空腹のカレン
授業が終わり、放課後になる。
あたしは部室の机に教科書とノートを広げ、黙々と宿題を片づけていた。
「……ダルい」
シャーペンを動かしながら、何度目か分からないため息をつく。
やりたくない。
できることなら、今すぐマジックギアをつけて練習したい。
だけど、家に帰ったら絶対にやらない。
ベッドを見た瞬間、全部どうでもよくなって寝る自信がある。
だから、学校にいるうちに終わらせることにしていた。
そのとき――ガラッと音を立てて部室の扉が開いた。
「カレン、いるかしら?」
「……ん?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
扉の前に立っていたのは、見慣れた黒髪に銀色のメッシュを入れた少女。
洛咲中学校の――菅原愛那だった。
「……愛那? なんでここにいんのさ?」
「やっぱりLINE見てなかったわね」
愛那は呆れたようにため息をついた。
「今日、洛咲中は部活が休みなの。それで明丘学院の近くに用事があったから、ついでに顔を出したのよ」
「……ふーん」
「せっかくだし、カレンと一戦しようと思って――」
愛那の視線が、机の上へ落ちる。
「あら。宿題やってたのね」
「……ん。ダルいけど」
「珍しいわね。カレンが自主的に勉強なんて」
「家帰ったら、絶対やる気なくなるから……」
「なるほど。自分のことはよく分かってるのね」
愛那は空いている椅子を引き、あたしの向かい側へ座った。
「じゃあ、私も宿題やろうかしら」
「洛咲の宿題?」
「ええ。どうせ家でやらなきゃいけないもの」
愛那が鞄からノートを取り出していると、少し離れた場所にいたハヤトも椅子を持ってきた。
「菅原さん。オレも一緒にやっていいっすか?」
「もちろんいいわよ」
「助かるっす! 分からないところあったら教えてほしいんすよね」
「教えれる範囲は限られてるわよ?」
こうして、なぜか三人で宿題をすることになった。
しばらく部室には、紙をめくる音とシャーペンが走る音だけが響いていた。
「…………」
「…………」
「…………」
愛那が手を止め、あたしのプリントをちらりと見る。
「明丘って、結構宿題多いのね」
「……ホント、ダルい」
「そう言う割には、さっきからほとんど手が止まってないじゃない」
「……?」
「カレン、意外と勉強できるのね」
「……そんなことない……」
他愛のない会話をしながらも、もくもくと宿題を進めていく。
それから数十分――。
「……終わった」
最後の問題を書き終え、シャーペンを机へ転がす。
そのままあたしは、べたっっと机に突っ伏した。
「……疲れた」
「マジッカーの練習を二時間やっても平気なのに、宿題でそこまで疲れるのね」
「……使う体力が違う」
「そういうものなの?」
「……お腹減った」
グーッと空腹を知らせる音がお腹からなる。
頭を机につけたまま呟いた。
「もう食い物の話かよ」
ハヤトが笑いながら立ち上がった。
「じゃあ約束通り、飯食いに行こうぜ。カレン」
「……ん」
そうだった。
昼休みの勝負で負けたハヤトが、ご飯を奢る約束になっている。
ハヤトは愛那へ顔を向けた。
「菅原さんも一緒に来るっすか?」
「私も?」
「3人で食った方が楽しいじゃないっすか」
「いいわね。じゃあ、お母さんに『晩御飯いらない』と連絡するわ」
愛那はスマホを取り出し、LINEでメッセ―ジを送ると、あたしは空腹で辛い身体を身体を起こした。
「カレン、何食いたい?」
「……お腹減った。なんでもいい」
「それが一番困る答えなんだよなあ」
ハヤトが腕を組んで唸る。
「焼肉……カレンの食う量を考えると食べ放題必須。寿司……これも食べ放題じゃないと財布が死ぬ。ファミレスなら――」
ハヤトが悩んでいると、愛那が何かを思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば」
「……なに?」
「この近くに新しいラーメン屋ができたらしいわよ」
「ラーメン?」
「ええ。コーチがこの前行ったらしくて、『結構うまかった』って言ってたわ」
「ならカレン、そこ行ってみるか?」
「……行く」
迷うことはない。
あたしは即答すると愛那はくすりと笑った。
「じゃあ、そこにしましょう」
「……ん」
あたしは鞄を肩に掛ける。
「ハヤトの奢りだし」
あたしの言葉に愛那が首をかしげた。
「あら? 今日は紫くんが出すの?」
「そうなんすよ」
ハヤトが苦笑する。
「昼休みにカレンと勝負したんすけど、ボコボコにされたんすよね」
「勝負?」
「オレが勝ったら付き合ってくれって条件で!」
「……へえ……奢ることになったってことは負けたのかしら?」
「いやー、惜しかったっすよ! あと少しでカレンと付き合えたんすけどね!」
ハヤトは頭の後ろに手を回しながら「あははは!」と元気に笑う。
あたしと愛那は、同時にハヤトに視線を向けた。
「……ハヤトのHPは10しか削れてない」
「細かいことは気にすんなって!」
「それはちょっと……それを『あと少し』って言うのは、かなり無理があるんじゃないかしら?」
「菅原さんまで!?」
愛那は呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。
「それにしても紫くん、本当にカレンのこと好きよねぇ」
「もちろんっす!」
ハヤトは迷うことなく胸を張った。
「世界で一番好きっすよ!」
「……また始まった」
「カレンはもう少し照れてあげてもいいんじゃない?」
「……毎日聞いてるから」
「ああ……それじゃ慣れるわね。でも、そこまで真っすぐ好意を伝えてくれる人がいるのは、正直羨ましいわね」
そんな話をしながら、あたしたちは鞄に宿題を片付けると、三人で部室を後にした。
グ―ッ
またお腹から空腹を知らせる音が鳴る。
今はとにかく――
「……お腹空いた……」




