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夫よ!殺しに行くから待ってろよ!~VRゲーム内にて夫をキルしに行く話~  作者:


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第29話 兄貴の頼み(9) 今日で終わるはずだった

 チリン、と静まり返った休憩室に澄んだ鈴の音が響き渡った。


「ん……?」


 俺はソファからゆっくりと身体を起こし、視界の端に半透明のメニュー画面を展開して現在時刻を確認する。


 思ったよりも結構深いところまで寝ていたな。


 本音を言えばこのまま夕方までソファでダラダラと横になっていたいけれど、全ては兄貴に約束させた最高級タルト三種のためだ。こればかりは仕方がない。


 重い腰を上げ、寝癖がついて不格好になっていないか軽く手ぐしで髪を整えながら、店舗へと繋がる木製の扉へと向かう。


 カチャリ、と小さな金属音を立ててドアを開けた。


 今度の来店客は、さっきみたいな面倒なタイプじゃないといいんだけどな。露出度が限界突破していて、猫なで声で身体をクネクネさせてくる勘違い系プレイヤーとかは、本当にマジで勘弁してほしい。


 そんな警戒心を抱きながら、一歩店内へと足を踏み入れる。

 きらびやかなピアスやネックレスが整然と並んでいるガラス棚のコーナーに、一人の客がぽつんと立っていた。


 白髪……いや、違う。天井の魔導ランプの光を優しく受けて、きらりと神秘的に輝く美しい銀髪だ。


 その長い髪を頭の高い位置できゅっと爽やかにまとめたポニーテールにしていて、細く白い首元がすっきりと際立って見えている。


 服装は、一般プレイヤーがゲーム開始時に誰もが支給される初期装備の白い布ワンピースだ。


 ……武器や防具を新調するより先に、お洒落用の装飾品を見に来たのか。

 よほどゲームの仕様に不慣れな初心者か、あるいは逆に、戦闘なんて二の次で異世界スローライフを満喫するほどの経済的・精神的余裕があるプレイヤーのどちらかだろう。


 その銀髪の女性は、まだ背後の扉から現れた俺の存在に気づいていない。何かお目当てのアイテムでも探しているのか、綺麗なポニーテールを揺らしながら店内をキョロキョロと見回している。


「あれ……?」


 ふと、彼女の唇から漏れたのは、それ自体が綺麗な鈴の音を転がしたかのような、透き通った澄んだ声だった。


 その声の響きの美しさに、俺は思わずその場に足を止めてしまっていた。

 純粋に、彼女の顔を見てみたい、と思ってしまったのだ。

 俺は極力不審に思われないよう、臨時の店員としての営業スマイルを意識しながら、努めて自然に声をかける。


「どうかなさいましたか?」


 不意に背後から声をかけられた彼女は、小さく息を呑んで驚いたように勢いよく振り返った。


「っ……」


 え?

 おい、ちょっと待て。

 俺はまだ、休憩室のソファの上で夢でも見ている最中なのか?


 あまりの衝撃に、喉が完全に張り付いて次の言葉が出てこない。

 目の前に立ってこちらを見上げているのは、グラフィックの完成度があまりにも高すぎる、一人の凄まじい美少女だった。


 このゲームのプレイヤーアバターって、現実に合わせた性別で完全ランダム生成されるはずだよな?


 それなのに、システムによる自動生成のパーツの組み合わせだけで、ここまで完璧に美しく整うことなんて本当にあり得るのか?


 至近距離で改めて見つめると、それはやはり白髪などではなく、シルクのように艶やかに輝く至高の銀髪だった。ほんのりと吊り目がちで意志の強そうな深緑色の瞳は、まるで最高級のエメラルド原石みたいに深く光っている。


 芸術品のように整った鼻筋に、血色の良い柔らかな薄紅色の唇。布一枚の初期装備の上からでも分かる身体のラインも、出るところは綺麗に出ていて、スラリとスタイルが良い。


 ……一体どれだけ現実の徳を積めば、ランダム生成でこんな奇跡みたいなアバターを引き当てられるんだ、この人は。


 お互いに無言のまま、数秒ほど視線がまっすぐに絡み合う。


「あの……?」


 銀髪の少女が、どこか不安げに眉をひそめてこちらを覗き込んできた。

 俺が完全にフリーズして、挨拶もせずにただ黙って彼女の顔を見つめ続けてしまっていたからだ。不気味に思われても文句は言えない。


 やべっ、テスターとして、いや店員として完全に失格だ。


「大丈夫ですか?」


 少女の重ねての問いかけに、俺はハッと我に返った。


「あ、すいません。あまりにも美しい方だったので、つい見惚れてしまいました」


 脳のフィルターを通す前に、心の底からの本音がそのまま自然と言葉になって口から滑り出ていた。


 現実の日常なら恥ずかしすぎて天地がひっくり返っても絶対に言えないような気障な台詞だけれど、ここは誰も俺の素性を知らないゲームの中だ。だからこそ、素直に口にすることができた。


 その後は、なんとか理性を総動員して臨時の店員として彼女との会話を続けた。

 だけど正直なところ、、どんな受け答えをしたのか、その内容の詳細は緊張のせいでほとんど覚えていない。我ながら情けないことに、会話の間中、ずっと彼女の整った顔ばかりに目を奪われていた気がする。


 やがて、彼女が店を後にする別れの時がやってきた。


「ありがとうございました。本当に良い品が沢山あるので色々と悩みますね。また日をあらためて、ゆっくりと見に来たいと思います」


「は……はい。またのご来店を、心よりお待ちしております」


 彼女の丁寧な挨拶に、俺はいつもより深く頭を下げて見送った。


 彼女はまだ初期装備のままだ。この店の装飾品は初期の所持金で買うにはどれも高すぎるし、たぶん今日のところは手持ちのリルが足りなくて買えなかったのだろう。

 だけど、今日という日を逃したら。


 俺がここで身代わりの店番をしているのは、今日限りの約束だ。

 本来なら、俺にとってこの最新VRMMOは、兄貴に無理やり頼まれたテスターの仕事として今日一日プレイして、それで完全に終わらせるつもりだった。

 ただの身内の手伝い。それだけのはずだったのだ。


 でも、あの銀髪の彼女は違う。

 彼女は自分の意思で、この広大な世界へとワクワクしながらやってきた。これからもきっと、このゲームをずっと続けていくはずだ。


 彼女にとって、今日の俺はただの一時的な装飾屋のNPC店員。今日の短いやり取りの記憶だって、明日になれば大して残りもしないのかもしれない。


 それでも。

 もしも次に彼女と会う機会があるのだとしたら。


 その時は偽物の店員としてではなく、同じ広大な大地を駆ける一人の冒険者として。


 同じプレイヤーの立場として、正面から堂々と彼女に声をかけたい。


 データを見れば、この世界のどこかにはまだ見ぬ美女プレイヤーたちもたくさんいるのだろう。


 だが、さっきの彼女が俺の胸に叩き込んできたほどの強烈な衝撃は、この先そう簡単には出会えない気がした。それほどまでに、あの銀髪の少女の存在は強烈だった。


 俺は心の中で、静かに、けれど明確に決意する。

 明日から、現実のスケジュールをなんとかやりくりして、プライベートの時間を無理にでも作ろう。


 そして一般プレイヤーとしてアカウントを正式に登録し、この世界を本気でやり込んでみる。


 あの店先で出会った、美しい銀髪の少女に、また巡り会うために。

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