ……」


 朝からうるさい。


 あたしはぷるぷる震える腕で身体を持ち上げる。


「……よいしょ……」


 ようやく上半身を起こした――その瞬間。


 バーンッ!


「やっと起きたのだあああああああっ!」


「……朝から……なんなの……さ……」


 扉が勢いよく開いた。


 白い兎耳がついたパーカー。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔。


「……マホトル?」


 あたしがふらふらしていると、マホトルは猛スピードで駆け寄ってくる。


「今すぐ弁明してほしいのだああああああっ!」


「……?」


「炎上なのだ!なんとかしてなのだああああ!」


 あたしの服をつかみ、がくがくと揺らしてくる。


「昨日の配信が炎上しちゃったのだあああああっ!」


「……へえ……」


 そういえば、あたし……昨日の服のままだ。


 寝落ちしたから着替えてないらしい。


 しわになるな……。


「聞いてるのだ!?」


「……ん」


「このままだと事務所にもマネージャーにも怒られちゃうのだ!」


「……たいへんだね……」


「他人事なのだ!?」


「……ん……」


「だからカレンから『無理やり配信させられたわけじゃありません』って言ってほしいのだ!」


「…………」


 ……眠い。とにかく眠い……


 マホトルが何か言ってるが、まったく頭に入らない。


「……すー……すー……」


「また寝たのだああああああああっ!? ダメなのだ、この女! とんでもない寝ぼすけなのだ!」


「だから言っただろ? 朝のカレンは何やっても無理だって」


「なんとかするのだ! ならどうすればいいのだ!?」


「外に連れ出して、一時間くらい経てばちょっとずつ動くようになる」


「そんなに待てないのだ!」


 マホトルが頭を抱えて「早くしないと…早くしないとおおおっ!」と声を荒げた、そのとき――。


 ファーン。


「…………?」


 外から、低いクラクションの音が聞こえた。


 あたしは眠い目をこすりながら、窓の外を見る。


 家の前に黒い車が停まっていた。


「あれは…センチュリーだな。この辺だとあまり見ない高級車だぞ?」


 ハヤトが車種名を言うと、マホトルがビクゥ!と激しく反応すると、顔から、一瞬で血の気が消える。


「ひいいいいいいいいっ! 来たのだ!来ちゃったのだあああああああっ!」


 センチュリーの運転席が開くと降りてきたのは、一人の女性。


 黒いスーツにすらりとした長身。


 綺麗に整えられた金髪。


 年齢は二十代半ばくらいだろうか。


 サングラスを外すと、そのまま真っすぐ家へ向かってくる。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


「わああああああっ!」


 マホトルが部屋の中を右往左往する。


「来ちゃったのだ! 来ちゃったのだ!」


「……すー……すー……」


「こんな状況で寝るとか、おまえおかしいのだ!」


 真っ青なマホトルは、あたしの肩をつかむとブンブン揺らす。


「カレン! どこか隠れる場所はないのだ!?」


「……すー……」


「起きてなのだああああああっ!」


 階下から母さんが誰かと話す声が聞こえる。


 しばらくすると、トントンと階段を上る足音が聞こえ、やがて部屋の前で足音が止まった。


 部屋の扉がノックされる。


「はい、どうぞー」


 何故かハヤトがノックに返事をすると扉が開かれた。


「失礼いたします」


「ひっ」


 扉が開く。


 先ほどのスーツ姿の女性が、静かに部屋へ入ってきた。


 マホトルとは正反対。


 声も表情も、立ち振る舞いも、驚くほど落ち着いている。


「マホトル様。お迎えに上がりました」


「あ――」


 マホトルが完全に硬直した。


 女性は、まずあたしとハヤトへ丁寧に頭を下げる。


「早朝から突然お邪魔してしまい、申し訳ございません」


 スーツの内ポケットから名刺を取り出した。


「YouTuber事務所ヴィジョンスターにて、マホトル様のマネージャーを担当しております。わたくし、樋口奈央(ひぐちなお)と申します」


「これはどうもっす」


 頭が働いていないあたしの代わりに、ハヤトが名刺を受け取った。


「オレ、紫ハヤトです」


「ご丁寧にありがとうございます」


「…………」


 樋口さん。


 あたしの周りでは珍しいくらい、めちゃくちゃまともそうな人だった。


 どうしてこの人がマホトルの担当なのだろう。


「しっかりしたマネージャーさんっすね」


 ハヤトが腕を組んで感心したように首を縦に振る。


「違うのだ!」


 マホトルが即座に食いついた。


「樋口は人前だと礼儀正しく振る舞うだけなのだ!本性は――」


「マホトル様」


「ひっ」


 樋口さんが静かにマホトルを見る。


「何か、私について補足説明がございますか?」


「…………」


 マホトルの口が閉じた。


「……ないのだ」


「そうですか」


「…………」


「では――」


 樋口さんがマホトルを見る。


「マホトル様」


「ひぃ!」


「いますぐ事務所へ向かいます。昨夜の配信について、始業と同時に緊急会議を行います」


「い、嫌なのだ……」


「拒否はできません」


「マホトル悪くないのだ!」


「それを確認するための会議です」


「本当に悪くないのだ!」


「まず事実関係を整理いたします」


「カレンが勝手に寝ただけなのだ!」


「その発言も含めて、事務所で詳しくお聞きします」


「ひいいいいいいいっ!」


 強い。


 あのマホトルが一切押せていない。


「また、必要に応じて事務所名義で謝罪文を公表いたします」


「謝罪文!?」


「はい」


「マホトルが悪いみたいなのだ!」


「現時点では、良いとも悪いとも申し上げておりません」


「怖いのだ!」


 樋口さんは淡々としている。


 なのに、マホトルはどんどん小さくなっていく。


「…………ふあ」


 あたしは欠伸をしならが、ぼーっと二人を眺めていた。


 すると樋口さんがこちらへ向き直ると深々と頭を下げた。


「昨夜は、弊社所属のマホトルがご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」


「………?」


「ご本人が強い眠気を訴えていたにもかかわらず、結果として配信への出演を継続させてしまった件について、現在事務所内でも確認を進めております」


「……はあ」


「後日、改めて正式にお詫びへ伺わせていただきます」


「…………?」


「また、そちら側から事実関係についてご説明いただける場合は、大変ありがたく存じます。ただし、今すぐお願いするつもりはございません。本日はまず、本人を事務所へ連れ帰ります」


 あたしが「……どうぞ」と答えるとマホトルが絶望した顔でこっちを見た。


「カレン! わたしを見捨てるのだ!?」


「……眠いし……好きにして……」


「理由がひどいのだ!」


「――では、マホトル様」


 樋口さんが振り返ると、今にも逃げ出しそうなマホトルの肩をガッシリと掴んだ。


「参りましょう」


「嫌なのだ!」


「行きます」


「嫌なのだああああああああっ!」


 マホトルが床へしがみつく。


「パワハラとモラハラにまみれた事務所には行きたくないのだあああああ!!! 」


「根も葉もないことを申さないでください」


「おまえ! 人の前だからって、常識人ぶるななのだ! 普段のおまえはもっと―――ふがふがふが」


 樋口さんに口をふさがれたマホトルは、そのままずるずると廊下まで引きずられていった。


「ふがふがあああああああああっ! ぷはっ! 窒息するのだ! おまえ加減しろなのだ」


 階段を下りても玄関を出ても外へ出ても、マホトルは抵抗を続けたが、無理矢理車に押し込められた。


「嫌なのだあああああああああっ!」


 マホトルの絶叫とともに、センチュリーが静かに走り去っていった。


 窓から様子を見ていたハヤトは顔を引きつらせて呆れていた。


「嵐みたいな女だったな」


「……すー……すー……」


「カレン? また寝てる……」


「……すー……」


「炎上した配信者が事務所に連行されて、マネージャーが謝罪して、家の前にセンチュリーまで来たんだぞ?」


「……すー……」


「この状況でまだ寝られるのか!?」

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