第13話 そこってどこだ?
ペナルティが課せられる仕組みがわざわざ用意されているということは、それはつまり、ゆうちゃんがシステム的に何かとんでもないやらかしを仕出かしたという動かぬ証拠だ。
もしかして、あの不審な挙動を繰り返して飛び回る光を、力任せに無理やり引っ掴んだからだろうか。それとも、捕まえようとして何度も画面や空間を連打するように触りまくったのが、不正なスパム行為か何かに判定されてしまったのか。
「ねえ、そのペナルティになった具体的な理由とか、ログのところにちゃんと書いてあったの?」
耳元にふわりと定位している青い光の粒子に向かって、通話越しに問いかけてみる。
すると通信の向こうのゆうちゃんは、特に反省して悪びれる様子もなく、実にあっさりとトボけた調子で答えた。
「おう、書いてあったぞ。えーっとな、妖精の怒りにより、一定時間の通話・メッセージ機能の利用を停止しますって赤文字で書かれとった」
「……えっ、この光って妖精だったの!?」
思わず、耳元で健気にスタンバイしている青い光の玉を二度見してしまった。広場の中だというのに少し大きな声が出てしまい、すれ違いざま、簡素な布の服を着た初期装備のプレイヤーがビクッと肩を揺らしてこちらを怪訝そうに振り返ったが、今の自分にはそんな視線を気にする余裕なんて1ミリもない。
妖精。
そう言われてみれば、心の中であの案内役のフィーの親戚みたいだとは思ったけれど、確かフィーは自分のことを「精霊」って名乗っていたような気がする。それに、今こうして耳元で大人しくしている通話の光は、あの生意気だったフィーに比べると格段に小さい。似ているけれど、決定的に何かが違うような、似て非なる存在。
……まあ、妖精と精霊の境界線とか、この世界における細かい世界観の考察は、今は一度頭の隅へ置いておこう。
「らしいな。どうりで、いくら手を伸ばしてもひょいひょい逃げるわけだな。生き物なら最初にそう言うとってくれたらいいのに」
ゆうちゃんは相変わらず、他人事のように暢気な声で言ってのけた。
けれど、それを聞いた自分の胸に、ちくりと気まずい良心が突き刺さる。
いや、待てよ。人のこと言えないじゃん、自分。
思い返せば数分前、自分だってあの自由気ままにくるくると回り出した光の軌道が面白くて、好奇心に負けて指先を何度も伸ばしていた。
あの時は、光が意志を持っているかのようにひょいっと加速して鮮やかに逃げてくれたから、完全に遊ばれていると察して諦めがついたのだ。もし、あの光がこちらの現実世界の反射神経でもギリギリ捕まえられそうな絶妙なスピードでふわふわと飛んでいたとしたら。そして、ゆうちゃん並みの執念でしつこく追い回してガシッと鷲掴みにできてしまっていたら。
間違いなく、自分も今頃ペナルティを喰らって、この広場で一人虚しく押し黙る羽目になっていただろう。自分がロックされなかったのは、単にあいつを捕まえきれなかったからという幸運のおかげに過ぎない。危うく、ゲーム開始早々に二人揃って機能ロックの刑に処され、完全に詰むところだった。良かった、自分の反射神経が凡人で本当に良かった……。
心の中で密かに冷や汗を流しながら、自分はコホンと一つ咳払いを模した息を吐いた。それよりも、いい加減、今ゆうちゃんが具体的にどこの座標にいるのかを正確に聞き出さないと、いつまで経っても合流できやしない。
「ゆ……usi、いま具体的にどこの場所にいるの?」
あぶない、あぶない。
いつもの長年の癖で、口が勝手にゆうちゃんとリアルな愛称をそのまま紡ぎそうになってしまった。通話中のこの光からは、スピーカーのように周囲に音声が微かに漏れているかもしれないのだ。他人に現実の名前を知られないためにも、ここは徹底して、彼のプレイヤー名である『usi』という名前で呼ばなければ。
「ん? どこって、ずっと噴水の前に立っとったぞ。最初にそっちにメッセージを送ってから、俺は一歩もここから移動しとらんけんな。ゆうは今、その噴水の前におるのか?」
ありゃ?
ゆうちゃんのその妙にのんびりとした口ぶりに、自分はわずかに眉をひそめた。その言い方からすると、もしかして、自分がさっき移動しながら送ったあの決定的なメッセージをまだ読んでないんじゃないか。
「……もしかしてさ、自分が最後にそっちに送ったメッセージ、まだ内容を確認してない?」
「ああ。そういや妖精追いかけるのに必死で、まだ見とらんかった。画面ロックもかかっとったし。よし、今から見る」
通信の向こう側から、衣服が擦れるわずかな音と、システムウィンドウを指先で操作する特有のデジタルな効果音がかすかに聞こえてくる。ゆうちゃんがメッセージを確認するのを待つ間、自分はぼーっと目の前にある巨大な水の壁を見上げながら、通話の向こう側に流れる短い沈黙に耳を傾けていた。
そして、数秒の後。
「ゆう?」
ようやくメッセージを読み終えたらしいゆうちゃんが、心底不思議そうな、あるいは盛大な困惑の混じった声を漏らした。
「ここの噴水って、あんま大きくないけん。わざわざぐるっと裏まで歩かんでも、ちょっと周りを見渡せば、お互いの姿なんてすぐに見つけられるんじゃないや?歩き回るって、一体どこのことをいっとるんだ?」
え?
ゆうちゃんが受話器の向こうから発したその言葉の意味が、脳内でうまく結びつかない。
キョトンとしたような、あまりにも間の抜けた声だった。
あんまり大きくない? 周りを見渡せばすぐ分かる?
いやいや、ちょっと待ってほしい。自分の目の前で轟音を立てて激しく水を吹き上げているこの噴水は、現実世界の有名なテーマパークにあるものの三倍はくだらない、超巨大な水のカーテンだ。向こう側の景色なんて、激しい水しぶきと白濁した水の壁のせいで一ミリも見えやしない。だからこそ、わざわざ回り込むって言ったんだよ?
一瞬、スピーカーの向こうとこちら側で、奇妙なほど重たくて冷ややかな沈黙が流れた。
お互いが見ている景色の前提が、根本から狂っているような感覚。
その後。
「「そこってどこだ?」」
二人の戸惑った声が、寸分の狂いもなく完全にハモった。
長く一緒にすごしているとさ。
たまに、こういう恐ろしいほどのシンクロが起きること、あるよね。




