SNSで有名になった代償
強烈な眠気と戦いながらも、なんとか着替えと身支度を終えた。
家を出た時刻は午前八時十分。
「……ねむ……」
学校まで、そこまで遠くはない。
いつも通り歩けば間に合う。
ただし――。
「カレン! ちんたら歩いてたら遅刻するからな!」
「……んー……」
ハヤトに言われなくても、それくらいは分かっている。
分かってはいるけど……
「……足、動かない……」
「ほら、頑張れ!」
身体が言うことを聞かない。
眠気のせいで足に力が入らず、気を抜けばその場にしゃがみ込んで寝てしまいそうだった。
そんなあたしの手を、ハヤトがぐいぐい引っ張っていく。
「……ねむぃ……」
「起きろカレン! 学校着けば少しは目ぇ覚めるから!」
「……ふあぁ……」
「いやー、でも悪いことばっかじゃねえな!」
「……?」
「カレンが朝弱いおかげで、こうやって毎朝手ぇ繋いで登校できる! 役得だぜ!」
「…………?」
何か言っている。
でも眠すぎて、ほとんど頭に入ってこない。
「へへへ……傍から見たら完全に朝から一緒に登校する仲良しカップル――」
パシャッ。
「……?」
突然――。
すぐ近くから、スマホのシャッター音がした。
ぼんやりと顔をあげると歩道にいた見知らぬ人が、こちらへスマホを向けていた。
ハヤトがすぐに反応する。
「おい! 勝手に撮るなよ!」
あたしは欠伸をすると周囲を見渡す。
撮影した人は気まずそうにスマホを下げたものの、特に何も言わない。
「…………?」
そこで、ようやく気づいた。
妙に見られている。
通勤途中の人に学生。
さっきから何人もの視線が、あたしに向いていた。
「……なんで?」
しかもひそひそと、何か話している。
「あの子じゃない?」
「今朝上がってた大食い動画の子」
「ああ! 五キロのラーメン食べてた!」
「本物だー」
聞こえてくる会話は、すべてあたしの話題だ。
……いったいどういうこと?
あたし、この人達に面識なんて一切ないけど……
「すごーい。本人だ」
「隣の男って誰?」
「手つないでる」
「彼氏じゃない?」
彼氏という言葉に反応したのか、隣でハヤトがびくっと反応した。
「お、おいカレン……今、彼氏って――」
「……黙って」
「はい」
今は付き合っている暇がない。
別の方向からも声が聞こえてきた。
「この子、昨日の配信に出てなかった?」
「出てた出てた」
「途中で寝ちゃった子でしょ?」
「あー、マホトルの炎上の」
「めちゃくちゃ眠そうだったよね」
「かわいそうだった」
「無理やり配信に出されたってやつ?」
そこで少しだけ眠気が飛んだ。
昨日の配信は途中から記憶がない。
たぶん、寝た……
そして今朝、マホトルが騒いでいた。
『昨日の配信が炎上しちゃったのだあああああっ』
ああ……これのことなんだ。
「ふあぁ……」
欠伸をして歩いている間にも、こちらを見る人が少しずつ増えている。
「あの子だって」
「写真撮っていいかな?」
「声かけてみる?」
立ち止まる人まで出てきた。
何人かはこちらへ近づこうとしている。
「……はあ」
眠い……ただでさえ眠いのに。
朝から知らない人に囲まれて、とにかくダルい。
それに――なんとなく分かる。
このままここにいたら、絶対に面倒なことになる。
あーもう仕方ないか……
「……ハヤト」
「ん?」
「走るよ」
「…………え?」
ハヤトが目を丸くした。
「今なんて? 朝のカレンが自分から走るって言った!?」
「置いてくよ」
「待て待て!」
あたしはハヤトの手を振りほどくと地面を蹴った。
「……行くよ」
「うおっ!?」
一気に加速する。
眠気で重かった身体も、一度走り出してしまえば多少は動く。
「カ、カレン! 待てって!」
後ろからハヤトの声が飛んでくる。
「あー! 手ぇ離さなくてもよかっただろ!」
「……は?」
走りながら振り返る。
「手つないだままだと走りにくいでしょ」
「違う! オレはカレンと手をつないで登校する、この貴重な時間を――」
「……はあ……まったく。遅刻するよ」
さらに速度を上げる。
みるみるとあたしを撮影していた人達の姿が離れていく。
「あーもう! もっとカレンと手をつないでいたかったよおおおおお!」
背後から変な嘆き声が聞こえるけど、あたしは構うことなく走り続けた。




