第10話 途切れた呼び出し音
♪~
通話の呼び出し音が耳元で鳴り響くと同時に、目の前のメニュー画面から薄い青色の光が粒子となって飛び出してきた。
その光は、ナビゲーターのフィーより一回りほど小さい。まるで夜の川辺を舞う蛍の光のように、淡く、それでいて確かな存在感を放ちながら空中をふわふわと漂っている。
「なんだこれ……」
光は自分の周りを、自由気ままにくるくると回り始めた。通話中のインジケーターか何かなのだろうか。幻想的な光跡が視界を彩るのが面白くて、自分はつい好奇心に負けて指先を伸ばしてみる。
――が。
ひょいっ。
まるで意志を持っているかのように、光はスッと加速して指先を避けていった。
「おっ?」
もう一度、今度は少し素早く手を伸ばしてみる。けれど結果は同じだった。光は楽しげに軌道を変え、捕まえようとすればするほど、鮮やかに逃げていく。
避けられては目の前に浮かび、こちらが動きを止めると、また挑発するようにすぐ近くまで戻ってくる。
「……完全に遊ばれてるよね、これ」
どこか人を食ったような挙動のせいで、絶対にあの精霊フィーの親戚か何かだと確信した自分は、それ以上触れるのを諦めた。これに構っていたら、いつまで経っても噴水の反対側へは辿り着けない。
歩き出しそうになったが、ふと思い直してその場に留まることにした。
ゆうちゃんが通話に出るのを、のんびり待つことにしよう。下手に自分が動き回って、また入れ違いになってしまったら、戻る手間が馬鹿馬鹿しいからだ。
それにしても、改めてじっくりと眺めてみると、この広場の噴水は度を超えて大きい。
かつて家族で行ったことのある有名テーマパークの噴水も、かなりの迫力だった記憶がある。けれどこれは、たぶんその三倍くらいの規模がある。
台座から勢いよく噴き上がった水は、重力に従ってカーテンのように広がり、白く濁った水の壁を作っている。そのせいで反対側の景色は完全に遮断され、音さえも水しぶきの轟音に飲み込まれていく。これだけ巨大なら、姿が見えないのも当然かもしれない。
「すご……。この描写、相当凝ってるなぁ」
思わず視線を上に向けて、太陽の光を反射して虹色に輝く飛沫を見上げてしまう。
……いや、感心している場合ではなかった。
「ゆうちゃん、なんで出ないの?」
呼び出し音は、もうかなりの回数鳴り続けている。普通ならすぐに気づくはずだ。メッセージを確認できているのなら、目の前にこの妙な光が飛んでいれば嫌でも反応するだろう。
♪~
……。
♪~
しばらく一定のリズムで鳴り続けていた呼び出し音が、ふっと唐突に消えた。
耳元を支配していた電子音の代わりに、再び噴水の水音だけが周囲を包み込む。
「……へっ?」
思わず立ち止まり、空中を仰いだ。
どうやらゆうちゃんが出ることもなく、通話はきれてしまったらしい。
それとも、意図的に切られてしまったのだろうか。
目の前を漂っていた青い光が、ぷつりと糸が切れたように消滅した。
言いようのない嫌な予感が、背中を冷たく撫でていった。




