第三章 夕焼けの色
少女は風に導かれるまま歩いていた。
どれくらい歩いただろう。
今日は昨日より遠くへ来た気がした。
花の色を知った。
空の広さを知った。
そして今、
少女は小さな丘の上に立っていた。
風が吹く。
長い草が波のように揺れる。
見上げれば空はまだ青かった。
けれどその青の端から、
少しずつ色が変わり始めている。
薄い橙。
柔らかな金色。
淡い桃色。
空はまるで、
誰かが筆でゆっくり色を重ねているようだった。
少女は座り込む。
なぜだろう。
目を離したくなかった。
空は刻一刻と変わっていく。
橙色が深くなる。
金色が燃えるように輝く。
やがて世界全体が茜色に染まった。
風まで色付いて見えた。
草も。
雲も。
遠くの山まで。
すべてが夕焼けの中に溶けている。
少女は息を呑んだ。
綺麗だった。
今まで見たどんな景色よりも。
胸が震えるほど。
その時だった。
ぽたり。
頬に何かが落ちた。
少女は驚いて触れる。
指先が濡れていた。
涙だった。
「どうして……」
少女は呟く。
悲しくない。
苦しくない。
怖くもない。
それなのに涙が止まらなかった。
夕焼けは何も言わない。
ただ静かに沈んでいく。
それだけなのに、
胸の奥が締め付けられる。
まるで大切な何かが遠ざかっていくような…
そんな気がした。
少女は夕焼けを見つめる。
沈まないで。
なぜかそう思った。
もう少しだけ…
もう少しだけこのままでいて。
けれど夕焼けは止まらない。
誰の願いも聞かず。
誰も置いていかず。
ただ静かに沈んでいく。
少女はその姿を見つめながら思った。
美しいものは、
ずっとそこにあるわけではないのかもしれない。
花は散る。
雲は流れる。
光は消える。
夕焼けも終わる。
けれど。
だからこそ。
こんなにも綺麗なのだろうか。
少女は胸に手を当てた。
そこにはまだ夕焼けが残っていた。
空から色が消えても。
光が沈んでも。
確かに残っている。
不思議だった。
消えてしまったのに。
なくなったわけではない。
少女は小さく目を閉じた。
瞼の裏には、
さっきの夕焼けがまだ広がっていた。
茜色。
金色。
橙色。
やさしく世界を包む色。
少女はそっと微笑む。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「ありがとう」
誰に向けた言葉なのかはわからなかった。
夕焼けかもしれない。
風かもしれない。
この世界そのものかもしれない。
けれど言いたかった。
出会えたことに。
見れたことに。
ありがとう、と。
その時。
胸元で小さな音が鳴った。
からり。
見下ろすと、
砂時計の砂が茜色に染まっていた。
今までで一番鮮やかな色。
燃えるようでいて、
どこか懐かしい色。
一粒。
また一粒。
静かに落ちていく。
少女はその意味を知らない。
けれど。
落ちていく砂を見ながら思った。
終わるのは悲しい。
けれど。
終わるからこそ、
心に残るものもあるのかもしれない。
空を見上げる。
夕焼けはもう消えていた。
それなのに、
胸の中にはまだ残っていた。
温かな光のように。
消えない記憶のように。




