第11話:usiからのコール
呼び出し音が途絶えた後の静寂は、耳の奥がツンとするほどに重かった。再び流れ込んできた噴水の轟音が、今の「無視された」事実を強調しているようで、胸のざわつきが収まらない。
「……なんで出ないかな」
少しの戸惑いと、それを上回る苛立ちを指先に込めて、自分は空中に浮くメニューウィンドウを勢いよくスライドさせた。接続エラーであってほしいという淡い期待は、点滅する「おしらせ」ログを開いた瞬間に打ち砕かれる。
『この通話は usi により切断されました』
「……なんで拒否するかな」
タイムアウトによる自然な終了ではなく、明確に「切断」の操作が行われたというログ。わざわざかけた通話を目の前でガチャンと切られたような感覚に、自分は思わず空を仰いだ。出られない事情があるにしても、あまりに無慈悲な拒否反応だ。
文句の一言でもチャットで叩きつけてやりたいところだが、メッセージで合意した噴水の裏側まではあと数メートルといったところだし。わざわざこの不便な空中パネルを操作してかけ直すのも癪に障るので、自分はそのまま石畳を力強く踏みしめ、歩みを早めることにした。
目的地の裏側へ回り込む道中、視界には絶え間なくこの世界の住人が映り込む。
上品な絹のドレスを揺らしながら、パラソル越しに何事かを囁き合う婦人たち。彼女たちのコロコロと転がるような笑い声は、噴水の水音を突き抜けてこちらの耳に届く。そのあまりに自然な発声に、自分は一瞬足を止めそうになった。
一方で、自分と同じような簡素な布の服をまとったプレイヤーたちも、武器屋のショーケースを食い入るように覗き込んでいる。初期装備特有の「初心者感」が漂うその姿には、妙な親近感と、これから始まる冒険への静かな高揚感が混じっていた。
そして、鈍い鉄の音を響かせて巡回する三人組の騎士たち。彼らが通り過ぎるたびに微かに漂う、金属とオイルが混ざったような独特の匂い。
ふと、歩きながら奇妙な感覚に陥った。
今この場を歩いている人たちのうち、一体どこまでがシステムに制御されたNPCで、どこからが自分と同じ自由意志を持つプレイヤーなのだろうか。
すれ違う際のちょっとした視線の揺らぎ、考え事をする時に顎をさする手癖、そして会話の端々に滲む感情の機微。
最新技術で構築されたAIとは、ここまで完璧に人間らしく振る舞えるものなのか。
この世界の生きたリアリティに触れるたび、肌の表面が粟立つような、正体不明の恐怖に近い感動が襲ってくる。
現実とゲームの混同を避けるため、キャラクターの造形はあえてアニメ調にデフォルメされているはずだ。服装もまた、非現実的なファンタジーのテンプレートをなぞっている。
それなのに。
湿り気を帯びた風が頬を優しく撫でていく感触。
網膜を焼くような、少しだけ眩しすぎるほどに鮮烈な太陽の光。
歩き続けているせいで、自分の体温がじわりと上昇し、肌がほんのりと温まってくる確かな生理現象。
耳を澄ませば、硬い石畳を叩く自分の靴音が、確かな重みを伴って反響している。
もしも今、誰かに「こちら側こそが現実で、あっちの部屋にいた自分の方が偽物の記憶だ」と囁かれたとしたら。自分はそれを、一片の疑いもなく受け入れてしまいそうなほど、この世界は鮮明で、そして残酷なまでにリアルだった。
「……っと、そろそろかな。少し考えすぎた」
深い思索の沼から無理やり這い出し、自分は再びメニューのマップを呼び出した。
現在地を示す光の点が、目的地である噴水の真裏にぴたりと重なっている。予定の時間、予定の場所。ここに、あの「usi」がいるはずなのだ。
だが、視線を上げても、そこに求めていた人影はない。
待ち人に痺れを切らしてキョロキョロと周囲を伺っている男も、目印になるような初期装備の冒険者も見当たらない。
「まさか、入れ違いでまた移動した? じっとしててって言ったのに」
やりきれない溜息を吐きかけた、その時だった。
♪~!
突然、鼓膜を激しく震わせるような、あの独特な呼び出し音が鳴り響いた。
視界の右隅、メニュー画面の端から、薄青色の光の粒子が火の粉のように勢いよく舞い上がる。それは先ほど自分がかけた時よりも激しく、空中で複雑な弧を描いて踊っている。
表示されていたマップが瞬時に弾け、一人のプレイヤー名がウィンドウいっぱいに映し出された。
『usiさんからの着信です』
【 通話 / 切断 】
どうやら、今度はあちらの方から、こちらを呼び出してきたらしい。




