第6話 チュートリアルなのか?
『登録完了。ゲーム世界へ移行いたしますので、まぶたを閉じてください』
「んっ? 目を閉じればいいの?」
最新鋭のシステムなのに、指示が妙にアナログだな、なんて思いながらも両目を閉じる。
いよいよ、待ちに待ったゲーム世界だ。暗闇の中で期待感だけが膨らんでいく。さっさとチュートリアルを終わらせて、一刻も早く勇ちゃんと合流しないと。
その瞬間だった。
体が重力から解き放たれてふわっと浮いたかと思えば、ストンと「何か」に座らされたような感覚がした。
「ようこそ。エイドスの世界へ。まぶたを開けてください」
脳内に直接響くような、落ち着いた女性の声。
促されるままに、おそるおそる目を開ける。
けれど、そこに期待していた女神様のような女性の姿はなかった。代わりに、ミニトマトくらいの小さな光が、目の前で煽るようにふわふわと浮いているだけ。視界の端には、古ぼけた木製の扉がひとつ見える。
……なんだここ?
やけに狭いし、それに、この小さな光は何なんだ?
光は左右にゆらゆらと動いていて、つい目で追ってしまう。
「そんなに険しい顔をなさらないでください。シワができますよ」
突然、光が話しかけてきた。丁寧な言葉遣いだけど、言っていることは失礼極まりない。
「私の名前はフィーと申します。光属性の精霊です。この度、神に命じられましてユウリさんの担当となりました。ゲームのチュートリアルを始めてもよろしいでしょうか?」
なんだか少しムッとする言い方だ。丁寧すぎて、逆におちょくられているような気がする。
だがチュートリアルを早く終わらせたいので、今のイラッとした気持ちはスルーすることにした。
「どうぞ」
「では、座ったままで良いので、両手を左右に動かしながら、両足で地面を踏みつけてください」
えっ?
想像していなかった指示に戸惑いながらも、とりあえずやってみる。椅子らしきものに座ったまま、手足をバタバタと動かした。
すると。
「ぷっ。本当に実行するとは……」
笑われた。
顔は見えないけど、絶対に馬鹿にした顔をしている。この精霊、性格が悪い。
「はぁ? フィーが言ったからやったんじゃん。チュートリアル早く終わらせたいんで、進めてもらえるかな?」
「ちゃんとこの世界の体に馴染んでいるのが確認できましたので、あとは自由に過ごしてください」
「えっ?」
「早く終わらせたかったのでしょう?」
絶句する。いや、そういう意味じゃないんだけど。
「チュートリアル、終わり?」
「この世界は夢のようなものだと思ってください。現実世界より基礎体力も高く、体も動かしやすいです。クエストをこなすも良し、冒険者としてモンスターを狩るも良し、生産職につくも良し。好きに生きてください」
そんな丸投げなこと言われても。
「メニューの開き方とかメッセージの送り方すら分からないんだけど!?」
「それくらい自分でどうにかしてください。情報収集するなり、自力で解決する努力をしましょう。それでは私は見守っていますので、あまりにも不憫だったら手助けしてあげます」
一方的にそう告げると、フィーは姿を消した。
「フィー? フィー?」
呼びかけても返事はない。
自分は立ち上がり、ふと振り返る。さっきまで座っていた「椅子」の感触が、妙に気になったからだ。
そして、目の前にあったのは……。
白磁の、立派な便座だった。
「……」
世の中には、知らなくていいこともあるんだな。
他のプレイヤーも、こんな感じでトイレからチュートリアルを終えたのだろうか。
色々考えたいことはあるが、いつまでもトイレの中にいるわけにはいかない。
移動しよう。自分は木製の扉のドアノブを握る。
手のひらに伝わる、現実と変わらない冷たい感触。
すごい。場所はトイレだけど、まるで本当に、この世界にいるみたいだ。
ゲームの中なのに。
扉を開けると、眩しい光が差し込んできた。
目を細めながら、その先へと足を踏み出す。
さあ、この扉の向こうには、どんな世界が広がっているのだろうか。




