強者
体育館を飛び交う悲鳴と爆音のおかげで、あれほどしつこかった眠気も、ようやく薄れてきた。
「……目、覚めてきた」
あたしは鞄からマジックギアを取り出し、右腕に装着する。
機体が腕を認証すると、表面に青白い光が走った。
「ハヤト。これ持ってて」
「え?」
鞄を押しつけ、その場で床を蹴る。
「ちょ、カレン!?」
ハヤトの声を背中に受けながら、一直線に二宮シンへ駆けた。
シンは、倒れた部員たちを見下ろしたまま、こちらを見ようともしない。
「《出でよ大剣――バスターソード》」
右腕のマジックギアから魔力があふれ、鋼鉄の大剣が形作られる。
大きく踏み込み、無防備な背中へ向かって振り下ろした。
今なら入る。
そう確信した――はずだった。
「相変わらず、威勢だけはいい女だな」
バシッ!
「――なっ!?」
シンは振り返りもしなかった。
背中を向けたまま片腕だけを持ち上げ、振り下ろされたバスターソードの刃を素手で受け止めている。
床が震えるほどの勢いを込めたはずなのに、シンの身体はわずかにも動かなかった。
「踏み込みが浅い」
シンが静かに言う。
「腰が入ってないな。そんな半端な一撃で、俺を倒せると思ったか?」
「……クソッ!」
剣を引こうとする。
けれど、動かない。
シンは指だけで刃をつかんでいるはずなのに、まるで巨大な岩にでも挟まれたようだった。
「それから、殺気が分かりやすすぎる」
シンが、ようやくこちらを振り返る。
余裕の笑みを浮かべたまま、バスターソードを横へ放り払った。
「不意打ち狙ったつもりだろうが、気配が消せてないなら、不意打ちにもならねーよ」
「……次は当てる」
「期待しといてやるよ」
「……腹立つ」
あたしはバスターソードを魔力へ戻し、距離を取った。
シンは追いかけてくることもなく、体育館の入口へ視線を移す。
「ところで、カレン」
「……なに?」
「あの変な仮面集団はなんだ?」
「……さあ」
あたしは背後を振り返った。
「なんか、あんたに恨みがあるみたいだけど」
「初対面だぞ、俺」
マドンナ親衛隊は、体育館の隅で円陣を組んでいた。
「あの身のこなし……只者ではない」
「しかし、たった1人だ」
「我々が一斉に襲いかかれば、勝機はある」
「12人対1人。数では圧倒的に有利だ」
「そして、女子部員からモテる罪も償わせるのだ!」
「「「異議なし!」」」
12人の親衛隊員が一斉にマジックギアを装着した。
……こいつら、わかっていない。
束になったからと言って、勝てるような相手ではない。
腕輪の起動音が重なり、体育館に響く。
「1人では勝てなくとも!」
「12人ならば恐れるに足らず!」
「数こそ力!」
「団結こそ正義!」
「モテない男たちの恨みを思い知れええええええっ!」
「「「処刑せよおおおおおおおおおおっ!」」」
12人が雄叫びを上げ、シンへ向かって走り出した。
「……巻き込まれるのは嫌」
あたしは、さらに後ろへ下がった。
傍観させてもらおう。
「おーい、ハヤト! 聞こえてるか?」
シンは迫ってくる親衛隊を眺めたまま、落ち着いた声を出した。
「な、なんすか、アニキ!?」
「12人分のHPを同時に表示すると、見づらい。俺に一番近いヤツだけ、スコアボードへ映せ」
「そんな機能あるんすか!?」
「操作盤の追跡対象を自動切り替えにしろ」
「は、はいっす!」
ハヤトが体育館脇の操作盤へ駆け寄り、慌てて設定を切り替える。
スコアボードに2人分の名前が表示された。
【二宮シン HP100】
【マドンナ親衛隊No.53 HP100】
先頭を走っていたNo.53が、両手を突き出す。
「まずは我が相手だ!」
「いいぜ。かかってこい」
「後悔するなよ! 《感電せよ バリバリボルト》!」
電撃が一直線に放たれる。
青白い光が、シンの胸元へ迫った。
「へー……強そうな魔法だな。当たればの話だけどな」
シンは一歩も動かなかった。
上半身をわずかに横へ傾ける。
――それだけ。
電撃はシンの身体すれすれを通過し、その背後へ飛んでいった。
「ぐわあああああああっ!」
「え?」
シンの後ろから奇襲しようとしていた別の親衛隊員に、電撃が直撃した。
【マドンナ親衛隊No.401 HP75】
「な、仲間に当たった!?」
「馬鹿野郎! 射線上に入るな!」
「撃つ前に確認しろ!」
シンが欠伸をしながら、首を鳴らす。
「12人は面倒だな。1人ずつ相手にするのは時間がかかる。まとめて来いよ」
「我々を舐めるなあああああっ!」
別の親衛隊員が、シンへ向かって火球を放つ。
シンは近くにいたNo.53の腕をつかんだ。
「な、何を――」
その身体を軽々と引き寄せ、火球の前へ押し出す。
「ぎゃああああああああっ!」
火球がNo.53の背中で炸裂した。
スコアボードの数字が更新される。
【マドンナ親衛隊No.53 HP80】
「仲間を盾にしたぞ!」
「なんて卑劣な男だ!」
「12人でかかってきて、よく言うぜ」
シンは呆れたようにNo.53を手放した。
「囲め!」
「全方向から同時に撃てば、避けられない!」
親衛隊員たちがシンの周囲へ散開する。
前後左右。
逃げ道を塞ぐように、四方八方から魔法陣が展開された。
「これで終わりだ!」
「我々親衛隊の勝利である!」
「一斉射撃――開始!」
水、雷、岩、風――。
様々な属性の魔法が、一斉にシンへ放たれる。
その中心で――シンは欠伸をしていた。
「ふわぁ……」
眠そうに目を細め、身体を軽くひねる。
一歩、半歩。
ときには首を傾けるだけ。
必要最小限の動きだけで、飛来する魔法を次々とかわしていく。
「なっ!?」
「当たらない!」
「動きを読まれているぞ!」
シンを外れた魔法は、そのまま反対側にいる親衛隊員たちへ向かう。
「ぐわああああっ!」
「お前、こっちに撃つな!」
「俺じゃない! あいつが避けたんだ!」
次々と同士討ちが起こり、体育館に爆発音と悲鳴が響き渡った。
「馬鹿だなー、お前ら」
シンは攻撃の合間に腕を組む。
「相手を囲んで直線魔法を撃てば、避けられたとき誰に当たるかくらい分かるだろ」
「くっ……! こうなれば、直接捕らえるぞ!」
4人の親衛隊員が魔法を止め、シンへ飛びかかった。
左右の腕と胴体へしがみつき、四方からがっしりと押さえ込む。
「捕まえたぞ!」
「いくら貴様でも、この状態では動けまい!」
「我たちに構うな!」
「残った同志たちよ! 我たちごと攻撃するのだ!」
残りの8人が動揺する。
「で、できない!」
「仲間を巻き込むなんて!」
「だが、この機会を逃せば勝てないぞ!」
シンは4人にしがみつかれたまま、冷めた目で親衛隊員たちを眺めていた。
「お前ら、何の茶番を見せてるんだ?」
「茶番ではない! 自己犠牲だ!」
「これこそ、マドンナ親衛隊の絆!」
「さあ! ためらうな、同志たちよ!」
「我らの犠牲を無駄にするな!」
「マドンナ親衛隊に勝利を!」
「「「勝利をおおおおおおおお―――――っ!!」」」
残った8人が覚悟を決め、一斉に魔法を放つ。
「うわー。派手にやってるっすね」
ハヤトは操作盤の横で、面白そうに笑っていた。
爆音とまばゆい光が響き渡る。
シンと4人の親衛隊員の姿が、黒煙に飲み込まれた。
ビーッ! ビーッ!
ビーッ! ビーッ!
HP切れを告げるブザーが鳴り響く。
「やったぞ!」
「我々の勝利だ!」
「マドンナ親衛隊が団結すれば、勝てない敵など存在しない!」
残った親衛隊員たちは両腕を上げ、歓喜の声を上げる。
こいつら、本当にバカだ。
ブザーが4回しか鳴っていないことに、誰も気づいていない。
黒煙がゆっくりと晴れていく。
床に倒れていたのは、白黒の仮面をつけた4人だけだった。
その中心に、二宮シンが立っている。
服には焦げ跡一つ付いていない。
あたしはスコアボードへ視線を移す。
【二宮シン HP100】
「はっはっはっは!」
シンは、倒れた4人へ片足を乗せながら、喉奥が見えるくらい下品に笑う。
「4人も盾がいたおかげで、全部防げたぜ! ありがとな!」
「わ、我たちを盾に……」
「そ、そんな……」
シンは魔法が放たれる直前、拘束していた4人の腕を外し、攻撃が飛んでくる方向へ押し出したのだ。
魔法の種類も、飛んでくる角度も、すべて見切ったうえで。
「アニキ、すごいよな」
ハヤトが感心したように言う。
「カレン、気づいてるか?」
「……うん」
あたしはシンの右腕を見る。
装着されたマジックギアは、まだ一度も魔法を発動していない。
「あいつ……まだ、自分の魔法を一発も使ってない」
相手の攻撃をかわし、誘導し、利用する。
それだけで4人を倒した。
「さて、と――」
シンが残った親衛隊員たちを見回す。
「残り8人か。さすがに1人ずつ片づけるのは時間の無駄だな」
「まだ我々は負けていない!」
「かかれええええええっ!」
親衛隊員たちが、再びシンへ向かって走り出す。
シンは初めて、右腕のマジックギアを持ち上げた。
「――もういいだろ」
その一言で、体育館の空気が変わった。
「まとめて終わらせてやるよ」
シンの足元から、赤い光が広がっていく。
体育館の床を埋め尽くすほど巨大な魔法陣が展開され、周囲の温度が一気に上昇した。
空気が揺らぎ、体育館全体が燃え上がったように赤く染まる。
「《究極奥義――ソード・オブ・フレイム》」
炎の領域が完成する。
大魔法だ。
「馬鹿な!?」
「いつの間に、これほどの魔法を!?」
「この規模の魔法を発動するには、長いチャージ時間が必要なはずだ!」
親衛隊員たちの足が止まる。
シンは口元をつり上げた。
「チャージする時間なら、あっただろ?」
「なに……?」
「お前らが俺を囲んで、勝手に同士討ちして、感動ごっこをしてる間――」
右腕を、ゆっくりと持ち上げる。
「最初から今まで、ずっとな」
「「「ま、まさか――!?」」」
シンは戦いが始まった瞬間から、魔力を蓄え続けていた。
攻撃をかわしていた間も。
仲間同士で争わせていた間も。
四人に拘束されていた間でさえ―――。
すべては、残った敵を一撃でまとめて倒すための時間稼ぎだった。
シンの背後に、数え切れないほどの魔法陣が展開される。
その一つ一つから、燃え盛る剣が姿を現した。
「一瞬で終わらせてやるよ。感謝しな――降りそそげ」
シンが腕を振り下ろす。
無数の炎剣が、一斉に解き放たれた。
「うわあああああああっ!」
「逃げろおおおおおっ!」
「数が多すぎる!」
親衛隊員たちは必死に逃げ回る。
けれど、炎の剣は一人一人を追尾し、逃げ道を塞ぐように降り注いでいく。
「ぬわああああああっ!」
「ビッグバンマドンナ様あああああっ!」
「ひええええええええっ!」
爆発音と悲鳴が、体育館中に響き渡る。
やがて最後の親衛隊員が倒れ、静寂が訪れた。
床には、12人の仮面男が積み重なるように転がっている。
その中心で、シンだけが無傷のまま立っていた。
【二宮シン HP100】
「わはははははは!」
シンは腰に手を当て、倒れた親衛隊員たちを見下ろす。
「12人もいて、俺のHPを1も削れねえとはな!」
そして、悪人そのものの笑みを浮かべた。
「出直してきな――雑魚どもめ!」
圧倒的だった。
12人を相手に、一度も傷を負わなかった。
しかも、最後の一撃まで自分の魔法すら使わずに。
性格は最悪だけど。
「……やっぱ、強い」
あたしは思わず、そう呟いていた。




