第25話 兄貴の頼み(5)お前にしか頼めねぇ
ガツンッ、と小気味いい衝撃音が店内に響いた。
「いてっ!」
みぞおちのあたりにずっしりとした鈍い衝撃が走る。
視界の端にポップアップした「-2」という赤い被ダメージ表示と同時に、ビリビリッと軽い電流のような微弱なペナルティ刺激が走った。
見た目はどう見ても線の細い華奢な大人の女性キャラなのに、お兄様から繰り出された腹パンは普通に痛い。最新の触覚フィードバック機能をこんなところで実感したくはなかった。
「おい修平、お前思っていることが全部声に出てんぞ!」
俺の腹を拳で小突いた目の前の美しき女性が、ドスの利いた声で怒鳴る。
「いいか、俺は好き好んでネカマをやってるわけじゃねぇし! これには運営上の深い訳があるんだよ!」
きゅっと眉をひそめ、頬を少し膨らませて本気で憤慨するその表情は、グラフィックの暴力というか、客観的に見れば正直かなり可愛い部類に入る。
だが、中身は実の兄貴だ。
その厳然たる事実を脳が再認識した瞬間、一瞬浮き立ちかけたテンションが垂直落下で急降下する。どれだけ美少女だろうが美女だろうが、中身が身内ならただのホラーだ。
「いやいやいや。そもそもこのゲーム、一般プレイヤーは現実の性別から選択変更できなかったはずだろ? それなのに管理者権限を使ってわざわざ女キャラを動かしてたら、そりゃ身内じゃなくてもネカマって思われても仕方ねぇって」
俺が言い終わるよりも前に、いきなりガシッと右腕を掴まれた。
女性アバターの細い手首からは想像もつかないほど、思ったよりも掴む力が強い。アバターの筋力設定だけは男並みにしてあるのだろうか。
「チッ……」
綺麗な唇から、じつに聞き馴染みのある不機嫌そうな舌打ちが漏れる。
「外じゃ人目が多すぎて話せねぇんだよ。一から全部説明してやるから大人しく来い。口でグダグダ言うより、実物を見せた方が早ぇ」
ぐいっと力任せに腕を引っ張られる。
そのままカウンターの横をすり抜け、店の奥へとひっそり続いているプライベート通路の方へ強制的に連れていかれる。
もし、これが本当に中身まで本物の女性店主だったなら。
物語のイベント的に、薄暗い奥の部屋へと手を取られて連れていかれる展開なんて、もう少し男としてテンションの上がるシチュエーションだったのかもしれない。ドキドキするような、ご褒美的な意味で。
だが現実はどうだ。中身が兄貴の女性アバターに、無言で引きずられている俺。マジでこれ以上ないくらい残念すぎる展開だわ。
「おい離せって。地味に掴まれてるとこ痛いって」
「うるせぇ、お前以外の奴には絶対に頼めねぇんだよ」
いつもの軽い調子とは少し違う、どこか切羽詰まったようなその一言で、二人の間の空気が少しだけ変わった。
本気で困っているときの兄貴のトーンだ。
俺は小さくため息をつき、それ以上あがいて抵抗するのをやめた。
ハイヒールを履いているはずなのに、俺よりも頭一つ分ほど身長が低くなっている兄貴の背中を追いかけるようにして、静まり返った店の奥へと進んでいく。
一体、俺に何を見せる気なんだ。
これまでの経験上、この手の呼び出しは嫌な予感しかしない。




