おまえは特別な存在なのだ!
「……なんで、あたしの部屋なの?」
メイクを終え、自室へ戻ってくると、ちゃぶ台の上に、見覚えのないノートパソコンが置かれていた。
その周りには小型のマイクやら、カメラやら、よく分からない機材まで並べられている。
数十分前まで、こんなものはなかった。
「ふっふっふ!」
マホトルが得意げに胸を張る。
「配信なんて、パソコンとネット環境があればどこでもできるのだ!」
「……だからって」
「というわけで、今日はここをマホトルch臨時スタジオにするのだ!」
「勝手に決めないで」
「問題ないのだ!」
マホトルはあたしの部屋をぐるりと見回す。
「綺麗に片付いてる! 変なものも映り込まない! 背景もシンプル! 配信するには十分なのだ!」
「……ふーん」
「ただ――」
マホトルの視線が、壁の一点で止まった。
「この凹みだけ、めちゃくちゃ気になるのだ」
マホトルは壁の凹みをぽんぽんと叩く。
「……ビッグバンマドンナのドローン壊したときにできたヤツ」
「なんでドローンを部屋の中で破壊してるのだ!?」
「……色々あった」
「何があったらそうなるのだ!?」
「説明ダルいからカット」
「気になるのだああああっ!」
あたしは大きな欠伸をするとマホトルの反応を無視した。
寝ようとしたらビッグバンマドンナのドローンが窓から侵入――こんなムチャクチャな話を説明するのはごめんだ。
ダルすぎるし、状況を一部始終説明したら長くなる。
「……ん?」
部屋の入口から、妙な気配を感じて、視線を動かした。
「……なに?」
振り返るとハヤトが扉の陰から、顔だけを覗かせていた。
しかも、やたらと寂しそうな顔をしている。
「なあ……」
「……?」
「オレも配信出ちゃダメ?」
「なんでそんな捨てられた犬みたいな顔してんの?」
「カレンと一緒にやりたい!」
「……そうなんだ」
別にあたしが決めることでもなく、マホトルを見た。
「ダメなのだ!」
「即答かよ!?」
マホトルは両腕で大きなバツ印を作った。
「今回は女子二人のコラボ配信なのだ! そこへ急に男が入ってきたら、コメント欄が別の意味で盛り上がってしまうのだ!」
「別の意味?」
「特にカレン!」
マホトルはびしっ!とあたしを指差した。
「おまえは最近、SNSやマジッカー界隈で妙に注目されているのだ!」
「……知らない」
「自覚を持つのだ!」
マホトルが机を叩く。
「おまえは配信者でもないのに、ビッグバンマドンナの推薦で《配信者特別大会》への特例出場が認められたのだ! 普通ならありえないのだ! それだけ今のおまえは、マジッカー界隈でも配信界隈でも注目されてる存在なのだ!」
「……はあ……大袈裟でしょ……」
「大袈裟じゃないのだ! だから!」
マホトルはハヤトをギラりと睨むと力強くビシッと指差した。
「そんなカレンの隣に、いつも一緒にいる男が出てきたら『こいつ誰?』『彼氏?』『付き合ってるの?』やらでコメント欄が埋まるのだ!」
「なっ……!」
ハヤトが驚いたように大きく目を見開いた。
「ということは……ネットの海には――」
何かに気付いたのか、ハヤトの身体が、大袈裟なくらい、わなわなと震え始める。
「オレのカレンを狙ってる不届き者が大量にいるってことかああああああっ!?」
「……はあ」
もう夜だというのにハヤトはいつも通りのテンションだ。
……ため息はでるけど、逆にハヤトらしくて安心してきた。
「許さん! むしろ配信にオレを出せ! たしかにオレはカレンとまだ付き合ってないけど、幼なじみだと視聴者に教えてやる!」
「むしろ『幼なじみ』なんて一番ややこしい立場なのだ! 『昔から一緒』『毎朝登校してる』なんて知られたら、視聴者が勝手に関係を勘ぐり始めるのだ!」
「構わん! カレンと結婚するためなら、オレは人類すべてを敵にしてもいい!」
「壮大な愛の告白にマホトルchを巻き込むななのだああああ! 人類を敵にするなら自分のチャンネルを作って勝手にやるのだ!」
ハヤトはいつもこんな調子なのに、マホトルはよく会話に付き合えるものだ……
放っておかないと、どんどん暴走するってのに……マホトルの元気っぷりには感心する。
ダルくなったあたしは欠伸をすると、ちゃぶ台の前に座った。
「……で、配信って、何すんの?」
「おお!」
マホトルは本題を思い出したのか、あたしの隣に座った。
「まずは簡単な自己紹介なのだ!」
「……自己紹介?」
「名前とか! マジッカー歴とか! 大会の実績とか! そういう当たり障りのないところから入るのだ!」
「……ふーん」
「その後はマホトルがおまえに色々質問するのだ。おまえは適当に答えてくれればいいのだ!」
「……それだけ?」
「それだけなのだ!」
「雑談配信ってやつ?」
「そういうことなのだ!」
思っていたより簡単そうだ。
配信とか興味なくてダルいと思っていたけど、そのくらいなら付き合ってもいいか……眠いけど。
「あと配信始めてから『それ聞かないで』ってなると困るから、NGの話題があるなら今のうちに言うのだ。何かあるのだ?」
「苗字」
「…………」
マホトルの顔が固まった。
さっきのことを思い出したのか、額に汗が浮かぶ。
「……了解なのだ」
「コメント来ても絶対読まないで」
「……わかったのだ」
マホトルは顔を真っ青にすると、目を泳がせる。
「命は惜しいのだ……この女を怒らせたら冗談抜きで殺されちゃうのだ……怖いのだ……」
「だから殺さないって」
「う、嘘なのだ……絶対嘘なのだ……」
ぷるぷると全身を振るわせるマホトルは、あたしの顔色をうかがいながら、ノートパソコンを操作する。
画面には、配信開始までの待機画面が映し出された。
「準備するのだ!」
「……ん」
「カレン!」
扉の向こうからハヤトが声を上げる。
「頑張れよ! オレ、コメント欄から見守ってるからな!」
「……変なコメントしないでよ」
「任せろ! 大丈夫だ! とりあえず『カレン可愛い』と『隣のチビは邪魔』って100回書く!!」
「てめぇ!喧嘩売ってるのだ!?」
ハヤトとマホトルが口論を始める。
「……はあ……」
何度目のため息だろうか……
配信が始まる前から、もううるさかった。
さっさとしてほしい。
「……はやくしてくんない? 眠いんだけど」
「「……はい。ごめんなさい」」
2人はイラついたあたしを見ると、すぐに大人しく正座した。




