第4話 勇ちゃん、早く来て。
噴水の水音が、背後で絶え間なく涼やかな音を立てている。
振り返って、鏡のような水面を覗き込みさえすれば、この世界での自分がどんな姿になっているかすぐに分かるはずだ。けれど、自分は頑なに前を向いたまま、噴水に背を向けて立ち続けていた。
もし、とんでもなく変な姿になっていたら。あるいは、期待していた美女や幼女とは程遠い、あまりにも微妙な姿だったら。
そう思うと、自分一人でそれを確認する勇気がどうしても出なかったのだ。
「勇ちゃん、遅いなぁ……」
チュートリアル……と呼んでいいのかさえ怪しい、不親切極まりない導入をどうにか終えたら、すぐ目の前にこの噴水広場があった。
移動にはほとんど時間はかかっていない。ここに着いてすぐに勇ちゃんへメッセージを送ったけれど、そこからゲーム内時計ですでに10分以上が経過していた。
待ち合わせにはこれ以上ない場所だと思って選んだのに、一向に勇ちゃんが現れる気配はない。
メッセージは未読のままだし、そもそも、勇ちゃんがどんな外見になっているのかすら、自分は知らないのだ。
「超絶イケメンキャラ作るんだぞ!」なんて送り出す時には言ったけれど、このゲームの仕様を考えると、思い通りにいっているとは限らない。勇ちゃんがどんな姿で、どこに立っているのかも分からない現状では、こちらから探しに行くこともできず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
自分はさっきから、意味もなくシステムウィンドウを呼び出しては閉じ、呼び出しては閉じを繰り返している。
この『エイドス』というゲーム、事前の期待とは裏腹に、プレイヤーに対する親切心が欠片もなかった。本来なら、こだわり抜いた理想のキャラクターを時間をかけて作り上げる予定だったのに、実際にはキャラメイク画面すら存在せず、この世界に放り出されていたのだ。
手持ち無沙汰な自分は、初期装備の裾を無駄にいじったり、爪先で石畳の溝をなぞったりして、どうにかソワソワする気持ちを誤魔化そうとする。
勇ちゃん、お願いだから早く見つけておくれ。そして、自分よりも先に自分の顔を確認して、笑うなり褒めるなり、何かしらの反応を返しておくれ。
そんな願いを込めながら、必死に勇ちゃんが来るはずの通りを注視し続けるが、視界を通り過ぎるのは見知らぬ誰かばかりだ。
……というか。
さっきから、周囲のNPCやプレイヤーたちが、明らかにこちらを意識している気がする。
二度見されたり、立ち止まってこそこそと囁き合ったり。中には、驚いたような顔をして、離れた場所から指を差してくる者までいる。
ずっと噴水の真ん前で挙動不審に突っ立っているせいで、変な奴だと思われているのだろうか。
向けられる視線の熱量が、ただの待ち合わせ中の人に向けられるものとは違う気がして、いよいよ恥ずかしさが限界を迎えそうになる。
自分は逃げるようにガクンと首を落とし、足元の影へと視線を逃がした。
ただひたすら、無機質な石畳の継ぎ目を見つめた。
そうして意識を無理やり外側から切り離すと、自然と思い出されたのは、数十分前まで現実の世界で隣にいた、勇ちゃんの確かな体温と約束だった。




