史上最強のコーチ
あたしは重たいまぶたをこすりながら、バスを降りた。
目の前にあるのは、立派な校門と、その奥に広がる校舎。
ここは――県立洛咲中学校。
「……やっと……ついた……。でも、ねむいぃ……」
校門の近くに設置された時計は、午前9時を指している。
休日なら、まだ布団の中にいる時間だ。
やっぱり、早起きはきつい。
土曜日の朝から、わざわざ他校まで足を運ぶなんて、朝が苦手なあたしには重労働だった。
――あたしが通っているのは、私立明丘学院。
当然、この洛咲中学校とは何の関係もない。
そんなあたしたちの後ろから、ぞろぞろと白黒の仮面集団がついてきていた。
「待て、貴様ら!」
親衛隊員の一人が、びしりとこちらを指さす。
「他校の、それも中学校に何の用だ!」
「まさか、これが貴様らのデートコースなのか!?」
「休日のデートで中学校を選ぶとは、さすがにセンスを疑うぞ!」
そんな趣味はない。
けど事情を知らなければ、そう思うのが当然か……
「……ここには、すごい人がいる」
「アニキはホントにすげーぞ!」
ハヤトが校舎を見上げ、どこか誇らしげに笑った。
「すごい人だと?」
「この学校のマジッカー部を指導してる外部顧問だ」
「外部顧問……?」
親衛隊員たちが顔を見合わせる。
「ただの雇われコーチではないのか?」
「普通のコーチじゃないぜ!」
ハヤトの表情が、珍しく真剣なものへ変わった。
「現役から離れてるけど、実力は世界最強クラス。今でも本気で戦えば、トップ選手のほとんどは相手にならないと思う」
「「「な、なんだってえええええええっ!?」」」
親衛隊員たちの叫び声が、朝の校門前に響き渡る。
「お前らの親玉、ビッグバンマドンナだって、たぶんHPを1も削れないまま負けるぜ」
「そ、そんなバカな……!」
「ビッグバンマドンナ様が、無傷で敗北するだと……?」
「あり得ない! そのような選手、我々のデータには存在しないぞ!」
「選手じゃないからな」
ハヤトが肩をすくめた。
「大きな大会にも出ないし、配信もしてない。ネットで目立つことにも興味がない。だから、名前を知らないヤツの方が多いと思う」
「隠れた実力者ということか……」
「都市伝説の類いではないのか?」
「……実在する」
あたしは眠気をこらえながら、小さく答えた。
「……前に、戦ったことあるから」
「勝敗は!?」
親衛隊員たちが一斉にあたしへ詰め寄ってくる。
「勝ったのか!?」
「……負けた」
「毒毒カレンが負けただとおおおおおっ!?」
バキィ!
あたしの苗字を叫んだ親衛隊にアッパーを叩きこむ。
「その苗字で呼ぶなあああああああああああああ――――ッ!!!!」
「すみませんでしたあああああああああああ!!!」
アッパーで浮かび上がった親衛隊は、ベシッと音を鳴らして、地面に叩きつけられる。
その悲惨な姿を見て、他の親衛隊メンバーが輪を組んで話し始める。
「あの女の苗字を呼ぶことは今後NGとする。いいな?」
「はい!我々は配慮ができる集団です!」
「「「マドンナ親衛隊に栄光あれーっ!」」」
いちいち声がデカい連中だ。
あたしはため息を吐くと、親衛隊の1人が話しかけてくる。
「その最強の雇われコーチとは、どんなヤツだ? 戦ったことあるのだろう?」
「……何もさせてもらえなかった。一方的にやられた……」
あの人と初めて戦った日のことは、今でも覚えている。
魔法を放つ前に動きを読まれた。
攻撃を仕掛ければ、最小限の動きでかわされた。
不意を突いたつもりでも、最初から全部分かっていたみたいに対処された。
実力差がありすぎて、悔しいとすら思えなかった。
「この女が嘘を吐くとは思えん……」
「本物ということか?」
「参考までに聞かせてもらおう!」
親衛隊員の一人が、手帳を取り出した。
「その世界最強クラスの外部顧問とは、いったいどのような人物なのだ!?」
「アニキのことか?」
ハヤトは腕を組み、少し考える。
「まず、背が高い」
「ほう」
「顔もかなり整ってる。黙ってれば、ちょっと怖そうに見えるけどな」
「ほうほう」
「周りをよく見てるし、気も利く。誰かが落ち込んでたら、こっそり声をかけたりもする」
「人格者ではないか……」
「指導もすごいぜ。部員一人一人の癖を覚えて、本人も気づいてない弱点まで一発で見抜いて、成長に繋げるんだ」
「実力だけでなく、指導者としても一流とは……!?」
親衛隊員たちが、ごくりと唾を飲む。
「それに、教え方も分かりやすい。できていないことを、できるように一緒に考えて、指導してくれる」
「まさしく理想の指導者!」
「女性部員からの人気も高い」
「「「…………」」」
ピタッと親衛隊員たちの動きが止まった。
「「「今、なんと言った?」」」
「女性部員からの人気も高い」
ハヤトは悪びれることなく繰り返した。
「実力があって、背が高くて、顔もいい。しかも面倒見までいいんだ。そりゃあ、モテるだろ」
「「「どれほどだ……?」」」
「女子部員がいるけど、間違いなくアニキのことが好きだな」
「「「我々の敵ではないかあああああああっ!」」」
さっきまで尊敬していたはずの親衛隊員たちが、一瞬で敵意をむき出しにした。
「「「許せえええええん!」」」
「「「能力、容姿、人格! すべてを兼ね備えたうえにモテるだと!?」」」
「「「一つくらい我々に譲れええええええ!」」」
「外部顧問の立場を利用して、女子中学生から好意を集めるとは卑劣なゲス男め!」
「処刑だ!」
「処刑せよ!」
「雇われコーチを許すな!」
親衛隊員たちは、校門の前で円陣を組み始めた。
「偵察しましょう」
「毒毒カレンの強さの秘密が、この学校に隠されているかもしれん」
「伝説の指導法を盗み、ビッグバンマドンナ様へ献上するのだ」
「そして隙があれば、その外部顧問を処刑する!」
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
すっかり蚊帳の外のあたしは、大きなため息を吐いた。
ホントに朝から元気な奴らだ。
けど不思議と羨ましいとは1mmも思わない。
「……くだんない。ハヤト、早く行こう」
「ああ。時間が勿体ないよな」
親衛隊員たちは、勝手についてくることに決めたらしい。
止めるのも面倒なので、あたしとハヤトはそのまま校内へ入った。
休日の校舎は静かだ。
聞こえてくるのは、運動部の掛け声と、グラウンドから響くボールの音くらい。
だけど、体育館へ近づくにつれて、別の音が聞こえ始めた。
ズドンッ!
建物全体が、わずかに揺れた。
「な、なんだ!?」
「爆発か!?」
親衛隊員たちが身構える。
続けて、少女たちの悲鳴が響いた。
「「うわああああああああっ!」」
「コーチ!! 待って、待ってええええええ!」
「もう無理です!!」
ドゴオオオンッ!
体育館の扉の隙間から、黒い煙が流れ出してくる。
「ま、まさか事故では!?」
「急いだ方がいいんじゃないか!?」
マドンナ親衛隊達が慌てふためくが、あたしは欠伸をかみ殺して、体育館の扉へ手をかけた。
「……いつものこと」
「いつものことだとぉ!?」
中では、朝から部活動が行われているはずだ。
そして、その中心にいるのが――あたしたちの目的の人物。
表舞台に現れない”最強のプレイヤー”
理不尽なほど圧倒的な実力に優れた洞察力。
一人一人の長所を見抜き、才能を引き出す指導力。
部員達から厚い信頼を寄せられ、あたしが唯一、一度も勝てなかった相手。
洛咲中学校マジッカー部、外部顧問――"二宮シン"だ。
「この人が……!」
「最強の指導者……!」
親衛隊員たちが息を呑む。
あたしは体育館の扉を開き、まばゆい光が、視界いっぱいに広がった。
――体育館の中心に、一人の青年が立ってる。
高い身長。
整った顔立ち。
魔法によって巻き起こされた風が、黒い髪と上着の裾をなびかせている。
片手を軽く掲げただけで、いくつもの魔法陣を同時に展開していた。
その姿は、まるで戦場を支配する英雄のようで――。
「わははははははははっ!」
青年は喉奥が見えるほど下品な高笑いをしながら、床に転がる部員たちを見下ろし――ボコボコにされて無抵抗な部員たち目掛けて、魔法を連打していた。
「雑魚どもめ! 鍛錬が足らねーぞ!」
バン! バン! バン! バン!
ドドドドドドドドド!!!
もうとっくにHPが切れているはずなのに、部員達は攻撃されていた。
「コーチ、もうやめてええええ!」
「わははははは!!弱い者いじめ最高!!!」
「大人として、それはあんまりですよ!コーチぃぃぃぃいいい!!!」
「問答無用! ガチャですり抜けくらった恨みをお前らで八つ当たりしてやる!」
「「わあああああああああああああ!!!!」」
空中に浮かんだ無数の魔法陣から、光弾が一斉に発射され――煙が晴れた頃には、部員達は目を回して気絶していた。
「「「ロクでもないヤツだったああああああああっ!?」」」
親衛隊員たちの絶叫が、体育館中に響き渡った。
あたしは眠い目をこすりながら、小さくため息をつく。
「……黙ってれば、尊敬できる人なんだけどね」




